139.落とし物&迷子のお知らせ・ミャーペリコ
元気の良い「こんにちは!」という挨拶を掛けられれば、反射的に挨拶を返したいところだ。
だが、相手の姿が目視できない状態だったので楓華は先に困惑した気分を抱いた。
「はっ?一体どこから声が……崖下っぽい?」
楓華は少しでも体勢を崩せば落下する断崖絶壁から身を乗り出し、声の出所を探った。
すると絶壁の遥か下で1人の少女が張り付きながらも、にこやかな笑顔で手を振っていた。
大きな胸、明るい髪色、人懐っこい雰囲気、そして尻尾みたいに動くアホ毛。
それらの特徴により楓華は相手のことを思い出し、ひとまず挨拶を返してみるのだった。
「あぁ、たしかミャーペリコちゃんだっけ。どうもこんにちは。でさ、アンタの下が底なしの暗闇に見えるけど手助けが必要そうな感じか?」
「これくらい大丈夫ですよ~!絶体絶命の瀬戸際でも、ミャーペリコの敏腕であればすーぐに登ってみせ……」
ミャーペリコは得意気に言いながら胸を張ろうとする。
その途端、彼女が掴んでいた箇所の岩壁が綻びてしまった。
「あひゃんっ」
姿勢が崩れ落ちかけたのに、ミャーペリコが発した声は危機感を感じさせない呆気に取られたものだ。
比べて楓華は問いかける前から相手の危機を予測しており、彼女の体が落下を始める前に絶壁の上へ引き上げていた。
「アンタはうっかりさんだね。ってか、最初会った時も同じ状況だったでしょうに」
「おぉー、前と同じく何も分からない内に助けられましたね!ありがとうございます!そして何度もご迷惑をおかけして申し訳ありませんでしたぁ~!」
「別に大したことじゃないさ。ちょっと飛び降りて、それから壁を駆け上がっただけだ。それで、今度は何で壁に張り付いていたんだ?」
ミャーペリコとの初対面時では、彼女は天空を泳ぐサメに噛みつかれた後に落下するという危険度が高い遊びに興じていた。
その理解できない遊び心が今回も働いたのだと楓華は先に解釈していたが、相手は更に予想を超える能天気さで告白する。
「夢中になって鳥さんを追い掛けていたら、つい足を滑らせてしまいました!ちなみにこれはミャーペリコのうっかりが原因ではありません!」
「崖に気が付いて無かっただけだろ。よくそれで最下位から2位へ挽回できたな」
「ミャーペリコが2位になれたのはルリママから貰ったお守りのおかげです!その力を借りれば、ミャーペリコは何でもできるスーパー触手スライム美人アイドル賢者栽培人に変身できます!」
「ははっ、イミ分かんねー。まっ、実際に結果は出しているしな。今回はアタイが優勝したけど、ミャーペリコちゃんにも優勝できるポテンシャルはあったって事だ」
「優勝……?ぴぎゃあ!?まさかお姉さんがフウカさんだったんですか!?」
ミャーペリコは本気の悲鳴をあげるほど驚愕し、再び崖から転落しかけるくらい足元をよろけさせた。
これに合わせて楓華は彼女の手を引き寄せつつ、思い出したような口ぶりで答えた。
「そうだよ。っていうか、アタイとした事が名前を教えてなかったのか」
「わぁ、まさかのご本人様登場とは!お会いできて感謝感激光栄です!それにしてもフウカお姉さんは凄いですね!あんなにいっぱいポイントを手に入れて!それから優勝した人の挨拶みたいな……、あれはとにかくお話が長くてスヤスヤ寝ちゃいました!サインください!」
「アタイに似て、思ったことをそのまま喋るタイプなんだねぇ」
実際2人の思考回路は似通っているが、ミャーペリコは閉会式で説明されていたボーナスポイントのことを理解してないままのようだった。
つまり他者より理解力は劣っており、思慮深さとは無縁。
一応、彼女の容姿は人間で言えば18歳前後だ。
しかし、ここまで能天気なのは種族特性によるものか、それとも実年齢が見た目より幼いのかと楓華は思った。
「何であれ、途中で見せて貰ったアンタのポイントはマイナスだったからな。それを顧みたアタイより大健闘しているよ」
「ふふん、まぁミャーペリコは頑張り屋さんですからね!それが偉い人に認められてカントウ賞が貰えるみたいです!」
「そっか、しっかり評価されているなら良かった。おめでとう」
「ありがとうございます!フウカお姉さんも優勝おめでとうございます!はい、記念の握手~!」
「ありがとうな。ただアタイ達2人だけで交流を深める前に、そろそろ皆の所へ戻らないと。ミャーペリコちゃんは……アタイが抱っこしてあげるぜ」
「えへへ~、そんな悪いですよ~。それにミャーペリコの体は丈夫なので、頭の触手まで健康体でして……わっひゃあ!」
楓華はミャーペリコの了承を得る前に背負い、一目散に走り出した。
彼女が強引に背負い込んだ理由は、ミャーペリコ1人で行かせれば再びどこかへ放浪する光景が目に浮かんだからだ。
事実、初めて会った場面や崖で再会した原因は単独行動によるものだ。
そうして楓華は思わぬ拾い物としてミャーペリコを連れて戻る。
すると既に、待ちかねた様子で大勢の運営スタッフと関係者が立ち並んでいた。
更に顔馴染みのヴィム達4人に加えて、他の上位入賞者も同じ場所へ招待されている。
中には入賞から外れた傭兵クロスの姿もあったが、彼女は金髪幼女リールを肩車しているので付き添いで来たことが一目で察せた。
「わりぃ。みんな、アタイのせいで待たせちゃったよな。それとも、もう話は始めちまっているのか?」
楓華が問いかけると、運営スタッフが急ぎ足で向かって来るなり彼女を豪華なソファへ案内する。
同じくミャーペリコもステキな椅子へ案内されるものの、彼女は落ち着きなく見渡したり、ミルやリールに向かって手を振っていた。
一方、この場は鳥人女性が仕切っており、2人が着席したことを見届けてたから話し出す。
「ようやく役者が揃ったか。優勝者と準優勝者が揃って不在となれば、先に話を始めたくても始められる訳が無いからな」
「そっか。時間を押しちまってごめんなー」
「ミャーペリコも謝ります!誠意を込めて誠にごめんなさいです!」
2人が謝ると和やかな笑い声が周りから漏れてくる。
なにやら雰囲気的に改めて表彰するための式では無く、打ち上げに近い感覚らしい。
実際、いつも厳しい言葉ばかり投げかけていた鳥人女性も落ち着いていて、冷静な口調で2人の顔を立てた。




