14.荒くれ者たちのアルバイトは宇宙戦艦
たった一夜にして、致命的な食糧不足問題を抱えてしまった村。
この深刻な問題は村人を苦しめる一歩手前まで差し迫り、迅速に解決の目途を立てる必要があった。
「くっ。さすがのアタイでも、こういう問題の対処はできる気がしないよ。打開策が簡単に思いつかないね」
楓華と3姉妹は早朝から喫茶店へ集まり、解決手段を模索するため家族会議を始めていた。
ただ当然ながら楓華は村全体の財政状況を把握してなければ、物流がどうなっているのかも知らない。
それでも彼女は自分が無知だと自覚した上で、話を進めようと意見を出した。
「こうなったらクヨクヨ悩んでも時間の無駄だ。隣村に助けを求めて、できる限りの食料調達する他ないよ。どう?」
答えが出せないなら、あれこれ議論を重ねるより第一に行動を起こすという判断は楓華らしいだろう。
一方で3姉妹の方は意外にも落ち着いていて、長女ヴィムは黒電話で通話している最中だった。
「なんだ、アタイが言う前に連絡しているのか。そういえば隣村には知り合いがいるって話だから、それで伝手があるんだね。うん、頼りになる」
そう思って手放しで褒めると、ミルがぬいぐるみを抱えながら答えた。
「ううん。フウカお姉様、あれは短期アルバイトの連絡だよ」
「アルバイトって、このタイミングで?確かにお金は必要になるだろうけど、まだ具体的な解決手段が無いままじゃないか」
「あー……そうだよね。そう思っちゃうよね。なんて説明すればいいのかな?とりあえず結果だけ言うとね、今日中に食料不足を解決できるお仕事の連絡なの」
「へっ?いや、まだ個人の問題なら分かるけど、村全体の問題をアルバイトで解決って。しかも、たった1日でなんて……。でもミルちゃん達がそう言うなら、そういうことなのかな」
楓華は戸惑ったが、姉妹に対する信頼感だけで強引に納得する。
そんな彼女の反応を見て、ヒバナがそれとなく同調した。
「分からない事ばかりでフウカ氏が混乱するのも仕方ないと思いますよ。それにヴィムお姉ちゃんが連絡しているアルバイトは……、この世界においても標準では無い方なので」
「まさか裏の仕事?そりゃあ事態が重いから仕方ないとは思うけど……」
「そ、そういう仕事では無いです!でも、同じくらい大変ですよ。某が苦手なアルバイトで、ざっくりと言えば武力を求められますから」
「武力って凄い話だね。つまりどういう仕事なの?護衛や警護とか?」
「いえ、獲物狩りです」
そうヒバナが真面目に答えた直後、店外から荒々しい爆撃音が突き抜けて来た。
なんとも耳が痛くなるほど酷い騒音だ。
それに合わせて振動が店に伝わってしまい、店内にある物全てが大きく揺れる。
「大丈夫?この店、崩れたりしない?」
騒音でかき消されたので誰が言ったのか不明だが、全員が同じ心配事を抱いたはずだ。
また振動と爆音が静まりかけた矢先、次は呼びかけて来るスピーカー音が響いてきた。
「うお゛ぉおおおい!!!こちら世界に優しい会社『ファッキング バッダアス』!!連絡を受けて、爺が遺したガキどものために迎えに来てやったぞ腑抜け野郎共がぁ!」
かなり野太い怒鳴り声で、乱暴で威圧的な喋り方だ。
おそらく相手は平常心なのだと思うが、どうしても敵意を向けてきている印象を受けてしまう。
ただ3姉妹は然程気にかけていない。
ヴィムも落ち着いていて、電話機から手を離して楓華に話しかけた。
「もう迎えに来てくれたわ。フウカちゃん、行くわよ」
「アタイだけ?」
「ふふっ、安心しなさい。担当する役割は別々になるかもしれないけれど、今回はヒバナとミルも一緒よ。それとは別に、まずは雇い主にフウカちゃんを紹介しておかないといけないわ」
「あぁ、そっか。先に挨拶ね。おっけーおっけー」
