144.時雨楓華の日常~夜道のサイクリング巡回~
店じまいの作業を終えた後、美しい夜空の下で彼女達6人は電動自転車を漕いでいた。
それは村の中を見回る行動に見受けられるが、実際は1日を終える前のプライベートな息抜きだ。
そして通り抜ける軽やかで涼しい風を堪能し、それぞれリラックスした気分で村内の景観を楽しんでいた。
「凄いなぁ。夜中なのに道行く人々ばかりだ。一応、大半の施設は暗くなったら閉館するようにお願いしてあるのにさ」
道を進めば村民以外のグループが何度も通り過ぎ、楓華は感慨深く言った。
すると彼女の真後ろで自転車を走らせているミルが大声で応える。
「ちょっと前までだったら考えられ無い状況だよね!色々な人に村が注目されるなんて!村の人達も便利になって喜んでいたし、どれもこれもフウカお姉様のおかげだよ!」
「ははっ、実現できたのは村の全面協力があったからこそだよ。ってか、ミルちゃんさ。せっかく自転車に通信機能が付いているんだから大声で言わなくても大丈夫だよ。ずっと張り切って疲れているでしょ?」
「ミルはフウカお姉様にミルの声を直接届けたいの!もっとミルのことを意識して欲しいし、そのためならミルは超全開の努力を惜しまないよ!」
「車間距離もギリギリじゃん。他の人も居るワケだし、事故だけは気を付けてくれよ~」
そう2人が何気なく話している間に、いくつかの建物の前を通った。
どの建物も明かりはついているものの、やはり営業時間を終えて閉められている。
だから彼女達は村で気ままに遊び回ることは出来ないのだが、それでも大勢の人が思い思いに過ごしている様を見れただけで充実した満足感を得られていた。
また観光客とは簡単な挨拶だけで盛り上がれるし、村人達からは村内で起きた近況の話を聞けるため、こうして出かけることに大きな意味が生まれている。
むしろ、この村が大好きな彼女達には何よりも有意義で最高に満喫した自由な生き方だ。
自分が行うことに義務感など何一つ抱いて無いし、村における立場の重荷も感じていない。
そのおかげで彼女達は仕事終わりでも晴れやかな気分で道を通っていた。
そんな折、偶然にも道中で言い争いをしているところに遭遇する。
通りすがりに聞けば、それは村の警備を担っている大地の精霊と男性の問答だ。
「だから俺はな、ここでダチと待ち合わせしていただけだって!」
問い詰められている男性は喧嘩腰であり、荒々しく喋る。
比べて大地の精霊は落ち着いているが、威圧的な態度が分かりやすく表に出ていた。
「しかし、手荷物を確認したところ危険物を所持していタ。その事において自覚は無いのカ?」
「全く無いね。ってか、その手荷物とやらはダチの荷物で預かっていただけだ」
「なるほど、いわゆる運び屋カ。貴様の風貌からして間違いないナ」
「違うっつーの!たしかにダチの思考がぶっ飛んでいて、騙されて運び屋にされた事はあるけどさ!ってか、憶測で取り締まるのはビビるからやめろ!」
ついに飛び出す鋭い大声。
それは周囲の注意を引く光景となってしまっていたので、すぐに楓華はUターンして声をかけた。
「どしたどした?なんだか酷く話が噛み合ってないみたいだけど?」
一旦落ち着けという仕草で楓華はやんわりと会話に加わる。
同時に言い合いしていた2人は彼女の姿を見るなり、一斉に助けと応援を求める声で話し出した。
「フウカか!助けてくれよ!こいつがメチャクチャ強引で、しかも人間の道理が理解できない分からず屋でよ~!」
「フウカ。ちょうど良イ。この不審な輩の手荷物から危険物が見つかり、没収しようした矢先に抵抗を……なんダ?知り合いなのカ?」
相手との関係性を問われて、楓華は男性の顔を見ながら答えた。
