104.悪霊?が猛威を振るう
6人の幼女幽霊は喜々として愉快な笑い声をあげながら、通路の真ん中に立っている楓華とミルを軽快に通り抜けて行った。
それにより次は鬼娘モモと双頭の巨犬、更に黒いモヤとしか思えない悪霊が向かって来ている。
ちなみにモモからすれば得体の知れない怪物に追われていて、全身全霊で逃げている真っ最中だ。
つまり走る本人は必死になるほど真剣であり、この現状に逼迫しているのは赤の他人でも一目で分かるはず。
しかし、焦る彼女の目先で棒立ちしている楓華はにこやかな笑顔を浮かべ、のんびりと観賞しながら笑った。
「あっははは~、賑やかだねモモちゃん。そんな大勢で思いっきり遊ぶなんてさ」
「フウカさん!?ちょっとバカ言わないで……ひぃいいい!?」
モモは足を止めるわけには行かず、そのまま速度を保ちながら2人の間を突き抜けて行った。
それから少女を追跡する悪霊たちも同じ進路方向のため、同様に突撃して来ている。
狭い通路上、このまま棒立ちしていれば正面衝突は避けられない。
そのことに気が付いた楓華はミルの手を引きながら方向転換し、自分達が歩いていた通路を当然のように逆走し始めた。
「さすがに衝突は嫌だなぁ。あの犬、図体が大きすぎて通路の照明やら額縁を吹き飛ばしているしさ」
楓華は冷静に分析するものの、目の付け所が確実にズレてしまっていた。
なぜなら彼女は度を越えた騒動に慣れ過ぎていて、城内を集団で走り回っている状況に疑問を抱いてない。
それどころか楽しい追いかけっこの最中だと呑気に勘違いしており、モモの背を追い掛けながら話しかけた。
「そういえばモモちゃん、これって何をしている所なの?見た感じモモちゃんが追い掛けられている側だけど、鬼ごっこか」
「はぁはぁ……!ちょ、無理……!」
息を切らしながら無理と言い返したのは、体力消耗のみならず走りながら喋る行為自体がモモにとって不可能だからだ。
また、集中力が乱れ始めたせいで走るフォームは崩れ出しており、前へ進もうとする足さばきは徐々に遅くなっていた。
「おっと?ごめんミルちゃん、そのまま走ってて。アタイはモモちゃんを抱えるよ」
そう言った瞬間に楓華は踏み出す勢いに加速を掛け、疾風の如く前進しつつモモを瞬く間にお姫様だっこしていた。
そのおかげモモは喋る余裕を少しばかり持つことが叶い、すぐさま呼吸を整えながら状況説明してくれた。
「はぁはぁ、ひぃふぅ……。わ、私はあの飛んでいる子ども達と遊んでいたんです。それで一通り遊んだ後、私は幽霊の性質を活かしたオモチャ……けほっ、『プラズマ増幅初号機』を製作しました」
「うんうん、それで?」
「そして結論だけお伝えすると、城に潜んでいた黒い霊を活性化させてしまいました」
「おぉマジか。ってか、なんかアレだね。こうしてアタイがモモちゃんを抱えている状況も含めて、フウカ村で起きたゴーレム事件に似てるよ」
「言われてみれば……。で、でも今回は簡単に打開できますよね?」
ほぼ懇願と変わらない眼差しでモモは問いかけた。
今の楓華は規格外の力を引き出せるから、ここで期待を寄せるのは当然だ。
しかし、彼女は黒いモヤを尻目で後方確認するなり否定した。
「多分アタイには不向きかな。相手が幽霊だから力が通じるか不明だし、城をうっかり吹き飛ばしかねない。ということで、ここはミルちゃんの出番だ!」
「は~い!」
ミルは元気よく返事した刹那、愛用の薙刀を出現させて悪霊へ飛び掛かっていた。
すっかり楓華の意図を理解できるようになっている上、勇猛な判断だ。
それにミルが扱う薙刀は『神殺し』という特殊な効力を持っているため、刃が触れるだけで悪霊を撃退できるだろう。
だが、彼女が薙刀を振り下ろしきる寸前に悪霊は通路の下へ潜り込んでしまっていた。
この回避行動を楓華は超感覚で察知してみせ、大声で叫ぶ。
「ミルちゃん!」
「大丈夫!」
このタイミングで楓華が強く呼びかけたのは、斬撃が建物の破壊と双頭の犬に当たらないようにするための制止だ。
それを少女は充分に理解しており、既に武器を全力で振りかぶっていたのにも関わらず、薙刀が床に触れる前に急停止させてみせた。
「上手いね」
楓華はミルの巧みな武器の扱い方を心から褒める。
なにせ立て続けの臨機応変ながらも、決して強引な停止では無い。
これほど勢いを殺しきった完璧な寸止めは、武道に秀でたミルだからこそ実現可能で立派な芸当に値するだろう。
だが、その行動に神経を注いだ瞬間に僅かな隙が生じる事態は避けられず、突如ミルの体はふわりと宙に浮いてしまう。
「あわっ、わわっ~……?」
いわゆる超常現象だが、発生前後の状況から察するに悪霊によるポルターガイストだ。
つまり直接的な攻撃では無いものの、容易に逃れられない干渉を受けてしまった。
合わせて双頭の犬は走行を止めるなり、ミルに向けて低い唸り声をあげる。
「あれ、なんか威嚇してね?」
楓華は妙な違和感を覚えつつ、幼き婚約者を援護するために再び方向転換した。
ミルならば身を守る行動に徹するはずだから、手助けは充分に間に合う。
だが、不意にミルは表情を急変させた後、いきなり切羽詰まった迫真の泣き声を響かせた。
「うぅ~!うわぁあぁああぁん!待ってよ!怖い!犬が……待って待って待ってぇ!」
ミルは実戦の心得があるため、普段なら追い詰められた状況ほど冷静かつ凛々しい態度を保持する。
しかし、その泣き方は品性の欠片が無く、極端に脆弱な精神が露呈していた。
しかも形振り構わず怯えている姿は別人みたいだ。
「ひぃいいいい!助けて怖い!助けてぇぇ!!」
静まる気配が感じられないどころか、激情が増す一方だだ。
そもそもこれまでの危機的状況と比べて、人格が変わってしまうほど強烈なショックは受けてないはず。
そのせいで楓華は唖然とし、思わず顔をしかめた。
「ミルちゃん……だよね?あれ、そっくりさん?」
すると今度はこの言葉に対してモモが顔をしかめ、正気を疑う口ぶりで叱りつけた。
「急を要する時に冗談を言っている場合ですか!?早く助けてあげて下さい!」
「それはその通りだけどさ。いやぁ、うん……やっぱり違うな。アタイには分かる。らしくない狼狽っぷりだし、同じだけど違う」
意味不明な発言の連発を聞いたモモは戸惑う他なかった。
もしかしたらミルのみならず、同時に楓華まで正気を失ってしまったのか。
そんな最悪な予感をする一方、楓華は至って冷静な素振りで行動を起こした。




