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141.時雨楓華の日常~午前の喫茶~

フウカ村。

元々そこは名も無き小さな田舎村だったが、時雨楓華(しぐれふうか)が訪れてから僅か1年足らずで急速の大発展を遂げた。

更に何度も改善を続けた努力の甲斐(かい)あって、村は連日大勢の客が賑わう話題沸騰の観光地に変貌している。

そして今日もワープ装置前では混雑が起きるほどの通行人や人だかりが出来上がっており、とある金髪女性が最高の笑顔で歓迎していた。

その疲れ知らずの彼女こそが楓華だ。


「ようこそ、みんな!そしておはようございま~す!宇宙最高のお嫁さんこと、観光大使の時雨楓華でぇす!これからアタイと有名アイドルのコンサートがあるから来ってくれよな~!んー写真撮影?いいよいいよ、好きなだけ撮っちゃおうぜ。ウェ~イ!」


新しくなった村には集客力を望める観光名所が数多くあるが、村一番の名物は楓華本人になっていた。

なにせ彼女は分け(へだ)てなく笑顔で接してくれて、悩みを忘れさせてくれる元気と前向きになれる勇気を与えてくれる。

それに村の現状そのものが彼女の成功体験になっているので、希望を見せてくれるヒーロー性がより大きな人気を(はく)した。


特に、傍から見ても分かるほど(いま)だ飽くなき向上心を(たぎ)らせており、次の目標を宣伝のように告知した後、迅速かつ大胆な行動を起こしている。

そのため常に話題性を欠かさず、つい無関心な者も注目して応援したくなる魅力があった。


それから彼女と遜色なく注目を浴びているのが喫茶店だ。

スポンサーになってくれた企業の知名度と協力のおかげもあって、常に全席満員が当然という多忙を極める状況になっている。

そのため従業員である3姉妹は膨大な仕事量に追われるものの、それぞれ充実した現状を楽しんでいるので幸せな雰囲気が保たれていた。


「ヴィムお姉ちゃん!一番卓と三番卓のオーダーです!あっ、会計は(それがし)が行きますね!」


眼鏡をかけた少女は余裕が感じられない挙動をしながらも、立ち回りを経験で(おぎな)うことで仕事を丁寧に捌いている。

それとは対照的に体が小さな女の子は忙しい中でも余裕たっぷりの態度であり、むしろ気さくな距離感で接客をこなしていた。


「え~?おじさんってば、ミルのファンでツーショット撮影したいの?サービスしてあげるけどミルってば既婚者だよ。えぇ、既婚者の方が推せるってどういう意味~?」


少女は楓華に(なら)ってサービス精神旺盛であり、少し戸惑いつつも親切に客のリクエストに応える。

そしてカウンターの調理場ではスタイルが良い女性が止まない注文に取り掛かる最中、僅かな合間に電話対応まで(おこな)っていた。


「はい、もしもし。こちらフウカ村喫茶の……インタビュー?今ちょっと手が離せないわ。取材には応じるから、時間が空き次第こちらから掛け直すわね。雑誌名は『龍族決定版!家族旅行なら、ここがオススメ!観光スポットベスト1万!』っと」


こうして通常業務以外の対応も必要とされる影響で、店内は喫茶店とは思えないほど慌ただしく賑わっていた。

だから一番弟子の鬼娘モモが助っ人として彼女達に協力していて、喫茶店の制服姿でひたすらパソコン操作しながら作業を進めている。


「バッテリー交換完了からのドローン出動。はい、メニューと掃除。メール対応にSNS更新。あと足湯は……なんですか大地の精霊さん。キャッシュレスが分からない?そろそろ理解してくれないと困りますよ。あとポイントとサービス券は有効ですけど、その電子クーポンは非対応です」


どうやら少女は主に事務サポートへ回っているらしいが、それでも手一杯の状態に陥ってしまっている。

つまり喫茶店と足湯の経営だけで人手不足になっていて、まだ長期的な安定化を(はか)れていない。

もちろん繁盛しているのは最高の展開だと断言できるが、現状に改善の余地があるなら早めに手を打つべきだろう。


「ふぅ。そういえば昨日フウカさんが、妙にニヤニヤしながら期待の大型新人を雇ったと言っていましたね。既に遅刻していますが……もしかして初出勤前にバックレされました?」


