127.起死回生を狙え!一発逆転の切り札で時間稼ぎ
次女ヒバナに下された審査員の評価は、皆の予想を下回るものだった。
それは点数という分かりやすい指標に限らず、場の雰囲気が全く盛り上がっていなかった事からも読み取れてしまう。
残酷な言い方をすれば、誰の印象にも残らない杜撰なパフォーマンスになってしまった訳だ。
一応ヒバナは不評で終わる覚悟はしていたし、自ら捨て石になることを買って出たつもりだ。
それでも楓華達に期待されていることを自覚していたので、いざ厳しい現実を突きつけられてしまうと傷心するのだった。
「はぁぁぁぁあ~………」
ヒバナは自身の肺活量を最大限に活かしながら、失意に陥った感情を吐き出した。
しかし、どれだけ大量に吐き出しても気分は曇ったままだ。
むしろ彼女の精神を痛めつけるトゲが肥大化する一方であり、奈落の底へ失落した悲愴の表情になっていた。
その他にもネガティブな感情が複雑に絡み合い、ヒバナは鈍い足取り含めて生命力を感じさせないゾンビ同然になってしまう。
もはや話しかける以前に近寄り難く、彼女の気持ちが自然と落ち着くまで放置するべきかもしれない。
ただ、あまりにも酷く落ち込んだ姉妹を見て見ぬふりする事は出来ず、ミルは少し辛そうに見守りながら呟いた。
「あぅ、ヒバナお姉ちゃん……。せっかく頑張ったのに、かわいそう」
この心配する気持ちは本人に届かず、ヒバナに纏わりつく空気すら淀み腐る一方だ。
そんな重苦しい雰囲気の中、楓華はいつも通り遠慮ない態度で励ました。
「おいおい、ヒバナちゃん。そう落ち込むなよ!結果がちょっと振るわなかっただけで、よく頑張ったじゃないか!」
「あ……はい。が、頑張りはしましたね。ただ点数を見たら、某が如何に人間として不出来なのか思い知らされました。ははは……これでコンテスト優勝を目指していたなんて。某の思い上がりは凄いですね。身の程しらずでした」
励ました途端、逆効果になってしまったようでネガティブ要素が更に追加される。
しかもヒバナの気が滅入った声色と表情からして、本気で自身を卑下しているのだろう。
まったく立ち直る気配を感じさせない自己嫌悪だが、楓華は怯まず明るい表情のまま彼女を気遣った。
「そっかな?アタイはヒバナちゃんの発表は凄く良いと思ったぜ。熱い想いがストレートに伝わってきた」
「うぅ……、それは慰めですか?」
「あっはははは、アタイはマジで言っているよ。まっ、これは普段のヒバナちゃんを知っているからこその感想かもな」
楓華は優しく語り掛けながらヒバナの顎下に指を添え、まだ俯き気味だった彼女の顔を上げさせた。
そうして強引に見つめ合わさせることで楓華は相手の注目を最大限に引き、言葉により強い力を持たせる。
「あの告白はヒバナちゃんにとって勇気の証明だ。だから、アタイはさっきの舞台発表を高く評価するよ。それに審査員も告白自体は否定してないだろ?」
「そ、そうでしたっけ?もう頭の中が真っ白になっていたので、途中から意識が曖昧で……。でも、フウカ氏にそう言われたら、なんとなく自信が湧いてきました」
「それは良かった。ただアタイも甘いワケじゃないからな。さっきの発表で満点をあげるのは難しいな~」
「某には何が足りなかったのでしょうか。やはり動きあるパフォーマンスが必要で……」
「いやいや。語るという手段に焦点を当てるなら、叶えたい夢とか将来の目標を具体的に言うべきだった。その方が熱意が伝わったはずだよ」
「夢ですか……。それは良いアドバイスですね。また同じような機会があれば試してみます」
ヒバナは楓華からのアドバイスに感心し、やはり相手に想い伝える事に関して彼女は優れているのだと思った。
更に同情しながら支えようとする姿勢が心強く感じられ、卑屈な孤独感が薄れる。
そんな全肯定で惚れ込むヒバナに対し、姉妹達も労いの言葉を次々とかけ始めた。
