132.秘密の究極傑作にして伝説的な逸材ミルは脱衣する
その後は長女ヴィムと鬼娘モモの2人がそれぞれ発表に挑んだ。
だが、満点に匹敵するクロスの圧倒的優位は変わらず、両者共に力不足なのが現実だ。
まずヴィムは喫茶店とメイド時代の経験を活かして、3Ⅾラテアートと創作料理を中心にサービス提供する芸を披露した。
それは仄かな期待感や人の温もりが感じられ、ささやかながらステキな一時を演出するものだ。
また食を通して審査員の五感を刺激し、提供方法や気遣いある言葉で満足感を与えられるのは上手い手法だろう。
何より、相手に精を尽くす愛情表現は万人が認める王道の手段だ。
それでもヴィムが最終的に得られた総計点数は27点であり、間違い無く高得点なのに最高値には届き切れない結果だった。
次にモモの発表では、ロボットと持ち前の科学技術を主軸にした作戦が特徴的だった。
ロボットによる疑似的なフラッシュモブと盛大なピタゴラ装置、及び化学反応を利用した視覚的演出。
それらを披露した際、無性にロマンチックに感じられる粋な演出が散りばめられており、とても計算高い発表だったことは観覧した全員が認めるレベルだった。
特にモモが実の姉妹から与えられた家族愛が垣間見える感動もあって、見る者の関心を引き寄せるアクセントが効いていた。
そして審査員達からは誠実で見事な愛情表現だと褒められていた。
しかし、肝心の点数は28点止まりだ。
仮に彼女が満点を獲得しても異論が出ないほど完成度は一番高かったが、楓華やクロスの後だったせいで物足りなさを感じられてしまったのが原因だ。
それだけに彼女の発表時には求められるハードルが上がりきっており、厳しく比較されて惜しむべき結果で終わってしまった。
こうして一連の発表があった後のこと。
ついに楓華チームの最後の砦、末っ子ミルに出番が回って来る。
その当人は待ちかねたと言わんばかりに全身で張り切っており、プレッシャーの影響を感じさせないワクワクの笑顔で浮かれていた。
「よぉーし。ようやく真打の登場だよ!まだ逆転できて無いし、あえてギリギリまで出番を我慢した甲斐があったよね!もう皆ってば、ミルの活躍に期待爆上げでしょ?」
ミルは重責や窮地を跳ねのけるくらい自信満々に言いきってみせた。
その明るく威風堂々とした顔つきは見ていて頼もしい。
最後の希望という重役であるにも関わらず、自分の勝利を確信しているのは良い傾向だ。
更に気負い過ぎてもいないので、まさしく希望の星らしい振る舞いだろう。
だが、モモは彼女の態度を単なる慢心に過ぎないと思っており、ほぼ他人事みたいな声調でぼやいた。
「今から全員でクロスさんに土下座か、もしくは打ち上げの話し合いでもしませんか?今日は皆さんがヘトヘトになるくらい頑張ったので、ゆったりとした食事会をするのが良いですよね」
なんとも乗り気が感じられない暗い反応だ。
それがミルからすれば意外だったので、思わずきょとんとする。
「あれれ。モモってば、さっきの発表で疲れちゃったの?」
「確かに思い通りの結果を出せず、ほんの少しだけ気分が沈みました。ただ、いざ冷静になって考えると分が悪すぎませんか?もし本当にミル師匠に勝算があるのなら、まだ素直に応援できますけど……。今はちょっと難しいです」
どうやらモモは自分の成果に落ち込んでいるのみならず、まだ勝敗の行方が分からない内から逆転を諦めてしまっているようだ。
彼女は困難を解決するために努力できるが、非効率かつ非現実的な事に対して尽力できる直情熱血タイプでは無い。
言い換えれば、打破できる見通しが立たない現状に時間を費やそうとは最初から思わない。
そもそもモモは連続的に災難を経験し、自分の生活環境を何度も変えている。
それらの要因により追い詰められた末に大逆転勝利を収める展開なんて、彼女からすれば自分達に都合が良すぎる夢物語だと思い込むのが当然だった。
楓華はそんな不貞腐れ気味の彼女を宥めようと、頭を撫でながら励ましてあげた。
「おいおいモモちゃ~ん。アタイ達のミルちゃんの底力を舐めたらダメだって。ミルちゃんこそ、真の秘密究極最終傑作兵器で全宇宙でも伝説的存在の100億年に1人の逸材となる隠し玉だからな」
