12.大事なのはこれからと家族たち
彼女らを脅すために立ちはだかる怪物。
ただ問題は、相手からすればミル1人でも規格外の戦力であることだ。
おそらく変身した用心棒でも敵わない。
そのことを取り立ての男性は分からないのか、余裕たっぷりの表情をひけらかし忠告してきた。
「最悪の場合は実力行使だ。でも、安心しな。目的は始末じゃなく金の返済だからな」
「あら、身売りでもさせるつもり?それはともかく、貴方もミルの実力を知らないわけじゃないはずよ。多勢に無勢とでも言いたいのかしら」
「そうだな。そいつはまだ小さいのに強い。集団で襲い掛かっても、こちらの被害が大きくなるだけだ。だがな、他の奴らはどうだ?自分の身を守れないだろ?」
「そう……、つまり私達は人質って事なのね。素晴らしい悪知恵だわ。結局は脅迫のあたり、芸が無いとは思ってしまうけれど」
「少し違うな。今回は単なる脅迫じゃないぜ。これは取引するために対等の場を整えただけだ」
見せつけられる怪しい笑み。
まさしく取り立ての男性は優勢に立ったつもりで、勝ち誇った仕草で喋り続けた。
「仕事を斡旋してやる。ただし、当然ながら裏の仕事だ」
「断るわ。裏の仕事とやらでお金を稼いだら、私達の場合は本末転倒だもの。私達にとって一番重要なのは幸せな平穏よ」
「おいおい、そっちに選ぶ権利があると思っているのか?まだ選択肢がある奴のセリフに聞こえるぜ」
最初から分かっていたことだが、お互いの意見は平行線を辿りそうだ。
そのため言い合いが続く予感しか無かったので、呆れたミルは先手を打とうと踏み出しかける。
しかし、楓華が少女の肩を掴んで囁いた。
「ミルちゃん、ちょっと待って。ここはアタイに任せな」
それだけ伝えると、言い合いを断ち切るうように楓華は大声で話し合いに介入した。
「やあやあ!ちょっと待ちな!」
「なんだ、お前……ってか、店に来た変な客じゃねーか」
「アタイは楓華だ。そして姉妹と同居生活することにした。だからこの借金問題は、アタイにとっても深く関係ある話だよ」
「ほう、じゃあなんだ?フウカ、お前が俺の誘いを受けてくれるのか?俺はそれでも構わないぜ」
「ヴィム姉が嫌がっているから裏の仕事とやらは受け入れられない話だね。その代わり……」
楓華はこのタイミングで、自分の身なりを確かめる仕草でポケットなど探り始めた。
記憶喪失を気にかけないあまり所持品を確認していなかったが、実は1つだけ手持ちがあったのだ。
それはロケットペンダント式の懐中時計だった。
「これを金目の物として渡すよ。ほら」
遠目で見ても緻密な装飾で綺麗なのに、楓華は軽く投げて取り立ての男性に渡した。
ずいぶんと雑な扱いだが、キャッチした相手は懐中時計をじっくりと眺めて呟く。
「こんなアンティーク物、俺達を下がらせるほどの金になるか怪しいな。俺の鑑定スキルで見ても……あー?」
懐中時計のフタを開けた途端、男性の動きが急に固まる。
それは考えている様子で、しばらくしてから不自然に軽い咳払いをした。
「くっ、こほん。ま、まぁ今日のところは引き下がってやろうか?そうだな、次は来月にでも来てやる。それまで金を用意しておけよ。じゃあな……、じゃあな!」
明らかに動揺している上、後ろめたい態度が露わになっている。
そのまま取り立てグループは早足で退散し、そそくさと姿を消してしまう。
これには鈍感な姉妹でも分かることがあって、ヒバナが恐る恐る楓華に問いかけた。
「あ、あの……フウカ氏。まずはありがとうございます。だけど、良かったのですか?多分、相手は騙していますよ」
「だろうね。アタイが思っているより値打ちものだったみたいだ。でも、ここで余計な文句を言っても話が拗れるだけさ」
「うっ……でも、そ、それだけの問題じゃないです。記憶喪失の手掛かりにもなったはずですよ」
「記憶喪失?あー……そういえば、そんな問題もあったね。まぁ、今のアタイは自分の過去より未来が楽しみで仕方ないところだ。それに問題が片付いた頃に、改めて返して貰えば良いじゃないか」
やはり楽観的。
それに本人が気にしなくても、姉妹からすれば申し訳が立たない気持ちで胸がいっぱいになってしまう。
その感情を楓華は敏感に察知して、機転を利かせて言った。
「さっきの事が気になるなら、その分アタイを歓迎してくれたら帳消しにするさ。だから、そうだね。歓迎パーティーを開いてくれないかい?そうしてくれたら最高だ」
「それだけでフウカ氏は満足してくれるのですか?」
「充分だよ。むしろ今のアタイにとっては何よりも一番価値があることだ。いくらアタイでも、誰かに受け入れて貰わないと生きていけないからね」
「わ、分かりました。そういうことなら全力でおもてなしします!いえ、させて下さい!ねっ?ヴィムお姉ちゃんとミルも良いですよね?」
ヒバナは友人が少ないという割には義理堅く、人情を重んじて必死に同意を求めた。
そんな気が回る彼女の姿を見て、楓華は好意と異なる安堵感を覚える。
その安堵感は本当に家族と一緒に過ごしているみたいで、自分の姉妹に対して抱くような緩い親愛なる想いだった。
「あははっ。アタイから言い出した事とは言え、もう家族になったつもりで居るのは気が早いよねぇ……」
楓華は暴走しがちだと自覚してるので、自分を戒めるように呟く。
けれど、これからの生活に期待し、3姉妹のために頑張りたい一心なのは変わりなかった。