11.やりたいことが多くとも締め切りは待ってくれない
それから村の案内を受けた楓華だったが、ずっと脳内では成し遂げたい目標のことばかり気にかけていた。
また、目標のために解決すべき問題が山積みであって、なるべく早い段階で計画を立てなければならないと考えている。
まだ世界に馴染んでないのに随分と意欲的だ。
しかも当の本人は気苦労を一切感じておらず、むしろウズウズとした高揚感を湧き立たせていた。
「ふむふむ。村の井戸水が世界的においしい。そして村おこしに積極的で、どんなイベントも村人全員が協力して取り組んでくれる。公民館など公共施設はあるけど、店舗に関しては村民の個人店ばかりと……」
楓華は自分なりに情報をまとめ、ヒバナから貰った手帳に箇条書きで記入する。
更に欠かさず周りを見ることで交通や気象情報も考慮して、より成功性が高い方法は無いかと悩んでいた。
「何を実現するにしても宣伝方法を考えないといけないね。この世界ではどんな手段が効果的で、イメージアップに繋がるのか……うぅん……。ぶっちゃけ、こういうことには疎いねぇ」
本気で考えているからこそ楓華は少し怖い顔で唸る。
同時にやる気に満ちた様子でもあって、その姿にヴィムは感心した。
「凄いわね。転移されて半日も経って無いはずなのに、これほど全力で取り組めるなんて。それも村全体に関わることを進んで考えるあたり、リーダーシップの才能を感じるわ」
実際、楓華のアグレッシブな姿勢は驚嘆に値する。
それに彼女は充分な責任感も兼ね備えているので、ヒバナが笑顔で応えた。
「フウカ氏が新しい風になってくれて某は嬉しいです。それに失敗しても、彼女は挫折とは無縁そうで安心して応援できます」
突拍子も無い事を言わなければ、まさに楓華は完璧だ。
しかし、その持病に等しい欠点が早くも再発する。
「よし。まず1つの案として、全員水着で飲み会イベントなんてどうだ?一過性の収入に過ぎないけど、かなりの即効性を見込めるよ」
「ふぇ……フウカ氏は、相手にもやる気があることを前提に話を進めるのが危険なところです」
「ん?あぁ安心しな。他にも案はあるよ。例えば水着で肝試し。水着で花火大会。水着でミニライブ。水着で実演調理する食べ放題企画。水着で宝探しゲーム。あと水着で添い寝。ってか、これら全部を1つのイベントに盛り込んでも良いね」
「水着に対する熱意が強すぎませんか?」
「ははっ、当然だろ?だって10割くらいはアタイの願望だ」
「う~ん。自分に素直すぎるところもフウカ氏の危険な要素です……」
これほど堂々とされるとブレーキ役が必要そうに感じるが、あいにく誰も彼女を止められそうに思えない。
そのはずだったが、姉妹で一番幼いミルが意外にも適任となっていた。
「ねぇフウカお姉様。みんなでやることだから、みんなで話し合って決めた方が良いよ。どんな女王陛下でも相談役や民の同意は必要でしょ?」
「なるほど、言われてみればそうだね。納得して貰うってのは、一致団結に欠かせないことだ」
「そこまで難しく考えて言ったわけじゃないよ。ただ、ミルたちは相談なく物事を決めがちだもん。だから、えっと……姉妹らしいルール?みたいなのが必要かなって」
姉妹らしいルール。
このタイミングで出てくる話では無いような気もするが、楓華の興味は断然そちらへ引かれた。
そのため興奮気味に早口で喋り出すのだった。
「おぉ!?それも言われてみれば、じゃん!同じ屋根の下で生活するなら姉妹ルールは大切だ!どうっすかな~。アタイは毎晩パジャマパーティーしたいな~。いやぁ、これは慎重に決めようか。一世一代に関わる大事なことだからね」
よほど楓華にとっては重要度が高い事項のようで、浮かれながらも真剣に思案を始めた。
ただ姉妹同士のルールくらいなら、あとで変えても弊害は無いはずだ。
少なくとも先ほどの水着どうこうよりは簡単に決めて良い。
そうして楓華の独特な価値観に姉妹が振り回され始める中、とある男性グループが彼女らの前に立ちはだかってきた。
1人は喫茶店で騒いでいた取り立て屋で、他はスーツ姿でも分かるくらいの筋肉質で強面の男性たちだ。
「おい、てめぇら」
この強気な呼びかけにヒバナだけ分かりやすく驚く。
「ひゃ、ひゃい」という相変わらず不思議な鳴き声を発していて、その怯える彼女を庇うように実力派のミルと楓華が咄嗟に前へ出た。
一方ヴィムは表情こそ平然としていたが、さりげなく最後尾へ下がりつつヒバナの服を掴む。
そんな三者三様の反応が出ているとき、相手の男性は言葉を続けた。
「俺は後で出直すと言ったはずだ。それなのに、なんでのうのうと散歩をしている?念のため言っておくが、迷惑をかけているのは借金を返さないお前らの方なんだぞ」
これに言い返すのは、口先は強いヴィムだ。
「返済が遅れているだけで少しずつ返しているじゃない。その事実を無視して、まるで私達が踏み倒そうとしている言い草なのは心外だわ」
「あぁ?相変わらず自分勝手だな。ちっ、いつまで経っても同じことの繰り返しで埒が明かねぇ。こうなったら仕方ない、おい」
取り立ての男性が顎の動きで命令を出すと、彼の後ろに居た強面の男性が前へ出る。
それから筋肉を見せつけるポーズをとった瞬間、ズボン以外の衣服が勢いよく弾け飛ぶ。
中々に素晴らしい筋肉質だが、ヴィムは顔をしかめた。
「ベタを通り越して時代遅れね」
このとき、まだヴィムは強気の態度を変えていなかった。
しかし余計に煽った直後、用心棒らしき男性の姿は次第に変貌していく。
「……時代遅れも行き過ぎると斬新ね」
真っ先に身の危険を感じたヴィムは、ヒバナを後退りさせるほど服を強く引っ張る。
それほど彼女が激しく動揺したのは、用心棒の全身が毛深くなっていったからだ。
更に獣の耳と尻尾が生え、手足も大きくなって鋭利な爪が伸びる。
最終的には口も大きくなるため、その姿はまさに人型の狼と言えた。
筋肉質だった体格はより強靭な見た目へ化したから、その威圧感は獲物を狩る猛獣に匹敵するだろう。