「下手に言葉を盛り過ぎて意味不明になっていますよ。そもそもの話、こうして追い詰められているのはフウカさんが一因していることを理解していますか?」
「おっと~?それは~……、まぁモモちゃんが気にしているなら謝るよ。勝手な事をしてごめんな」
「はぁ……、今のは冗談です。今更文句を言うのも筋違いですからね。それより、ここでミル師匠に逆転を期待する方が酷な話ですよ。妄想の押し付けなんて余計なプレッシャーを与えるだけでしょう」
「そっかな?ミルちゃんはいつも必死になって、しっかり期待に応えてくれる頼もしいお嫁さんだよ。なっ、ミルちゃん?」
そう声をかけながら視線を向けたとき、なぜかミルはネコ耳とネコの尻尾を装着している最中だった。
更に鈴付き首輪やリボンなども付け始めるが、それは誰が見ても安っぽいコスプレだ。
しかし、なぜか当の本人は気に入っているらしく、既にネコになりきった手招きをしながら応える。
「にゃあにゃあ!もう全てミルに任せてよ!さっきフウカお姉様に教わった通り、ミルは完璧な方法で愛情表現してみせるから!」
「そりゃあ楽しみだ。で、アタイなんか伝授したっけ?」
「この発表会が始まったとき、フウカお姉様がミルに正しい性知識を教えてくれたでしょ?大事なのは興奮させるアピールで、媚びを売るとかなんとか!」
「へぇー……そうだったかな?ってか、アタイが急遽2番手に出たせいで教えるのが中途半端のままだったわ」
「そうなの?でもミルは賢いし、フウカお姉様の教え方が上手だったから大丈夫!性知識に対する理解を深めたことで、森羅万象から宇宙の真理まで掌握したからね!ということで、ミルが全宇宙に本物の愛情を教えてくるよ!にゃあぉ~ん!」
「あぁ、頑張ってな。アタイも全力で応援するよ」
楓華は気前良い笑顔で返事したが、楽観的な彼女ですら内心「これ終わったかも」と冷静に覚悟していた。
同じくヴィムとヒバナも似た考えを巡らせていて、唯一ミルを制止できそうな楓華に再確認する。
「ねぇフウカちゃん。あのままで良いのかしら?撮りたいくらい可愛い恰好だけれども、我が妹ながら心配だわ」
「フウカ氏、多分このままだとミルが暴走しますよ!むしろ現在進行形で暴走しています!ここでネコの恰好をするなんて、アピールの方向性が定まっているとは思えません!」
「なぁ2人とも。ここはミルちゃんを信じようぜ!少なくともアタイは信用している!ミルちゃんなら成し遂げられると!ちょっと危ういのは認めるけど、いつも大成功してハッピーエンドだろ!だから今回も問題無しだ!」
あまりにも重みを感じられない発言で、何らかの根拠があるとは思えない投げやりな言い方だ。
それに不安の程度に個人差はあれど、親しい関係性を持つ彼女達は楓華が動揺していることを察していた。
特に諦めモードへ入っていたはずのモモは楓華の雑な返答に対して眉を潜め、真剣な声で問い詰める。
「フウカさん。私は先に心配を潰しておきたい派なので訊いて置きたいのですけど、問題無いと本心から思っています?」
「モモちゃんは心配性だなぁ。アタイに二言は無いよ。ただモモちゃん達がそこまで気にするって言うなら、その希望に応えて乱入する心構えはしておく。あくまで一応な」
「要するに保険ですね。それを聞けて少し安心しました。ミル師匠が暴走した時は頼みますよ。私達では止められる訳がありませんから」
結局楓華は十数秒前の楽観的な信頼発言とは打って変わり、ハプニングを未然に防げるよう用心することになる。
とは言え、その用心は他の人達が心配しているからという周りの考えに合わせただけなので、やはり楓華自身はミルなら無事に成功させると信頼しているのだろう。
そうして様々な感情が交錯する中、ミルは大勢に見守られながら舞台へ上がった。
「やっほー!初めましてミルだよ~!簡単に自己紹介しておくと、ミルは敵を殲滅する狩人として生まれ育ってきました!なので、根はタフでストイックです!今は2人のお姉ちゃん、あと婚約者と同棲して幸せな日々を送っていま~す!」
ミルは自身の経歴をハツラツと語っている最中、ほぼ前触れなく突如上着を脱ぎ捨てた。
この信じ難い行動に楓華以外の人達は呆気に取られ、最初は発表の鑑賞というより怪しい人物を注視する眼差しが集まっていた。