楓華は立派な度胸を備えているため、まったく怯えず気軽な表情のままだった。
しかし、そんな常人離れした感性の彼女でも、ヴィムに連れられて外へ出たときは困惑の気持ちを抑えきれなかった。
「えっ?いや、これはちょっと……ヤバいでしょ」
目にした飛行物体を見て、楓華は口元を引きつらせる。
喫茶店へ襲来してきた飛行物体は、巨大な宇宙戦艦そのものだった。
それだけなら「へぇカッコイイね!」と感想が出るところなのだが、問題は外観だ。
統一性が無い上にキツイ色とデザインのステッカーが大量に張られており、廃墟で見かける落書きみたいな文字やら模様がスプレーで描かれている。
また派手な色合いのランプが大量に付けられていて、理解が難しいセンスのイルミネーションが酷く眩しかった。
良く言えば前衛的で独創的。
反対に悪く言えば、ひたすら自己主張が目立つだけで何も考えてないことが一目で伝わってくる。
更に戦艦の見た目以外にも問題があって、楓華は宇宙戦艦を見上げて言った。
「ヴィム姉。凄い視線を感じると思ったら、甲板から見下ろしてくれる人たちは何者なんだい?かなりの大人数なのに、一人残らず厳つい見た目した奴らに見えるけどさ」
「今回の仕事仲間よ」
「あぁそう……。ずいぶんと裏の仕事が似合いそうな人たちだ。こっちをメッチャ睨んでくるし、人間じゃないのも普通にいるね」
「ただ見ているだけよ。あとケガで裏の仕事から退いた人も居るから、似合いそうという感想は正しいわ」
「なるほど。かつて本職だった人たちってわけだ。どおりで取り立ての奴らより雰囲気があるよ。それにしても意外だね」
「何が意外なのかしら?」
「アタイとミルちゃんは平気でも、ヒバナは男性が苦手でヴィム姉は怖がりだから、こういう怖そうな人たちと関わりある仕事は断っているとばかり思……」
楓華は横目でヴィムを見た途端、言葉を詰まらせた。
さっきまで宇宙戦艦の方へ意識を向けていたから気づかなかったが、ヴィムの顔色が青白くなっている。
しかも足腰が震えていて、立ち姿のはずなのに屈みかけている。
色々と分かりやすい反応であり、分かりやすい状態だ。
「あらあら、大丈夫か?」
「な、なななんとも無いわよ。むしろ元気ハツラツで、幸せな気持ちでいっぱいだわ。あぁ幸せ幸せ。何も怖く無いわ!ほんの僅かほどにもね!」
「ビックリするくらい下手な強がりだね。でも、それくらい怖くても挑もうとするだけ、ヴィム姉は勇気があって尊敬に値するよ」
「ありがとうフウカちゃん。ただフォローしてくれた手前で申し訳無いけれど、大声を出せそうに無いわ。どうしても息が詰まって……」
「じゃあアタイが代わりに呼びかけるよ。その雇い主さんの名前は?」
「名前じゃなく、提督と呼ばれているわ」
「よし、提督ね。おーい!もしもーし!提督さんよ~!アタイは、ここの姉妹と新しい家族になった楓華だ!これからよろしくなぁ~!」
甲板に居る誰が提督なのか分からなかったので、楓華は適当に叫ぶ。
すると叫んだ直後、1人の白髪の男性が生身のまま戦艦から飛び降りて来た。
そして着陸態勢の受け身をまったく取らず、楓華の眼前へ直地して大きな落下音を鳴らす。
少なくとも建物5階に匹敵する高度はあったはずだが、白髪の男性はまったく気にしていない。
それより楓華の前へ立つなり、鋭い眼光でジッと見つめてきた。
「恰好からして、この人が提督か。よっ、これからお世話になるね!」
楓華が気安い態度で挨拶した人物は、杖を付いた軍服姿の老人だ。
年齢のせいか姿勢は悪く、服から出ている肌は全て傷だらけだった。
とはいえ、老人とは思えないほど筋骨隆々なので弱々しい印象は受けない。
むしろ逞しく、たとえ集団相手と殴り合っても圧勝してしまいそうな気迫と風格があった。