103.楓華は初試練を終えても老婆心を働かせて追い込みをかける
楓華は屋根の補修を終えた後、ミルと一緒に清掃作業を励んでいた。
また、2人共わざわざメイド服へ身を包んでいるため、傍から見れば試練の挑戦というより日雇いの仕事になってしまっている。
それでも彼女らは不満の欠片すら覚えず、むしろ任された役割には全力投球する質なので丁寧な清掃を心掛けていた。
「ミルちゃん!アタイに合わせな!ブースト・Ⅰ。そして、時雨流スキル・塵埃掃討!」
「ミル流武術・あちらこちらツルツルピッカピカズキュ~ン!」
2人は類稀なる身体能力と培った武技を存分に活かすことで、古城の通路や部屋を隅から隅まで綺麗にする。
猛スピードで振るうモップの一撃で天井を輝かせ、家具の隙間などに溜まっていた埃を手早く払拭。
そして鍛えた観察力と優れた慧眼により、汚れ1つ見逃さず掃除してみせた。
そのおかげで古城はあっという間に見違えるほど美しくなっていき、最終的には垂直の外壁を走り回りながら再塗装まで済ませてしまう。
「へへっ、どうだい!本気のアタイにかかれば、これくらい手間でも無いよ!」
一通りの掃除を終えた頃、楓華は城内の玄関ホールで達成感に耽っていた。
積もり溜まっていた汚れが多かっただけに、掃除前と比べたら一目瞭然なほど劇的に改善されている。
同じくしてミルも綺麗になった実感を得ており、とても誇らし気な笑顔で応えた。
「さっすがフウカお姉様!もう頼まれる前に他の事も片づけるなんて凄いね!すっかり綺麗になって、城内の空気がおいしくなった!」
「あっはははは、なにせアタイの気遣いは宇宙一だからね!でも、ミルちゃんの協力が無ければもっと大変だったよ。このコンビネーションっぷりは、まさしく最高のお嫁さんにしか出来ないことだ!」
「ホント?やった~!これはミルがコンテストに優勝したって事だよね!?だってミルってば、大勢に認められるよりフウカお姉様1人に認められる事の方がずっと大事だもん!」
「あっははは!そりゃあ、さすがにアタイを買い被り過ぎだ」
2人は陽気に歓談し、お互いの頑張りを褒め合っていた。
その固い絆で結ばれた信頼関係は、他者からすれば軽い羨ましさを覚えるほど輝かしい。
そして2人の努力は色眼鏡無しに褒められるものであって、試練を出した獣人幽霊の女性は労いの言葉をかけながら出現してきた。
「ミル様とフウカ様、どうもお疲れ様。まさか短時間で済ませてしまうなんて大変助かりましたわ。それに私が見回した限りでは十分でしたし、これからも掃除を任せたくなるほど惚れ惚れする仕事ぶりでしたよ」
この率直な称賛に対し、楓華は珍しく腰を低くしながら照れていた。
思えば彼女は相手から感謝される機会は多いが、トンデモ発想の行動ばかりで丁寧かつ真っ直ぐに褒められることは少ない。
その微妙な違いに照れ臭さを覚えるらしく、やや軽薄な笑みがこぼれていた。
「えっへへ~。アタイは何事にも全力を出すタイプだからね。掃除のやりがいもあったし、こうして結果が伴ってくれて良かったよ」
「素晴らしい心掛けをお持ちなのですね。羨ましいです」
「誰かが幸せになれるなら全力で挑むってのがアタイのモットーさ。そういえばだけど、掃除の途中で巨大な黒い煤があったなぁ」
「煤ですか?」
「多分ね。けっこう活発に動いていたからアタイの勘違いだったかも」
「あらま、それは恐らく城に住まう悪霊ですね。義父が前に仰られていた事ですけれど、私達一家を復活させた際に黒い蛆が湧いたと。恐らく正体はそれです」
その話を聞いた楓華は幽霊一家に関して気になることが出てきた。
だが、相手の家庭事情に易々と深入りするのは無礼だと即座に考えを改め、会話を続けた。
「あー……あれ悪霊みたいな奴だったのか。アタイを見て逃げて行ったし、そのまま見逃しちゃった」
「こちらの説明不足ですから問題ありませんよ。スーパーセーフです」
「そっか。まぁ次、見かけたら片づけておくかな。もし話が通じるのなら、そっちの方が穏便で良いけどね」
そう話し合った直後、城内全体が震えあがった。
ただ地震とは異なる揺れ方であり、足元から負荷が昇って来ている感覚は無い。
正しくは城が丸ごと横へ突き動かされた勢いであって、何らかの怪物が城内のどこかで暴れ出しているみたいだった。
「お犬さんかな?」
ミルは呑気にペットのことを口にする。
確かに心当たりがあるの双頭の巨犬だけであり、強烈な揺れも瞬く間に収まったから妥当な推測だ。
だが、獣人幽霊の女性は突然の出来事に慌てていた。
「な、なんですか!?さっきの大きな振動は!?」
古城に長く暮らしている彼女が焦る姿を見せるあたり、さすがに日常茶飯事の事象では無いようだ。
加えて、双頭の犬が引き起こすハプニングでも無い証明になっていたので、楓華は原因究明すべきかもしれないと思った。
「アタイが調査しようか?掃除で一通りの間取りは把握できているからね」
「そ、それは……。あの……コンテストの運営者から申し付けられる事なのですが、長時間の拘束は避けるよう言われていますし、差し上げられるポイントにも上限があります」
「ん?あぁー、でもアタイ達が気にしなければ良いんじゃない?そりゃあポイントは惜しいけど、目先の人助けを優先するのは変な話じゃないだろ」
損得勘定を徹底的に無視した思考に対し、相手は目を丸くして驚く。
なぜなら試練を熱心に挑戦しているからには、優勝したいと本気で思っているからだ。
それに反した行動を取るのは容易では無いし、賢い生き方でも無いことは分かり切っているはず。
だから女性は申し訳ないと思いつつ、下手に言い合いしない方が彼女のためになると考えて了承した。
「分かりました……。本当にそれでよろしいならば、是非とも確認をお願い致します。もし原因が不明でも気にしませんから」
「あっははは、大船に乗ったつもりで任せな。ミルちゃんも居るし、あっという間だよ。さぁ行こうか」
楓華はミルを引き連れて、振動が伝わって来た方向を改めて探る。
それから歩き出して間もなく、女性と離れてから楓華は小声でミルに喋りかけた。
「悪霊の仕業かもね」
「えー、どうかなぁ。タイミングがピッタリ過ぎると思うなぁ」
「アタイらが知る心当たりと言えば、それだけっての話だ。案外ここの城と関係ない事か、他の参加者が乱入しているとかね。ある程度は考えを絞らないとキリが無いよ」
楓華は知性的に考えを巡らせながら、何らかの証拠が無いかと丹念に探った。
だが、その振動の原因は更に予想外の方向性で突発に現れた。
「ぎゃああああぁああ~!?ちょ、ちょっと待って下さい!あぁダメダメ~!?」
「あっ、モモちゃんの声……」
鬼娘モモの凄まじい悲鳴が響いてきたので、調査していた2人は声が聞こえてきた方向へ視線を向けた。
すると通路の奥から6人の幼女が笑顔で飛び回って来ている上、モモは必死な形相で黒い煤とペットの巨犬に追われながら走って来るのだった。