107.獣人家族の父親にして当主を蹂躙する
獣人家族の父親をパーティーに出席させるという用事は、それほど時間が掛からなければ手間も必要としない使い走りだ。
また楓華は卓越したコミュニケーション力と不屈の精神を備えているので、何事も無く完遂できるだろう。
しかし、獣人家族の母親方から居場所を聞いた際、1つアドバイスされた。
「あの人は気まぐれで、ちょっと変わった遊びが好きだから気長に相手してあげて下さいね」
少ない情報だが、過度に気取ったり頑固な人格では無いと分かっただけで充分だ。
つまり接しやすい相手。
そんな友好的な印象を楓華は一方的に抱き、友達に会いに行くような感覚で執務室へ向かった。
その執務室の扉は両扉となっていて、他の部屋より豪華な装飾が施されているので案内が無くても一目で分かった。
「コンコン。すみませーん!」
楓華はわざわざ擬音語を発しながら軽快にノックする。
まだ顔を合わせる前なのに、やたらと距離感が近い態度だ。
また当然ながら相手は楓華との面識が一切無いため、驚きと警戒心が入り混じった返事が扉越しから聞こえてきた。
「何者だ。厚かましくも不躾に声をかける輩は?」
思ったより手厳しい返事だ。
とは言え、楓華は自分から仕掛けた自覚があったので気分は害しておらず、そのままお調子者気分を崩さずに答えた。
「アタイは楓華と申します。そちらの部屋へ失礼してもよろしいでしょーか?」
「今は部屋が散らかっている。だから私が招き入れるまで、もうしばらく待ってくれ」
「部屋が汚くても気にしないので失礼しまぁす」
ほぼ問答無用に楓華は両扉のドアノブに手をかけ、更に超能力で複雑な施錠を強制解除する。
それから彼女は両扉を躊躇いなく押し開け、執務室へ堂々と足を運んだ。
あまりにも遠慮知らずで大胆不敵な行動に相手は驚く他なく、部屋の主は目が点の状態で部屋に立っていた。
服装は家系の紋章が刺繍された高級スーツで、入室を制止した割には身なりが整っている。
加えて部屋も整理整頓されていて、いつでも客人を迎え入れられる準備が整っていたようにすら思えた。
少なくとも掃除前の城内よりも格段に居心地が良い上、霊体なのに生活感を感じさせられた。
「すみません、勝手にお邪魔して。とても綺麗で立派な部屋ですね」
「本当にそう思って頂けているならば、相応の敬意を払って欲しいのだが……。先の行動を見る限り、何を言っても無駄な期待か」
「正直、こちらはのんびりする時間が少なくて。それで、無理に押し入ってでも耳に入れて欲しい用件がありまして」
「あぁ知っている。そちらの用件はホームパーティーについてだろう」
まだ一言も説明してないのに、獣人一家の父親は分かり切った口調で言い当てる。
この様子に今度は楓華が驚き、そのまま話を進める前に思わず確認した。
「ありゃ?事情は把握しているんだ」
「つい先ほど父さんから連絡があった。『現当主として出席せよ』とな」
相手から現当主という言葉が飛び出した直後、楓華は姿勢を正しながら丁寧な声色へ変えた。
「そうだったのか。それなら、開催のお時間になったら改めて声を掛けるよ」
「まだ時間を要するのか?」
「今すぐ始められる、という訳では無いね。ただ一個人の意見を述べるならば、開催する前に一足早く赴いて御子息たちとご歓談するのも大変有意義じゃないかな」
楓華は親切心から閃きを得て、パーティーに限らず家族で楽しい時間を過ごして欲しいと勧めた。
開催前に盛り上がれば、当然本題のパーティーも更に楽しくなることだろう。
また副次的な話だが、子ども達と同じ場所に留まってくれれば再度呼びかける二度手間を必要としない。
何であれ、申し分ない提案なのは親からすれば明らかであり、相手は好意的に受け取っていた。
「そうか。うむ、その意見には賛成だ。私は当主であると同時に、親としての振る舞いを優先すべきだ。しかし……」
「なに?」
「せっかく貴女のような豪胆な訪問者が居るのだ。いつまでも無下に雑用ばかりさせるわけにはいかない。だから交流を深めるという名目で、私とゲームに興じてくれないだろうか?」
「ゲームだって?だけど、あまり遊んでいる暇は……。いや、そちらの誘いを断る理由は無いかも」
楓華は深読みし、これが相手からの出題だと解釈した。
事実、相手はそのつもりでゲームについて語る。
「安心するといい。そちらは早く準備を進めたいだろうから、それほど長く付き合わさせない。ただ、私が最も得意とするゴーストボードゲームの相手をして欲しい」
彼はそう喋りながら、形状が変動する盤と生き物のように動く駒を長テーブルの上へ出現させた。
一見すると、ボードゲームの造形そのものはチェスに近しい印象を受ける。
だが、やはりチェスとは全くの別物であり、楓華にとって初見なのは間違いない。
