13.歓迎会パーティーで村が滅亡する
村娘の3姉妹が開く楓華の歓迎会パーティー。
普通ならば、今回は急遽の開催なので食事会くらいで済む慎ましい催しだろう。
まして金銭面の余裕が無く、はっきり言えば貧乏だ。
そのはずなのに楓華は今、神輿に乗せられて盛大に担ぎ出されていた。
「あーそれ、わっしょいわっしょい!」
「わっしょいわっしょい~!!」
勇ましい掛け声を発しているのは、神輿を担ぐ村人達と3姉妹。
特に姉妹たちが陽気な声をあげているのは意外に思えるが、歓迎することに張り切りすぎているだけだ。
そのせいで歓迎会を提案した楓華は引け目を覚え始めていた。
「これは愉快だねぇ。ただ、さすがにちょっと予想外で驚いちゃうよ」
賑やかな雰囲気が続けば他の村人たちも自然と集まり、あっという間に村一番のお祭り状態と化す。
中には勘違いしている村人まで居て、道の傍らで妙な会話と噂が繰り広げられていた。
「いやぁ、おめでたいなぁ。まさかこの村に、どこぞの国の女王陛下が来るとはなぁ」
「そうなんか?ワシは、あの姉妹の主人がどうこうと聞いたが」
「何でも金持ちで、すっごい人らしいべ。神々さえ平伏す存在だと聞いたぞ。まぁよく分からんけど、とにかく歓迎しないと失礼になっちまうな!」
「そうだそうだ、がはははははっ!おもてなしじゃあ!」
どこで話に尾ひれがついたのか、まったくもって見当が付かないレベルの憶測が飛び交っている。
しかも、もはや反応に困る規模で歓迎されている。
気が付けば、それとなく楓華が手を振れば周りから黄色い歓声が上がり、視線を合わせるだけで興奮のあまり卒倒する村人まで続出した。
まさに謎の神聖化。
そのせいなのか分からないが、神輿は村の小さな神社へ運ばれた。
すると神社には多くの料理と飲み物が事前に用意されているのみならず、宴会場のように華やかな装飾まで施されていた。
「やりすぎじゃないか?」
どこまで話の規模が膨らみ、噂が広がってしまっているのか想像できない。
何であれ丁寧な案内の下で彼女が境内の石畳へ降り立った瞬間、空気が震えあがるほど強烈な大歓声があがった。
「うおぉおおおおぉおおお!世界の救世主であるフウカ様の御登場じゃあああぁああ!皆の者、どんどん貢ぐのじゃあああ!」
「おぉ……よもや、この時が見れるとは……。この90年間、生きてて良かった……。ありがたや、ありがたや~」
「じいさん、あの世で見ているかい?あの美しき娘こそが、世界より遣わされた女神様だと」
「フウカ氏!フウカ氏!」
「フウカお姉様ってば人気者だね。まぁミルが思い付きで作った伝承話を広めたせいなんだけどさー」
「フウカちゃん、良かったわね。こんなに歓迎されて」
「百合の匂いを嗅ぎつけて来たと思えば、ずいぶんと盛大な祝いでは無いか。どれ、魔王として祝辞の1つくらい述べておこうか」
「フウカ村長ナンバーワン!これから村のことを頼んだぞー!」
時折、よく分からない意図の発言も混じっているが、とにかく喜ばれていることだけは間違いない。
それから盛大な宴が始まって、多くの村人たちが楓華に挨拶してきた。
あくまで楓華は出自不明で功績と過去も無い女子なのに、それでも村人達は1人残らず尊敬の眼差しと敬意ある振る舞いで接してくれる。
こうなると明らかに歓迎の域を超えているだろう。
だが、楓華は物怖じしない性格である事に加えて、むしろ調子に乗りやすいタイプだった。
そのため、彼女は身の覚えがない肩書きで呼ばれても自然と受け入れてしまう。
そして騒ぎが少し落ち着いた頃。
楓華がシートの上に座っているとき、ひっそりとタイミングを見計らっていたヒバナが声をかけるのだった。
「フウカ氏、某達の歓迎会を楽しんでくれていますか?」
「ん?あぁ。ってか、村に来てから食べてばっかりで、もうお腹いっぱいだよ。それに覚える事も多くて、さすがにクタクタな気がしてくるね。どれも幸せな話だけどさ」
そう言って楓華は愛想良く笑い、手に持っていたメモ帳を軽く振る。
見れば文字がびっしりと書かれており、そのマメな性格にヒバナは感心した。
