102.幽霊一家のために家族孝行を手伝う姉妹
幽霊一家の祖父は暗闇に姿を隠したまま、ヴィム達に向けて必死に叫ぶ。
「いやいや待ってくれ!今しがた言葉足らずだったと天啓を得たが、なにも贄は君達の命などでは無い!贄とは!刻まれた具材どもが灼熱の土鍋へ放り込まれ、慈悲を許さぬほど茹で煮込み、生者を欲望へ誘う出汁をだな……」
「ちょっと待って。薄っすらと理解したけれど、言葉選びが黒魔術に毒されているわよ。しかも、鍋料理の話をしているわよね?」
「私は料理のことを儀式と呼ぶ。それでな、焼かれた上に無惨にも両断された虜の生地に、これでもかと純白で甘味の柔らかきクリームで覆い隠し、血よりも赤い芳醇な実を残酷に利用した……」
「それは苺ケーキね?まったく、ずいぶんと雑食な獣人だわ。そして私達に所望しているのは、一家団欒のパーティーって訳ね」
「そんな夢現な戯れでは無い。荘厳なる闇の宴だ。また、これは祝福の呪いでもあるぞ」
「はいはい、闇の宴を開く協力するわ」
ヴィムは会話を円滑に進める方法を心得ているため、相手のペースに合わせながら二つ返事で了承した。
この流れに戸惑うのは長く思考停止していたヒバナだけで、自分の理解するためにも改めて姉に確認を取った。
「ヴィムお姉ちゃん?これって、つまり某達の試練はパーティーを開催することですか?」
「恐らくそうね。普段なら手間暇をかけるところだけれど、今回は時間が惜しいわ。ササッと手早く実行しましょう。料理は私に任せてちょうだい。先にケーキ生地を焼いて、その合間に鍋の準備……そもそも材料があるのかしら」
「そ、某はどうしましょう?」
「ヒバナは会場の用意ね。祖父さんは体が不自由みたいだから、そちらの長男さんと一緒に運んであげてちょうだい。もし他に困った事があれば私を呼びつけなさい」
簡潔に用件を伝えると、ヴィムは仕事に追われるような急ぎ足で地下室から出て行ってしまう。
彼女が案内も無しに調理場へ行けるのかヒバナからすれば疑問だが、それより気にするべきことは自分に課された試練だ。
よって彼女は集中するために、いつもみたく自分に渇を入れた。
「よ、よし。そもそもコンテストですからね。ヒバナちゃんなら出来るって、フウカ氏なら応援してくれるはずです。むしろ徒競走みたいな順位勝負じゃないので、まだ気楽に頑張れます」
ヒバナはあれこれと中身が無い理由を自分に言い聞かせた後、長男の獣人幽霊へ近寄った。
すると今度は最初に出会った時と同様の気遣う態度が見受けられ、安堵する。
「長男氏。祖父氏の所まで近寄っても大丈夫ですか?もし大事な道具があったりするなら、迂闊に歩き回るのは危険かなと思いまして」
「この部屋は生者には暗いですからね。どうぞ足元にお気を付け下さい。あと祖父についてですが、どうか姿を見ても驚かられないよう申し上げます」
「大丈夫です。これまで多くの変質者を目撃してきましたから。ちょっと特殊なくらいで相手を不安にさせるような、不親切な態度は見せませんよ」
「お心遣いありがとうございます。しかし、まぁ……わざわざ脅すほどでも無かったかもしれません。祖父は厳かな性格に反して、家族想いで朗らかな心の持ち主ですから」
身内を評する言葉にしては、ずいぶんと余所々々しい言い方だ。
だからヒバナは家族間でも礼儀を重んじているのだと思いつつ、長男と共に部屋の奥へ歩いた。
暗いせいで付近の道具などは曖昧にしか分からなかったが、やはり黒魔術に相応しい骨董品ばかり置かれている。
模様が描かれたドクロ、血文字の魔法陣、動物の皮や骨、理解し難い形状の小道具など。
少なくとも気が滅入る内装であって、更に換気も悪い場所で長時間過ごすのは体に毒だと彼女は思った。
それから室内を最低でも10メートルは直進すると、灰色がかった毛玉が居座っている事が分かった。
しかも見上げるほど大きい毛玉は、あまりの毛量で部屋の一部を埋め尽くしている。
これは黒魔術の産物かもしれない。
そんな浅い感想がヒバナの口から出かける直前、毛玉は先ほど聞いたばかりである祖父の声を発した。
「みすぼらしい姿を見せることになってしまい、申し訳ない。外を生きる者からすれば、見苦しいこの上ないだろう?」
どうやら毛玉の正体は祖父だったらしい。
とは言え、体毛が伸びすぎているせいで本来の姿は不明のままだ。
それでもヒバナは相手の姿を視認して、少し安心感を覚えた。
「良かったです。本当に生きているみたいですね」
「うん?あれほど言葉を交えたのに、まさか言霊を操る怪奇現象の類だと思っていたのか?」
「あははっ、実は半分くらいはそうだと思っていました。声も、某の知るおじいちゃんに似ていたものですから」
「ほぅ、そんな数奇なる運命が巡るとは。その者は私と同じ、または近しい種族なのかもしれないな。それよりも私を移動させる手立てはあるのか?老いのせいで足腰が弱く、姿勢を変える事もままならないぞ」
「うーん。とりあえず毛を綺麗さっぱりにカットしましょうか。某は武術は苦手でも、小物の扱いは達人クラスだと自負していますからね。何を隠そう、姉妹の髪も某が切っていますもん!」
ようやくヒバナは抱えていた不安を振り払い、格好つけて意気込んだ。
彼女は相手と競争したり成績結果が数値で表されたり、または明確に成功や失敗があることには強い苦手意識がある。
それは今も変わらずで、それ以外ならば気兼ねなく本調子を出せるようになる。
よってヒバナが全力を出せる場面は悲しいほど限定されてしまう訳だが、その時は姉妹の誰にも負けない能力を発揮してくれるのだった。
トリミングは全て他の道具の代用で、本来の用途とは異なる使用。
慎重な介護を要する老体という状態。
不衛生で実用性が皆無な設備による場所占拠。
そんな不慣れで多くの制限が課される中、彼女はひたむきな思いで手先器用に作業へ取り掛かった。