101.ヴィムとヒバナは地下の書斎室にて
楓華達が順調に試練を攻略する一方、ヴィムとヒバナの2人は古城の地下室で立ち尽くしていた。
つい数分前、彼女達は獣人の幽霊一家の息子……つまり長男に当たる人物だが、その彼に『祖父が居る書斎』へ案内されたはずだ。
だが、その書斎とやらは地下室にあり、玄関ホールから薄暗くジメジメした地下通路を通らなければならなかった。
本来ならば、この時点で2人は苦手意識が際立って引き返した事だろう。
ただ今回は運営チームのサポートがあるという状況に慢心し、安全性を過信してしまったのは間違いない。
だから未知の場所では重宝すべき警戒心を自ら抑え、普段なら軽視しない要素を甘く見てしまった。
結果それらの思考が油断を招き、彼女ら2人は『祖父が居る書斎』と呼ばれていた黒魔術の儀式祭壇へ辿り着いてしまう。
「あの~……?」
ヒバナは、自分達を案内していた青年の幽霊に問いかける。
だが、期待に反して彼からの反応は寂しさを覚えるほど皆無であって、黙々と前を見つめたままだ。
それは幽霊らしいが、最初に接してきた親切な対応との温度差があまりにも大きい。
そのせいで不安を更に煽られてしまい、平常心をすり減らしたヒバナは混乱した。
自身が置かれている状況を把握できず、一体何が適切な判断になるのか分からなくなってしまう。
そんな思考停止へ陥った妹に代わり、長女ヴィムはヒバナの腕を掴んだ。
「場所を変えましょう。ここの空気、換気が不十分で苦手だわ」
ヴィムは雑な理由をつけて、なるべく両者に刺激を与えないで離れようとする。
しかし、相手側は2人の行動を見透かしているらしく、動き出そうとする直前に老男性の低い声が部屋の奥から響いてきた。
「待ちなさい。私の家族を甦らせるためにも贄が必要だ。だから断りもなく離れられるのは、非常に悲しいではないか」
深読みするまでも無く、脅し同然の発言だ。
きっと関わるだけ危険性が増すだけだ。
だが、その言葉を一語一句聞いて理解した上で、なぜかヒバナは自分の意思で足を止めてしまう。
また、不思議ながらヴィムも同じくして動きがピタリと止め、2人の姉妹は部屋の奥を呆然とした顔で見つめた。
「ヴィ、ヴィムお姉ちゃん……。今の声は、もしかしておじいちゃんでは……?」
「馬鹿ね、絶対に有りえないわ。典型的な惑わしよ。こんな悪趣味な真似をする相手に対して、聞く耳を持つべきでは無いわ」
ヴィムは動揺する心を押し殺し、勇ましい態度でキッパリと言い切る。
怪しい状況であるため、強気な姿勢を保って言い返すのは正しい。
そして疑惑の念が強まれば必然的に強烈な敵対心も抱き、ヴィムは本気の嫌悪感を露わにした。
「下らないわ。早く行きましょう」
言い合いする時間がもったいない。
そう思ったからヴィムは問答無用で地下室から出ようと、先ほど歩いた通路を戻ろうとした。
すると、やはり2人の行動を事細やか察知しているようで、老男性の声が焦って呼び止める。
「待て。いやいや待ちたまえ。このまま帰るにしても、すぐに離れる方が危険だ。もし酷い勘違いをさせてしまったのなら謝ろう。とにかく私は君達に危害を加える意図は無い。頼む。せめて、どうか話でも聞いてくれ」
いきなり相手は投げかける言葉を選び、分かりやすく狼狽した声色になっていた。
この反応は予想外であって、ヴィムとヒバナは再び顔を見合わせた。
もしかしたら自分の早とちりだったかもしれない。
そんな生易しい考えが2人の脳裏に過ぎる。
そして性根がお人好しだからこそ、ヴィムはあっさりと会話に応えた。
「万が一の話だけれど、先入観に囚われていたかもしれないわね。それで、そっちがお話したい事って何かしら?」
一応ヴィムはいつでも脱兎の如く逃げられるよう、姿勢と位置を慎重に維持していた。
この行動は警戒心を持っている意思表示にもなっているため、相手は慎重な物言いで語りかける。
「実は、これら霊体の一家は私が独学で黒魔術を学び、復活させたものだ。そして私自身は生身であり、君達を案内した長男の祖父であることは紛れも無い事実だ」
「アナタが口下手なだけで、偽り欺くつもりは無いのね。けれど、どうして姿を現してくれないのかしら?私達を快く歓迎してくれたら、それだけで一定の信頼関係は築けるわよ」
「情けない話ながら、自力で動き回れる身では無いのだ。こうして言語を交わす行為には支障が無いほど、頭の回転は健全だが……。やはり老いには勝てず、酷く衰え、不自由な身体となってしまった」
「そう。それならこの不信感は無い物とするわ。私達は老体に歓迎を強要させるほど傲慢では無いから。ただ……、さっき贄が必要だと言ったわよね?」
「それは間違いない」
老男性が自身の発言を認めた瞬間、ヴィムは小さな溜め息を吐いた。
当然、それ以上のお喋りは控えて彼女達は帰ろうとする。
相手の言葉が本意ならば、このまま古城に長居するほど危険だ。
すると、やはり相手は急いで呼び止めてきた。