117.混沌と化したコンテストでクロスは力を振るう
「うひゃっWoooohoooo!緊急クエストだって!これは一発逆転で1億ポイントが貰える流れでしょ!?もはや試練なんてどうでも良い!逆転1位を目指すなら宝を見つけなきゃっキャッキャッキャア~!」
緊急クエストの宝探しが開始された直後、とある参加者がまるで九死に一生を得たように狂って叫ぶ。
1億ポイントについては根も葉もない発言であり、その憶測は完全にデタラメだ。
だが、99%あり得ない話だと思っていても、到底無視できない不確定要素なのは間違いない。
だからウワサとなってあっという間に広がってしまう。
そして又聞きが続けば全員の共通認識として真実味が帯びてしまい、参加者同士で不要な諍いが発生した。
このポイントのみに囚われた混乱に対して、運営は『宇宙最高のお嫁さん』という趣旨を再認識させるために注意喚起すべきだろう。
しかし、制限時間が残り少なくなり、参加者のやる気が燻ぶっていた所に新たな火種が放り込まれた。
そうなればコンテストの盛り上がりは維持される。
そのためウワサは意図的に放置され、運営が否定しないから真実扱いとなって闘争心に加速が掛けられた。
「ちしぃ~☆ねぇねぇキンウちゃん♪こんな大騒ぎにしちゃって大丈夫なの~?」
虚構世界。
その中で構築された白い空間内で、白ネズミ少女が虚空に向かって喋る。
すると黄色の別空間で鳥人の女性は足元を眺めつつ、全く責任を感じてない素振りで答えた。
「我に代理を押し付けた癖にケチをつけるつもりか?それに現場が盛り上がっているのならば構わないだろう。計画通りに物事が進行するだけでは些か窮屈だ」
「わぁお☆アクシデントを楽しむなんてキンウちゃんらしくないな~♪お気に入りの駒の影響かなぁ?」
「我は強情かもしれないが、だからと言って1つの指針に執着するほど視野は狭く無い。しかし我の勝手に対し、ダイコクちゃんが文句を言う気持ちも理解できる」
「ちひひひ~☆安心してよ。私はキンウちゃんの心配しただけで、ちゃ~んと楽しんでいるからさ♪やっぱ息抜きって大事だよね~☆」
少女が愉快気に答えた途端、それぞれ単一色の空間が出現した。
どの空間も隣り合わせに存在しながら、実際は各空間の隙間に宇宙が収まるほど広遠に離れている。
まさしく説明不可能な現象で成り立っており、意思疎通が不可能な環境となっていた。
その他にも存在不可能、自我の維持が不可能、あらゆる能力行使が不可能など、どのような概念も許されない。
だが、この運営陣からすれば不可能という絶対的な要素は支障にならない。
それどころか人間が心地いい環境で呼吸するより容易い感覚で、当然のように言葉の伝達が織りなされた。
「命運ダイコク、運命キンウ。姉妹だからと言って戯れを容易に許容するでは無いぞ」
「うっわぁ~☆角がチャームポイントな牛さんが怒ってる~♪」
命運ダイコクと呼ばれた白ネズミの少女は、姿勢を崩しながら無邪気に笑う。
その茶化す様子からして、名指しで咎められているのに一切気にして無いことが誰でも分かる。
一方、運命キンウと呼ばれた鳥人の彼女は指摘を重く受け止め、形ながらも謝罪した。
「申し訳ない。この事態は我の独断によるものだ。注意するならば我だけにして欲しい」
「わぁ☆キンウちゃん、私を庇ってくれるの~?嬉しい♪」
「あぁもう、一々思い上がるな。我は責任の所在をはっきりさせているだけだ。だからダイコクちゃんが遅刻した件については別途、追及させて貰うからな」
「ひっど~い!そんな些細なこと、いつまで気にしちゃってぇ☆妹に冷たくされたらお姉ちゃんは悲しんじゃうぞ~♪」
どちらかが一言話せば、結局2人の間で脇道へ逸れた会話が続いてしまう。
これを目の当たりにした巫女服の女性は別次元で大人しく正座しつつ、目を静かに据わらせたまま苦言を呈した。
「この祭典の間だけでも、私の誓約の鈴を持たせるべきでしたね。いざ報告会へ招集されてみれば、姉妹の惚気を見せつけられる身にもなって欲しいものです」
彼女は自分が必要ない状況だと理解したため、つい愚痴をこぼす。
すると最初に2人を注意した存在が想い咳払いをした後、威厳たっぷりの声色で喋り出した。
「ごほん。何であれ、我々高位委員会の原則に変更は無い。各々の駒を進め、ルールから外れないよう律しつつ見守れ」
「は~い☆私ダイコクちゃんから質問でぇ~す♪誰の持ち駒でも無いクロスちゃんはどうするの~?アレって協賛とも無関係でしょ~?」
「あれは理念リールの駒だ。しかし双方に自覚が無い以上、この事態に当たって別の者が看視するべきだろうな。ということで星さくら、奴を頼むぞ」