モモは時刻を確認するなり、最悪の事態を想定して不安気に呟いた。

すると喫茶店の玄関扉が勢いよく開かれると同時に、激しく息切れする女の子が店内へ飛び込んで来た。

その女の子はアホ毛が跳ねていて、どれだけ慌てて走ってきたのか一目で伝わってくる。


「すみませぇ~ん!遅れました、超新星の新人ミャーペリコですぅ~!畑の土いじりに夢中になってしまいました~!」


ミャーペリコは店内全体に向けて叫ぶが、誰も気にしないほど騒々しい状態だ。

そして3姉妹が手を離せない状況なのでモモが対応に向かった。


「なるほど、貴女でしたか。それにしても遅いですよ。危うく私の助手をヘルプに呼ぶ直前でした」


「うぅ~、迷惑をかけてしまい本当にごめんさない!実は向かう途中、ドラゴンのヤケ酒にも絡まれてしまって~!このままでは初出勤が翌朝になると思い、最後は焦って猛ダッシュして来ました!」


「その努力も(むな)しく大遅刻してしまったのは惜しいですね。それより、まずはオーナーのヴィム師匠に挨拶しましょう。それから身だしなみを整えた後、私お手製のマニュアル本を(もと)に指導します。よろしいですか?」


「えっと、はい!社会勉強お願いしまぁす!」


ミャーペリコは能天気ながらも真面目に一礼する。

それから彼女はモモの名前を呼ぼうとするものの、胸に付けている名札が上手く読めず困り眉の反応だった。


「ミャーペリコさん。何そんなに目を凝らして私の胸を見ているのですか。何もありませんよ」


「たしかに何も……じゃなくて、そのぉ……。無学で本当に申し訳ないんですけど、名前の読み方に自信が無くてですね」


「あぁ名前の方ですか。モモです。名札には桃実草(ももみぐさ)童子(どうじ)と鬼名が書かれていますが、愛称としてモモ先輩と気軽に呼んで下さい」


「モモ先輩ですね!ミャーペリコ理解しました!それではモミモミ先輩!ご指導ご鞭撻(べんたつ)をお願い致します!できれば、緩め甘めフレンドリーでアットホームなアメ多めで!」


「指導方法にトッピング注文しないで下さい。私への呼び方も早速アレンジされてしまいましたし、相変わらずマイペースな子ですね。ある意味、この職場に適した性格だとは思いますけども……」


モモはミャーペリコと一緒に仕事すること以前に、業務内容を上手く教えられるのか心配になってしまう。

だが、それらの不安は全て杞憂だ。

意外にもミャーペリコは元から礼節を身に付けている上、体を使うことに関する物覚えは明らかに早かった。

そのおかげであっという間に店の雰囲気に馴染み、姉妹達のみならず客とも上手くコミュニケーションを取れている。

更に(みずか)ら進んで接客を務める中、訪れたお客には彼女のことを知る人まで居た。


「きゃあ~本物のミャーペリコちゃんだ!かわいい~!前のアカネちゃんとのライブ配信すっごく良かったです!今度、生の歌声を聴かせて下さいね!」


「私ミャーペリコちゃんの大ファンなんです!まさかここで会えるなんて夢にも思いませんでした!次の映画撮影、頑張って下さい!グッズもいっぱい買いました!それと、よろしければサインが欲しいです!」


なにやらミャーペリコは有名人に分類される存在らしく、一部で黄色い歓声が巻き起こった。

新人だから甘く見てあげていたが、分かりやすくチヤホヤされてしまう様を目撃してしまえば釈然としない気持ちを抱いてしまう。

そんな彼女の人気を目の当たりにしたモモは呆然とした後、小さな嫉妬心をメラメラ燃やし始めた。


「なんで古株の私より人気者なんですか。というか、ミャーペリコさんって知名度ある俳優だったの初耳なんですけど?こんなの認められない……!これまで培った社会経験を活かし、私は誰にも負けない最強の看板娘をスローガンに頑張りますよ!」


どの要素で闘志に火が点いたのか不明だが、モモが研究関連以外の目標を立てて張り切るのは珍しい出来事だ。

しかも、やたらと抽象的な達成ラインを設けるところが末っ子のミルに似通っている。

おそらく姉妹達と日々を過ごし、店で働いている内に考え方の影響を受けてしまったのだろう。

そんなモモの奮起に対し、ヴィムは仕事に追われた口調で呼びかけた。


「モモ、唐突な宣言は良いから予約のスケジュール表を出してちょうだい。あと配達用の料理も出来あがったわ」


「ふふっ、お任せくださいヴィム師匠!私モモはお客に気を利かせ、配達物に私の直筆サインを忍ばせておきましょう。このシークレットサービスが好評になる秘訣だとアオお姉ちゃんに教えて貰いました!」


「あらあら、初耳なのに不思議と聞き馴染みある言動ね。すぐ染まったり影響を受けやすいのは年頃によるものかしら。ちょっと気難しいわ」


ヴィムは困ったような口ぶりで独り言をぼやくが、その表情は幸せに満ちていて今この瞬間を楽しんでいる様子だ。

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