そうして身内で励まし合う傍ら、モモは冷静に審査員の反応を観察していた。
「ヒバナ師匠のおかげで分かった事があります。白ネズミのスタッフは起伏あるユーモアを重視。金鳥のスタッフは真心と情熱を重視。巫女のスタッフは性癖重視と言った感じですね。この発表会、思っていたより色物の一発芸を求められていますよ」
「よしよし、アタイ達はどうやってアピールするべきか掴めたワケだ。モモちゃんの推察通りなら、ちょっと一捻りが必要みたいだね」
楓華はモモの解釈を聞き入れて、脳内で作戦を練り始めた。
実際モモの推察は概ね正しく、上手く発表に取り入れれば高評価へ繋がる可能性は高いだろう。
だが、話を聞いていたヴィムは小さな疑問を覚えて問いかけた。
「あら。さっき運営スタッフの1人が、審査員の好みに合わせる必要は無いって言ってくれたわよね?」
これについてモモは真剣な表情で頷きながら答える。
「そうですね。ですが、結局1人ずつ採点しています。そう答えてくれたスタッフが客観的に点数を付けていても、他の2人は明らかに自分の好みで採点した点数になっていました」
「うーん、そうね……。白ネズミちゃんが2点、巫女さんが3点、そしてもう1人は5点。この点差はどう考えても好みによるものだわ」
「あと大事なのは、こちらが方向性を見失わない事でしょう。いくら審査員の好みに合わせるにしても、取り留めないアピールになってしまえば意味不明ですから」
2人は情報を整理しながら話し合い、勝つ方法を真面目に模索する。
しかし、彼女達が思っている以上に待機時間は限られており、すぐに運営スタッフから催促の案内が出されてしまう。
「さぁ次の方は舞台へどうぞ。ちなみに登場が遅れれば、それは辞退と見なして失格させる。このルールは人数有利である時雨楓華チームにのみ適用だ」
楓華達は一方的なリスクを唐突に背負わされてしまう。
まして思わぬタイミングの追加ルールなので、更に追い立てられてしまったら焦燥するところだ。
そのためモモとヴィムは考えがまとまらず困惑するのだが、楓華が何食わぬ顔でステージの方へ向かって歩き出した。
「こうなったら仕方ないな。まだ相談し足りないみたいだし、アタイが先に行って時間を稼いでおくよ」
「ここでフウカちゃんが?そんな……」
ヴィムはショックに似た驚きを受けて、言葉の続きが出なくなる。
何事にも率先して行動する楓華の性格上、早々と2番手を名乗り出るのは特別な出来事では無いだろう。
それに彼女本人も負担だと全く感じて無いから、悠然とした態度のままだ。
ただヴィム達にとって彼女の存在はあまりにも大きく、最大の保険にして最高の切り札だ。
それだけ全員が楓華に絶大なる期待を寄せ、暗黙の了解でチームの運命を託していたと言っても過言では無い。
だから彼女には万全を期して挑んで欲しかった。
あまつさえ残りのメンバーが、楓華の代わりに切り札として結果を出すというのは高すぎるハードルだ。
誰も彼女を越えられるとは思ってない上、とにかく荷が重くて都合が悪い。
そんな不安そうで弱気になりかけている彼女達の気配を楓華は察して、気さくに笑った。
「あっははは、深刻な顔をしちゃって~。アタイ達は絶対に勝つから大丈夫だって。ってか、ここでアタイが満点を取れば万事解決だろ」
彼女は意外にも、もし負けても楽しい思い出作りの方が大事、という典型的な綺麗事を言わなかった。
それどころか勝利以外には眼中が無いようで、最初から敗北した場合を考えてないことが分かる。
その天井知らずの自信を目の当たりすれば、やはり彼女が最後の切り札であって欲しかったと思うところだろう。
だが、ここで楓華を無理に引き止める方が厄介な足かせだ。
だからヴィム達はいつまでも戸惑う訳にはいかず、すぐに気持ちを切り替えて自分達のアピール方法を思案するのだった。