いきなり未知のゲームで、しかも幽霊と対戦するのは一般人ならば臆するところだ。
しかし彼女に限っては好奇心の方が遥かに上回っていた。
「いいね、楽しそうだ。すぐ始めようか。ちなみに、これが終わったら子ども達の所へ案内するからね」
「二つ返事とは良い心意気だ。では、まずはルール説明する。その次、そちらが初心者であることを考慮し、3本勝負で……」
「経験者の気遣いは嬉しいけど、ルール説明だけで大丈夫だ。そして本番は一発勝負で充分。アタイは絶対に負けないからさ」
「ほぉ、既に自信満々とは面白い。言っておくが私はプロと同等の腕前だ。それでも私が完膚なきまで敗北した暁には、どのような要望も聞き入れよう」
「その方が話が早くて助かるよ。それじゃあ説明を頼む」
楓華は本気で勝利を狙う気概に満ちていて、相手の説明を熱心に聞いて理解した。
その真剣な姿勢によりゲーム開始へ至るのは早く、更に彼女が完全勝利を収めるのも短時間で終えていた。
「はい。これでそっちの詰みだ」
「信じられん……。一体どこから私の手を読みきっていた?それくらい駒を進める手が早かったぞ。完全にノータイムだった」
「そちらの3手目辺りから終盤の姿が見えていたかな。まぁアタイは真剣勝負のタイマンだったら100%読み負けないし、打ち間違えしない集中力はあるから」
「まさかゲームの腕前では無く、持ち前のフィジカルで押し切ったのか」
「そだね。だからアタイと互角に勝負したいなら、運要素が強いゲームをオススメするよ。あとは勝敗がオマケで交流がメインのやつとかね」
「ううむ……」
相手は険しい顔を浮かべて唸った。
プロ級の腕前だと自称するだけあって、楓華の実力がビギナーズラックでは無いと理解しているからだ。
しかも開始前に堂々と勝利宣告されたので、彼は手を抜いていない。
そして、その真剣勝負の末に敗北を喫したわけだが、今の彼の胸中には悔しさより愉快な気分が勝りつつあった。
「実に面白い。好敵手が現れ、手応えがあるのは喜ばしい出来事だ。今まで感じたことない充足感がある。それに私が望むゲームとは、勝率が低い中で成長を経て勝利することだ」
「プロ意識が強いね~」
「君……あぁフウカ君だったか。すまないが、もう一度勝負してくれないか?最初はショックを受けたが、今は盤面を思い返すと楽しくて仕方ない」
「うーん。長考しないなら更に一戦しても良いかな。だけど、アタイは初心者だけにさっきより格段に強いよ」
「望むところだ。お互いに高め合える実感を得られるなど、どれほど恋焦がれても起こり得ない奇跡じゃないか。いやはや、感想を述べる時間が惜しい。さぁ始めるぞ!」
彼は勝利に貪欲でありながら、その過程にも大きな楽しみを見出していた。
それは立派で高潔な思考だ。
更に微笑ましくあるし、その気概を向けられた側からすれば心地良いくらいだった。
だが、如何せん今は都合が悪い。
そして相手は久しぶりに湧いた執着心と心躍る状況に酔いしれてしまい、2戦目が終わった後は晴れやかな表情でハキハキと喋っていた。
「もう1回だ!泣きの1戦を頼む!次こそ勝つ!それに新しい戦術を試したい!対フウカ専用の戦術だ!」
これほど童心に帰った様を見ていると、誘いを断るのが申し訳なくなる。
それでも楓華は目先の事態に捉われず、毅然とした態度でキッパリと断った。
「いいや、これで終わりだ。アンタの相手をしたい気持ちはあるけど、アタイは仲間の都合を優先したい。それに再戦の願いを一度聞き入れた時点で義理は果たしたよ」
「うっ、うぐ……。そうだな……。惜しい。非常に惜しいが、要望を聞き入れるとも自ら言った。ならば、こちらが折れなければ不義理となってしまう。何より当主としての面目もある」
相手は自分に言い聞かせることで、有頂天になっていた気持ちを切り替えようとした。
しかし、まだまだ高ぶる興奮を捨てきれないせいで表情は曇ったままだ。
そんな彼の葛藤を見かねて、楓華は機転を利かせた。
「じゃあ、アタイの要望はいずれ再戦することだ。これなら大人しく待てるし、新しい手を考える時間もあるだろ?」
「おぉ!また相手をしてくれるのか!?」
楓華の気遣いは想像以上に素晴らしいサプライズとなったらしく、彼の態度が一気に明るくなった。
すっかり打ち解け、もはや相手の反応は親友に接するものと同様だ。
「あぁ、アタイは意地でも有言実行するからね。それと、その時が巡って来た際には歓迎して欲しいかな」
「もちろんだ!ツマミ、酒……他にも色々と用意しよう!もし飽きれば、別のゲームでも勝負しようじゃないか!うあっはははは!」
「あっははは。いいね、その時を楽しみにしているよ」
楓華は笑顔で返すと共に、獣人家族の母親が言っていた言葉を思い出した。
彼は当主や父親の肩書きがあるから人格者を演じていただけで、実際は友人と遊ぶことが何よりも好きで気さくな人物だと。