「凄い書いてますね。えっと、村の人達の名前とかも……」
「それと念のため、アタイの呼ばれ方も書いたよ。女王陛下、村長、勇者、英雄、女神、救世主、稀代の術師、安寧の礎を築く王、選ばれし者、世界を統べる存在、惑星代表、多妻者……他にも色々とあって、このユニークさには驚かされるよ」
「えへへっ、フウカ氏は人気者ですね」
「そうなるのかな。まぁアタイとしては、ヒバナちゃんたちの新しい家族で弟子という肩書きだけで充分だよ。ここまで祭り上げられると窮屈になっちまう」
「あとで某が皆さんに説明しておきます。フウカ氏は……その、某たちの大事な家族ですって」
改めて言葉にすると、ムズ痒い恥ずかしさを覚える。
だからヒバナは顔をうっすらと赤らめてしまうのだが、その照れた反応は楓華からすれば可愛くて仕方なかった。
「あははっ、嬉しいことを言ってくれるねぇ。気にかけてくれてありがとう。でも、しばらくはこのままで良いよ。影響力があれば協力してくれやすそうだからね」
「そうかもしれませんけど……、いきなり大丈夫なんですか?たとえば重圧とか、某には想像つかない負担があると思いますよ」
「なぁに、負担があってもヒバナたちが支えてくれるから大丈夫だよ」
楓華はさりげなく言うが、よほど大きな信頼を寄せてなければ出てこない言葉だ。
これまで見かけたことが無いほど、とても真っ直ぐな人。
それに揺るぎない信頼と期待を寄せてくれるのなら、ヒバナは誠意で応えなければと思った。
「分かりました。頑張って支えます。某だけだと頼りないかもしれませんけど、ヴィムお姉ちゃんやミルも居るのできっと大丈夫です」
「そうだね。これから何があっても協力し合って頑張ろうじゃないか。まさに一蓮托生ってやつだ」
楓華は立ち上がりながら笑顔で手を差し出し、その手をヒバナは握り返した。
まだ何も成して無いから漠然とした感覚だが、ここに強い絆が結ばれたことは決して錯覚では無い。
そうして2人が胸中に熱い感情を湧き立たせているとき、ふと烈風が巻き起こるのだった。
また巨大な影が神社を覆い尽くし、全員が一斉に空を見上げる。
「あっ、ドラゴンだ」
おそらく一番見慣れてない人のはずなのに、楓華が誰よりも呆気無い態度で呟く。
同時に複数のドラゴンが近くの場所へ降り立ち、凄まじい火焔を吐いては喜々として声をあげた。
「なんだ宴か!?これはちょうどいい!是非とも我らを混ぜてくれ。ここにちょうどスーパーマーケットで買った酒と刺身もあるぞ!みんなで楽しもうではないか!歌え!騒げ!そして世の楽しみを堪能しろ!」
ドラゴンは大地を揺るがすほどの迫力で大笑いする。
この愉快な光景を見て、楓華は笑わずにはいられなかった。
「あっははははは!いい世界だね!人だけじゃなく、どんな種族もみんなが楽しんでいる!やっぱり前向きに生きるのが最高だよ!今この瞬間を最大限に祝おうじゃないか!」
ドラゴンが加わった事により、村中を巻き込んだ宴は際限なく盛り上がり続ける。
これだけ楽しい思いをすれば、もう不安を抱く要素は欠片も無いだろう。
失敗しても、他の問題が差し迫っても挫けずに頑張れる。
楓華に限らず、そう誰しもが確信していた。
やがて、そのまま夜通し騒いで朝を迎えたときのことだ。
まずヴィムが、シートの上で爆睡している楓華の肩を揺すって起こそうとした。
「フウカちゃん、起きてちょうだい。ねぇフウカちゃん」
「んんー……ヴィム姉?あぁ……、体が痛い。くぅ失敗した。変な姿勢で寝ちまったなぁ。騒ぎ過ぎて、みんなも外で寝てるし……」
全力で騒いだせいで疲労が溜まっているらしく、寝起きの楓華はかなり寝ぼけた顔をしていた。
そんな彼女を労わりながらヴィムは言葉を続ける。
「あとでマッサージしてあげるわ。それよりも大変なのよ」
「大変……?それは……、また取り立てが来たのかい?」
「それとは比較にならないほど大変な問題よ。歓迎会でみんなが張り切りすぎて、村の食糧が全部尽きたのよ。もう成熟した竹しか残って無いわ」
「はぁ?」
楓華が来た翌日、村は繁栄より先に存亡の危機を迎えてしまうのだった。