105.更に幽霊が増えて集合霊ばかりで行動する
※猛暑で頭が茹でられて更新が遅れていますが、9月中完結に変更は無いです
「おすわり」
楓華がまるで指令を与えるような疎外感ある声色を発した途端、双頭の犬は高ぶっていた興奮を抑えて座り込んだ。
つい数秒前まで威嚇で示していた敵意すら消すあたり、ロボット同等に従順かつ利口な反応だ。
そして楓華は抱えていたモモを丁寧に床へ降ろした後、慎重な足取りでミルに近づき始めた。
「うぅ~!やめてやめて~!」
その間もミルは犬の方へ向かって泣き喚いていて、ちょっとした新鮮味があった。
だが、その新鮮味こそ相手が別人だという裏付けになる。
要するに悪霊がミルの体を乗っ取っているのだろう。
とは言え、もし本当に悪霊が原因であれば、こうして情けない姿を晒しているのは油断を誘う演技か、それとも本心によるものか。
とてもじゃないが、この場で即座には判別できない。
だから楓華は警戒心を忘れず、慎重に接した。
「落ち着きな。それでアンタはミルちゃんに憑依しているワケ?」
「ひぐっ……!うぅ、ひょ、ひょうい?あ、あれ?なんで女の子の体になってるの!?へっ!?あぃへ!?」
「パニックになっている返事……ってことは、身代わり作戦じゃないのか。でも、その方がややこしい話だね。精神状態が不安定みたいだし、一体どこから手を付ければ安全なのやら」
彼女は、ミルが悪霊に憑依されてしまったと断定している。
そのことを前提に上手く交渉を進めたいところだが、悪霊の正体が不明のままだから本性を掴みきれない。
むしろ冷静に考えると不明な点が多く、先ほどの姿は黒いモヤだったのに意思疎通が可能な相手だったのは意外だ。
まだ他にも色々と気掛かりな要素はあるが、とにかくどの程度ミルに危害を加えられる存在なのか予測がつかないから楓華は思い悩んでしまう。
まして、この異世界ではどれほど些末な可能性も捨てきれない。
そうして膠着状態に陥りかけたとき、モモが仲介に入って助け船を出した。
「結局、私も付き添う必要がありましたね。さて、まずはミル師匠……その体に憑依されているという話の流れでしたが、こちらは事実だと認識して問題ありませんか?」
モモは丁寧な他人行儀で問いかける。
これは警戒の意思表示だが、同時にわざとらしく取り繕うことでモモは幽霊に対する苦手意識を抑え込んでいた。
それに対してミルは、やはり彼女本人では無い口ぶりで答えた。
「おそらく、多分?そんな気がする?」
緊迫した状況で疑問形の返しをされるのは好ましくないが、それはモモにとって有力な手掛かりとなる。
「なるほど。では、自己紹介しておきましょうか。私は鬼族のモモ。そして、隣の金髪女性がフウカさんです」
「モモ、フウカ。そのぉ……初めまして、だよね?」
「はい、初めまして。それで、そちらは名乗ることが可能でしょうか。記憶が混濁している、または混乱しているならば返答を控えても差し支えありませんよ」
「自分の名前、分からないかも。あと、どうして自分がこんな建物に居るのかも分からない、かも?」
「分かりました、やはり記憶力に支障……では無く、上手く考えられない状態なのですね。では名前以外、例えば経緯を説明できることはありますか?」
「ふらふら彷徨っていた。そうしたら、いつの間にか世界が変わって、あと苦手な犬が居るし……早く帰りたい」
相手の言い分は理解できるものの、脈絡が無い言葉が連発する。
そこからモモは相手の特性を掴み、憶測を交えながら楓華に伝えた。
「どうやら自意識はあっても、思考力は幼児に等しいみたいです。行動原理が本能的だと言いましょうか。更に相手は善悪の価値観を持ち合わせておらず、何が自分にとって有利なのかも分からないようです」
「なるほどね。アタイと同じく思い立った事をしちゃうタイプか」
「一見すると共通点に感じられますが、また少し違いますね。この幽霊は、目標が無いまま行動を起こしています。つまり真意を問い質す過程を踏まず、上手くコントロールしてあげる事が互いにとって最善でしょう」
モモは長々と解説じみた言葉を連ねた。
そして最後は時間短縮に繋がる案を提示しており、それに楓華は同調する。
「分かったよ。ひとまずアタイ達はそっちに危害を加えるつもりは無い。だから落ち着いて、こちらの指示に従ってくれるかい?」
理知的な対話は可能らしく、相手はミルの体を操りながら小さく頷いてくれた。
ただ相手の視線は、ずっと双頭の犬を気にかけている。
「そういえば犬が苦手だって?仕方ないね。『ハウス』」
楓華が『ハウス』という単語を発すると、双頭の犬はお座りの状態から立ち上がって方向転換した。
それから尻尾を大きく振りながら歩き出し、本来の持ち場である庭園へ戻って行った。
その敵意を全く感じさせない動作と離れて行く様を見届けた事により、ようやく霊も落ち着きを取り戻してくれた。
「ふぅ……」
溜め息が吐かれると共に浮遊が止められ、ミルの体はゆっくりと床へ降り立った。
特にモモはずっと走っていただけに、これで一息つけると思っただろう。
「あとはミル師匠の体を返して貰うだけですね。私の方は間もなく試練は終わりますし……」
「「「モモ先生~!!」」」
モモ達の後ろから、6人の幼女幽霊が天真爛漫に呼びかけてきた。
どうやら途中から追いかけて来てない事に気が付き、わざわざ確認しに戻って来たようだ。
それに合わせて騒々しさが格段に増してしまい、楓華は少し驚きながらも笑った。
「あっはははは、凄いねモモちゃん。こんな大勢の相手をしていたんだ。しかもヤンチャだ」
「でも、素直で真面目な子たちでしたよ。試しに授業形式を取り入れたら、熱心に話を聞いた上で実験など行ってくれました」
「そして今は追いかけっこか」
「それは事故です。あぁそうだ。ついでにミル師匠に憑依している幽霊さんも参加させましょうか。元の状態だと意思疎通が困難でしたし、一緒に遊べば心を開いてくれるでしょう」
「まぁ友好関係を築くのは良い事だ。このまま操られるミルちゃんには申し訳ない気がするけどね」
「ミル師匠なら大丈夫でしょう。人並み外れてタフネスですから、少しくらい痛くも痒くもありません」
そうモモは勝手に判断して、楓華達を加えた更なる大人数で試練を再開するのだった。