一方的に決められた途端、巫女服の女性はバツが悪そうな表情を僅かに浮かべた。
「私ですか?見守るだけならば他の者でも……いえ、不殺である私が適任ですね。けれど、間に合うでしょうか。クロスが本気になってしまえば、すぐさま大惨事が引き起こされて……」
「ちしぃ~☆さくらちゃんったら、急に黙っちゃってどうしたの~?」
「大惨事の一歩手前ですね」
彼女が諦めたような声色で答えた頃、コンテスト会場となっている惑星では異変が起きていた。
それは水中エリアと呼ぶべき海域にて、全ての海水が蒸発してしまって原型を留めてないからだ。
もはやエリアが消滅したも同然であり、死を迎えた荒廃地だった。
その最中でクロスは1つのボールを手に取っていて、得意気な表情で空へ掲げた。
「これがお宝ですね。まさか海獣が丸呑みし、高速移動していたとは。おかげ様で想定より時間がかかってしまいました」
宝は全部で7つ。
その内の1つを彼女はかなり早い段階で入手してみせたわけだが、これだけ大規模な異変を起こせば他の参加者が気が付くのは当然だ。
よって宝を横取りしようとする者が現れるのは必然であって、入手した数秒後にクロスは風を切る音を聞いた。
「ふふっ」
彼女は軽やかに宙へ舞いながら、とても楽しそうに笑う。
同時に空から無数の水晶弾が変則的な軌道で襲い掛かり、クロスの影は立体的な形状へ変貌して本人へ刃を振るっていた。
厄介な特殊能力と洗練された連携攻撃だ。
そして初見殺しに相応しい先手なのだが、クロスは剣を振るうどころか体術のみで水晶玉を捌き、自身の影すら抜き手で瞬時に四散させていた。
「私の真骨頂は身体能力に非ず。それにハエを数匹足したところで、私の影に立ち入る事すら出来ませんよ」
相手の初手を退いたクロスは椅子に座るような仕草で空中に留まり、あからさまにリラックスした姿勢を見せつけた。
すると透明化を解く者、視認阻害を止めた者、テレポートやワープゲートによる瞬間移動で姿を現す者。
それぞれ道具や能力を駆使して隠れていた者達がクロスの前に姿を晒した。
その数は総計40人以上であり、急遽組んだチームにしては規模が大きい。
そしてクロスが赤い眼で周りを見渡している最中に敵チームの1人が叫ぶ。
「その宝をこちらへ譲れ!さもなくば強硬手段を辞さない!こちらは無尽蔵に戦力を持ち、どこへ逃げても追跡できる!」
「なるほど。先ほどの強襲は警告でしたか。しかし、なぜ私なのでしょうか。あの攻撃のタイミングからして、もっと事前に追跡していましたよね?」
「今やアナタが飛び抜けて1位だからだ!更にこちらでポイントを使用し、全て把握して他の高順位も狙っている!」
「となれば、かなりの大人数で徒党を組んでいる訳ですね。ふふっ、面白い。弱者が虫ケラのように群がり、わざわざ愚鈍な様を披露してくれるなんて。これほど愉快な見世物は滅多にありませんよ」
「なっ!?私達を馬鹿にするのか!?勝つために他者と協力するのは当然だ!」
「残念ながら私には理解できない話です。賢く立ち回るならば協力相手を選び、打倒する対象を慎重に検討すべきなのに。そういう所も含めて貴女達は弱者なのですよ。私より劣っているなら、それ相応の選択を……」
クロスは座った姿勢のまま、不特定多数に向けた侮辱と挑発を続けようとした。
だが、その場に集まった数人の参加者が我慢しきれず、彼女の説教じみた発言を遮ろうと攻撃を仕掛けた。
それはスキル、魔法、飛び道具、はたまた身体に備わった特性によるものか。
大人数のチームだから攻める手段は数多にある。
ただ、生憎どの手段でどれだけ工夫しても結末は同じであり、どう足掻いても事態は好転しない。
瞬く間にクロスを除く全員が成す術も無く気絶し、地面に倒れ伏すという結果だけが残された。
きっと相手チームは後々に反省会を開いても、クロスに関わったことが間違いくらいしか思いつかないだろう。
そして肝心のクロスは息1つ切らしておらず、最後まで相手を障害だとすら認識していなかった。
「邪魔されるより、殺さないよう気を付ける方が苦労しますね。それでは皆さん。このまま大人しく眠るか、ポイントを浪費して復活するか自由にして下さい。更にアドバイスを送るならば、出過ぎた真似は控える方が賢明ですよ」
彼女は友人に向けるような優しい微笑みで語った後、姿を消す速度で次の目的地へ駆けていった。
そのあとは残された参加者の内1人が力なく起き上がり、悔しそうな表情でぼやく。
「最悪だ。余計にポイントを失ったし、これなら時間を無駄にしないで他の試練へ行けば良かった。危険を避けるのもお嫁さんに必要な技能だった……かも。ぐぅ」