「大事な常連客だよ。厳密には借金取りおじさんで、そこそこの知り合いではあるかな」
「フム。知り合いならば、そちらに任せた方が事は上手く進むカ。手間をかけさせて面目立たぬが、どうも我では埒が明かないので頼めるだろうカ」
「あぁ、せっかくだしアタイに任せな。それにアンタが思うより話が通じる相手だからさ」
「そうなのカ。では、我々警察隊は夜間パトロールへ戻るとしよウ」
そう答えた後、大地の精霊は大勢のゴーレム軍団を引き連れて離れて行った。
その仰々しい行進を男性は唖然としながら見届け、一息ついてから楓華に感謝する。
「わりぃ、口下手だから助かったわ。だけどよぉ、あれってお前の管轄なんだろ?教育が甘いんじゃねぇのか」
「驚かせてごめんね、借金取りおじさん。最近は色んな人が増えているから線引きが難しいし、あくまで村第一だから厳格に取り締まって貰っているんだよ」
人口が増えれば必然的に揉め事も増加する。
ただ厳しく警戒する実態は楓華が多々引き起こす騒動も関係しているのだが、相手は彼女の言い分に納得していた。
「あー……だろうな。ちょっと見ない内にどこも様変わりした。ところで、俺はいつまで借金取りおじさん呼ばわりされるんだ?いい加減、普通の呼び方で接して欲しいんだが」
「こっちが返済を終えたらかな。で?さっき揉め事になった危険物ってなに?」
「単なるマジックアイテムだ。強力だから危険物認定されるのは分かるが、ダチの言葉通りなら警戒する代物じゃねぇ。ただの快眠用マインドコントロールセットだ」
「超効力の催眠アイテムってこと?あっははは、まあまあヤバいね~」
楓華は意地悪なリアクションを取ったが、実際はほとんど気にかけていない。
だから軽い注意だけに留めて、すぐに次の場所へ行こうとする。
「アタイは行くね。ただ念のために言っておくと、次また指導されたときは素直に従った方が良いよ。大地の精霊達は一族の存亡を賭けてるレベルで、警備に使命感を燃やしているから」
「俺からすれば厄介なこと上ないが、村では信頼できる警備野郎って事か。分かったよ、次は余計な口答えをしない」
「うん。じゃあ夜道に気を付けてな~」
「あぁ……そうだ。1つ言い忘れていた」
「なに?ここで借金の話は聞きたく無いよ」
「そうじゃねぇし、なにか用件があるわけでも無ぇよ。今回は物好きなダチの付き添いで来たけど、愉快な村で前より悪くないって感想を伝えたかっただけだ。へっ」
初対面時は借金取りとして出会った男性だが、今この瞬間は本当に対等な知人らしく語っていた。
その照れくさそうな反応に楓華は微笑みかけ、茶化すように応える。
「あはは、ありがとうな。しっかし、アンタってマジで素直じゃないなぁ」
「うるせぇな。お前達と違って俺は繊細で、どんな小さな事でも気にする質なんだよ。ったく、ほら行けよ。あばよ~っと」
男性はバツが悪くなった素振りで踵を返し、そそくさと立ち去って行った。
そんな平凡な態度を姉妹達は最後まで黙々と見届けており、一息ついた後にヴィムが楓華に声をかけた。
「フウカちゃんったら気前が良いわね」
「どゆ意味?」
「どんな相手でも快く助けようとする所よ。私だったら警戒心を剥き出しにして、さっきの人に疑いをかけているわ」
「なるほどね。ヴィム姉がそうなるのも無理ないけど、アタイはそこまで因縁ある相手じゃないからな。それに気が合わないからこそ貴重な知人って側面があるし」
「器が大きいのね」
「まっ、アタイを肯定して褒めてくれる人は充分に足りてるってだけだよ。それより今日は久々に神社へ行こうぜ~!そこでお祈りして、提灯に明かりをつけよう~!」
すぐに楓華は気分上々となって、自転車に跨るなりグループ先頭へ戻って田舎道を走った。




