129.クロスの逆襲。満を持して決戦の愛を魅せる
一通り歌い踊り終えた頃には、楓華は汗だくの様子になっていた。
これまで彼女は激戦をどれだけ重ねても涼しい顔だったから、疲れを見せるのは非常に珍しい出来事だ。
つまり、この発表で戦闘以上の体力と神経を消耗したことになる。
だが、楓華の胸中にあるのは心地いい疲労感と満足感であって、最後まで元気いっぱいの笑顔が保たれていた。
むしろ成し遂げた清々しい表情が自然と作られているので、見ている側は不思議な安心感を覚えていた。
「みんなありがと~!やっぱ一緒に楽しい気分になれるのは最高だ!アタイにおける愛情ってのは、人生を豊かにする原動力だよ!だから、これからもいっ~ぱい愛し合って楽しく生きる!以上、時雨楓華の発表でした~!」
楓華は大げさなお辞儀で締めた後、それを台無しにするかのように次の瞬間には飛び跳ねながら両腕を振った。
まだまだ元気が有り余っているのは、尽き果てることない愛によって成せる業なのか。
そんな活力の底が見えない彼女の様子を審査員達は見届けて、かなりの好印象を抱いていた。
「いいねイイネ~☆自分の魅力を活かしつつ、全力で表現しきるってのは簡単に出来ない芸当でしょ~♪あと普通に楽しくなっちゃった☆」
「我からすれば浅ましい騒々しさではあったが、あれこそ時雨楓華を象徴する力と言えるだろう。愛情に対する価値観も明瞭になっていて、その考えは発表を通して理解できた」
「一緒に楽しもうとする慈しみも素晴らしかったですね。独りよがりの愛情を否定するつもりはありませんが、どちらの方が素敵なのかと訊かれれば前者になりますから」
審査員達の間に交わされる会話は、採点の協議というより感想の言い合いになっていた。
それだけ観賞するに値し、思う所が多かった証だろう。
それは感動の眼差しで眺めているヴィム達に限らず、クロスと金髪幼女リールも同じだった。
「さすがフウカ様ですね。共感性が乏しい私には真似できない芸当です。それに今日まで遊戯を集中して楽しむことが無かったので、この度も新鮮な体験になりました」
「リールね、お歌を歌うの大好き!ねぇクロス~、今度一緒にお歌の練習してカラオケ大会しようよ~」
「ックフ、いいですよ。新しい遊びに挑戦することは、心を活性化させる刺激になりますから」
楓華のライブステージにより気分が高揚したのか、クロスはいつになく楽し気に了承した。
その些細な変化を鳥人女性のスタッフは見逃しておらず、色々と見直すべき事柄があるのだと思い知らされた。
「うむ。あのクロスが前向きになるほどか。これは更生のやり方が適切というより、奴と対等な時雨楓華だからこそ与えられた変化だと判断すべきか。何であれ、我々が同じ方法で成そうとして成せることでは無いな」
時間が経てば経つほど楓華の影響力が色濃く出てくる。
そんな中、3人の審査員達は次の工程へ進めるために採点を始めた。
そして肝心の採点はほぼ直感的であり、複雑な内訳などは排除された素直な評価となる。
「ちしぃ☆私はフウカちゃんに9点!言葉、経験、心技体と持てる全てを使っていたのは良かったよ~♪やっぱりインパクトって大事だね~☆」
「私もダイコクさんと同じく9点です。満点評価で無い理由としては、個人的に物足りなさを覚えましたからね」
「我は10点だ。時雨楓華の発表は我の予測を十分に超えたものだった。僅かな時間で考え準備したことを含めれば、文句の付けようが無い」
総計点数28点。
これは見ての通りほぼ満点に近く、もう一押しで勝利確定だったことになる。
とは言え、容易に超えることはできない高得点なのは全員の共通認識であり、この結果にヴィム達は真っ先に喜んだ。
「凄いわ!ほぼ満点レベルなんて、少なくとも私では追い抜けない点数よ!」
「フウカ氏の手腕には脱帽です。もう……感服という言葉しか思い浮かびません」
「やった~!さっすがフウカお姉様!でもでも、ミルからすれば満点にならないのは世界最大の謎だよ!もう完璧で究極だったのに!」
「これ、私の出番なんて要らないですよね?人前で愛がどうとか恥ずかしいですし、こっそり辞退していいですか?」
次々と飛び出る感嘆の声。
それはすっかり勝利ムードが出てしまっているもので、楓華の優勝を疑う者は居なかった。
だが、当然ながらクロスは勝利を譲ったつもりは全く無い。
そして楓華との真っ向勝負を望む彼女は良い機会だと考え、肩車していたリールを丁寧に降ろした。
「そろそろ私も行きましょうか」
そうクロスが言った途端、リールは幼いながらも少し不思議に思った。
「えぇ~、すぐ行っちゃうの?リールね、難しいことは分からないけど、ちょっと待った方がクロスに有利だったりしないの?」
「間を置くのは正しい考えでしょうね。この私ですらフウカ様の発表を見て満足感を覚えましたから。そして、すぐに出れば彼女の発表と比較しやすく、少々厳しい目で採点されてしまうでしょう」
「そうなると思っているのにクロスは行っちゃうんだ?」
「当然です。今回は勝敗よりも、フウカ様と本気で競い合える機会を逃す方が愚策ですから」
クロスは勝敗を度外視したことを口にするが、実際は心の底から勝つつもりでいた。
楓華の優れた結果に臆するどころか、この窮地に等しい状況を喜ぶのは彼女の呪われた性だろう。
その変態じみた高揚をリールは感じ取っていて、安堵した顔つきになる。
「んぇへへ~。いっぱい楽しんでね、クロス」
「はい。……ただし、私1人で楽しむ訳ではありませんよ」
「んぁ?」
リールがきょとんと呆気に取られた反応を示した直後、クロスは少女の手を引きながら舞台へ向かうのだった。




