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126.ヒバナの独白発表

舞台の前に設置してある3つの席には鳥人女性、白ネズミ少女、そして巫女がそれぞれ座っていた。

彼女ら3人こそが、この試練を審査する運営スタッフだ。

それから開始の合図となるブザー音が鳴ったとき、ヒバナは身1つで登壇した。

そのあと彼女は長く深い呼吸を繰り返し、気持ちを静かに落ち着かせてから前方を見据える。


「某は……、人間らしく生きることが否定された世界で生まれ育ちました。他者を信じれば確実に陥れられる。それでも某は沢山の人を何度も信じたのですが、やっぱり騙されることが日常茶飯事でした」


彼女は初めて前の異世界について語り出した。

しかも、この話が初耳なのは楓華に限らず、ヴィム達も同じで衝撃を受けた。

だから少し混乱してしまうわけだが、今は大人しく彼女の言葉に耳を傾けながら見守る他ない。


「その世界は息苦しいほど(いびつ)で、あまりにも非効率な仕組みが当たり前となっていて、心を持たない方が幸せに生きられるという風潮が蔓延(はびこ)っていました。そして某は力が弱いから、それに従うことが一番幸福な生き方だったんです」


ヒバナの説明通りならば、幸福と呼べる水準ラインが酷く低い世界だ。

よくある集団生活であるはずなのに、生物にとって劣悪な社会が形成されるのは信じ難い話だった。

おそらく彼女が述べた非効率というのも規模が大きい話で、予想を遥かに下回る出来事を()している。

そんな聞いていて心地が良くない、悲愴(ひそう)で重苦しい話が続くかと思われた。

だが、ヒバナが自身の生い立ちについて語ったのは非常に浅い所のみであり、すぐに話を試練内容に沿ったものへ切り換えた。


「そんな不条理な世界の影響で某は自分を失い、更に自分に嘘を吐いて心を押し殺さなければいけなくなりました。でも、この世界へ来てから全て一転しました。ひたすら信頼してくれるおじいちゃん。頼りになる姉。心強い妹。初めての友達。某を先へ引っ張ってくれる新しい家族」


ヒバナの声色が浮かれ始める。

それは何度思い返しても本当に幸せな出来事だったと言い切れるものだと、そんな強い意思が感じられる雰囲気になっていた。


「それら出会いのおかげで、某は何が幸福なの初めて知りました。そして信頼することが臆病だった某を、皆さんは無償の愛で助けてくれたのです」


(つつ)ましやかに語り続ける彼女だが、少し熱が入って身振り手振りが大きくなっていた。

そうして熱心になるから、脚色されてない経験談なのだと伝わって来た。

ただ、これらの短い言葉だけでは彼女の歩んできた半生を想像するのは難しい。

だが、その反面にヒバナの人間性がどのようなものなのか垣間見える。

更に他者でも1つ断言できるのは、前の異世界は甘い性格の彼女には合わなかったのだろう。

それと同時に、周りの人達はヒバナの意図を早くも理解していた。

これは彼女の独白であり告白だ。


「某は優柔不断で一番を決めることは出来ません。でも、皆さんのことが大好きなのは紛れも無い事実です。そして多くのモノを与えられ、暗い世界から救って下さったから恩返しをしたいのです。この想いは某が初めて抱いた愛であり、これからもずっと愛し続けます」


ヒバナは言い切った直後、ほぼ間髪無く焦った挙動で不格好に頭を下げる。

おそらく本人は発表後の一礼のつもりだ。

その事により審査員の白ネズミ少女は呆気に取られた顔となり、素っ頓狂な声をあげた。


「あっれぇ?もしかして、もう終わりなのぉ?」


「えっ?あっ……はい。某が表現できるのはここまでです」


「えぇ~なんだか個人的には残念かな♪最初を飾る花だったから、もっとドラマティックで華々しいパフォーマンスを期待したいんだけどぉ~☆それに喋るだけにするにしても、短すぎると審査し辛いしね~♪」


「あ、あの……えっと、すみません」


再びヒバナは頭を下げるが、今度は落ち着いた謝罪の一礼になっていた。

そんな弱気で反発しない彼女の態度は白ネズミ少女の好みでは無いらしく、どこか退屈そうな目つきになっている。

露骨に興味が薄れてしまった反応だ。

一方、鳥人女性は厳粛な態度を保ち、審査員らしい立ち回りを欠かさなかった。


「そうか、ヒバナ選手お疲れ様。どうやらこちら側の方で、愛情表現という認識に対してズレが生じているようだ。おかげ様で参考になった」


「その……はい。某がもう一踏ん張りするべきでした」


「反省は自由だが、悔やむ必要は無い。それに先ほどの告白は本心から出てきた真の想いなのだろう?」


「それは、はい。その通りです」


「ならば問題無いし、審査員の趣味に合わせようとする気遣いは不要だ。それでは採点に………おっと、その前に(ホシ)さくら。何か言うことはあったか?」


星さくらと呼ばれた巫女の女性は視線に動きこそは無かったが、口元を緩めて応えた。


「今、私のことを忘れかけていましたね?」


「ダイコクちゃんと違って大人しく、我と違ってリードするタイプでは無いからな。それでコメントはあるのか?」


「そうですね。個人的には、もっと甘々な惚気(のろけ)が欲しかったです。更に欲を言えば、フェチや体験談も聞きたかったですね。姉の×××が綺麗な色で好きとか、妹とお風呂で××して朝まで×××して盛り上がったなど」


「慎め、この変態女が」


巫女の雰囲気は誰よりもお淑やかなのだが、罵倒されるのに相応しい発言が平気で飛び出してきた。

そのせいで鳥人女性が溜め息を吐くと、舞台で棒立ちしていたヒバナはあることに気づいてしまう。


まるで手応えが無い。

運営スタッフが目先の出来事に考えが移ってしまうほどパフォーマンスが弱く、ほとんど気にも掛けられていない。

これは単純に、ありのままの想いで素直に語ったせいだ。

自分らしく行動を示したというのは聞こえは良いが、それだと未熟なところは未熟なままだ。

そして話を聞いてくれた相手なら分かってくれるという押し付けた考えも前提になっているから、余計に響かない。

もっと強く、思いきった一歩を踏み出すべきだったとヒバナは思いながら拳を握る。


「あ、あの……」


「それでは今度こそ採点に移り……いや、ヒバナ選手。今しがた何か言ったか?」


「あぁ……いえ、何でも無いです。どうぞ採点をお願いします……」


ヒバナは覇気が無い声で呟いた後、脱力して俯いてしまう。

今、彼女は何を言うつもりだったのか。

それは楓華だけが察していて、彼女はヒバナの辛そうな表情を見ながらぼやいた。


「ヒバナちゃん。もう一踏ん張りしようとしたのにね」


実はヒバナは、もう一度挑戦する機会を得られるよう願い出ようとしかけていた。

しかし、お人好しで不公平に嫌悪感を抱く彼女は結局言い出せず、ありのまま結果を受け入れてしまう。

無駄でも無理しても足掻(あが)く。

それが一切できないのは彼女の弱点だった。


ヒバナ選手……総計10点。

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