106.パーティーに料理は欠かせないでしょう!
大勢の幽霊も含めた楓華達が城内で派手に遊び回っていると、ふと香しい匂いが漂っていることに多くの者が気が付いた。
一嗅ぎするだけで食欲を掻き立てられて、とても無視できないほど魅力的な匂いだ。
特に幼女幽霊達は霊体であっても獣人の特性をしっかりと発揮しており、本能に逆らえず陽気になっていた。
「前菜だ!」
「スープだ!」
「魚料理だ!」
「肉料理だ!」
「お腹空いた~!」
幼女幽霊達の関心は遊びから食事へ一斉に移り変わり、全員が匂いの根源を探り始める。
そして数秒足らずで発生源を特定したらしく、自由気ままに壁を通り抜けて先行してしまうのだった。
興味本位のみで突発的に行動を起こすのは、いくら自宅内でも暴走と同じだろう。
まして自衛能力が低い子ども達なので、モモは今日で何度目か分からない大慌てっぷりを披露した。
「ちょっと皆さん!?」
場所構わず遊び場にして荒らし回っている子ども達から、易々と目を離すわけにはいかない。
何より子ども達の安全を保障できないことが心配だ。
それは楓華も分かっていて、すぐにモモと未だ気絶中のミルの手を引いた。
「あの子達がちゃんと匂いを追えているなら、こっちだよ」
「フウカさんも場所が分かっているんですか?」
「あぁ、たしか厨房だったかな」
楓華が言いきった頃には、いつくもの扉を通り過ぎて既に厨房へ足を踏み込んでいた。
すると厨房では調理機器が稼働しており、長女ヴィムが1人で手際よく調理に取り掛かっている最中だった。
ただ作業に追われているらしく、かなり慌ただしく動き回っていた。
「このお姉ちゃん、すっごーい!これが芸術なの~!?」
幼女幽霊の1人が深く感心し、大きな歓声をあげる。
なにせヴィムの1つ1つの手捌きが繊細かつ的確だ。
まさしくプロの技としか言い表しようが無く、つい眺めたくなる素晴らしさがあった。
一方、ヴィム本人はちょうど人手が欲しいタイミングだと思っていたようで、調理する手を止めないまま楓華に声をかけた。
「フウカちゃん、ミル!少し手伝って!調理器具が旧式で下準備が間に合わないわ!」
「おっけーヴィム姉。モモちゃんは子ども達の方をお願いね。さて……正直アタイで大丈夫かなぁ?」
了解した矢先に楓華が不安そうな独り言を漏らしたのは、料理があまり得意では無いからだ。
大抵のことは一人前にできるだけあって、数少ない苦手分野だと言える。
だから細かな確認が必要である上、時折ヴィムから手本を見せて貰わなければ下準備を進められなかった。
「我ながら拙いけど、こうして料理するのは楽しいね。嫁修行みたいだ」
「ねぇフウカちゃん。一体ミルはどうしたのかしら?顔色が悪そうだし、もし体調不良なら休んで貰った方が良いと思うわ」
「ん?あー……ミルちゃんは絶好調のまま気絶しているところ。あれは幽霊の憑依されていて、ミル本人に見えるだけ」
「ビックリするほど意味が分からないわ。いつもと雰囲気が違う気はするけれども……」
「まっ、とにかく別の事で体を張っている最中だから当てにしないであげて。それでヴィム姉はなんで料理しているの?凄い量だしさ。やっぱり試練関係?」
「そうよ。ここの家族の祖父に、パーティーを開きたいとお願いされたの。だから料理自体も準備の1つに過ぎないわ」
その話を聞いた楓華はヴィムの事情を把握し、幼女幽霊を必死に連れて行こうとするモモに声をかけた。
「モモちゃん!パーティーを開くから準備しておいて!近くに大部屋があるから、そこを食堂っぽい雰囲気作りね!力仕事はミルの幽霊……いや、ややこしいなぁ。まぁミルに任せれば良いから!」
「はい!私にお任せください!ということで皆さん、先生に付いて来て下さいね~!」
幼女幽霊達はすっかりモモに懐いている。
そのため、つい衝動的に行動するだけで彼女の指示に対しては聞き分けが良かった。
「はぁ~い!」
とても素直な返事。
それからモモ達が別室へ移動してくれたおかげで、厨房はあっという間に心地良い調理音に包まれた。
「モモちゃんなら上手くやってくれるよな。しっかり者だしさ」
「そうね。ただ、モモにしては珍しく張り切っていたわね。あれだけ率先して周りを引っ張るなんて」
「そうか~?試練だからじゃない?」
「それだけかしら。あの子って、基本的に大人同士の付き合いみたいな立ち回りを好むでしょう?ああいう親密な距離感を自分から作る所なんて初めて見たわ」
「言われてみれば……。まぁ姉妹が居るって話だし、今のモモちゃんはお姉ちゃん気分になっているのかも。それにプラスして先生やリーダー気分とかね。あと更に保護者気分による母性も追加で!」
「属性盛り沢山ね。それか、いつも研究漬けの日々だから新鮮で楽しくなっているのかもしれないわ」
2人は本人が居なくなったタイミングで、モモについての話題で盛り上がる。
きっと一緒に調理することで一体感を覚え、自然と気分が高揚しているのだろう。
そんなとき、ヴィムは大事な用件を1つ思い出した。
「そういえばフウカちゃん。ここの家族の父親には会ったかしら?」
「いや、まだ会って無いね。アタイがまともに話したのは母親だけだ」
「そう。それなら父親の居場所は聞けそうね。家族団欒のパーティーを始めるもの。父親の方にも声を掛けておきたいわ」
「うん?あぁ、そういうことか。分かった。アタイに任せな。もし抵抗されたら捕縛して強制連行するよ。絶対に家族サービスを優先させる」
「頼もしいわね」
楓華は必ず有言実行するので、きっと連れて来ることは確実だろうとヴィムは素直に納得した。
だが、彼女が実力行使を前提に返事してきたので危うい予感もある。
だからヴィムからすれば、できれば拉致同然の事態にならないよう祈る他なかった。




