10.言葉巧みに理屈っぽいことを言っているけど最終的な目標は結婚生活
ヒバナの説明は楓華には難しく、せめて実際に見るか体験しないと分からない事ばかりだ。
よって楓華は置いてけぼりを受けたも同然なのだが、そんな彼女を見てヴィムが助け船を出した。
「もうヒバナったら。ごめんなさいねフウカちゃん。この子って、分かりやすい説明よりも自分が知っていることを優先的に話しがちなのよ」
「うぐっ……。客観性に関わる指摘は某に効きすぎます……」
ヴィムの言葉を聞き、それがクリーンヒットしたヒバナは何度も呻いて黙る。
事実、独りよがりな話し方へ寄っていたかもしれないが、気分が害されたわけでは無いから楓華は笑って流した。
「あははっ、アタイは気にして無いよ。面白れぇ話だと思ったし、質問に答えてくれていただけじゃないか。とりあえず今の説明は隣村についてだったから、次はこの村を詳しく知りたいね」
「そうね。それなら言葉で説明するより、歩いた方が良いと思うわ。百聞は一見に如かず。何より自分の目で実際に見た方が覚えやすいでしょうね」
「名案だ。今のアタイは地理が疎いからね。それじゃあ、また案内を頼むよ」
「任せてちょうだい。店を空けても、この時間帯のお客さんは取り立てだけだから。……ふふっ」
「すっげー寂しそうな顔したね。まぁ隣の村で色々とあるなら、そっちに客が取られるのは想像つくよ」
またもや彼女達は喫茶店から出発することになり、再び店を空けるための準備が進められる。
一方その際に、ふとミルが気になったことを言った。
「そういえばフウカお姉様は当たり前のようにパフェを食べていたけど、ミルたちの門下生になったの?まさか無銭飲食じゃないよね?」
「安心しな、ミルちゃん。これはツケだよ」
「それはヴィムお姉ちゃんから言い出したこと?」
「あー、どうだっけな。多分、アタイが勝手に提案した事だね」
「へぇーそうなんだ?」
ミルは楓華を問い詰めるわけではなく、なぜかヒバナとヴィムの方へ視線を向ける。
すると2人揃ってやや気まずそうな顔を浮かべた。
理由は分からないが、緊張感ある雰囲気が漂いかけている。
そう楓華が予感した直後、ミルは非常に現実的なことを述べた。
「あのね、このお店は見た通りお客さんが少ないの。来るのは顔見知りの常連だけ。そして道場も維持費ばかり掛かっていて収入源にはならない。そうすると、何が収入源だと思う?」
このミルの質問は楓華に向けてだった。
そのため彼女はしっかりと考えた末に答える。
「他の副業かい?それか……、ミルちゃんが大会で得た賞金とか」
「うん。たまに3人で短期の副業もしているけど、生活資金の大半はミルのおかげなの。だからミルが家族のご主人様でもあるの。こう見えて財布のヒモを握っているわけだよ」
「大黒柱ってやつだね。そして話の流れから察するに、金銭面のことは一度ミルちゃんに相談する必要があるってことだ」
「厳しく制限するつもりは無いけど、やっぱり限界があるからね。ちなみに門下生への特典サービスも、一応ミルが容認していることなんだよ?」
「……よし、分かった。それならアタイが門下生になるよ。そもそも賞金を得るまで一緒に生活できない条件をアタイ自身が設けちまっている。だから当面は、門下生として同棲する事を許してもらえるかい?」
「フウカお姉様にイジワルするつもりは無いからミルは何でも良いよ。だけど、やっぱりお金がキツイかな?」
こうして幼いミルの口から金銭面の話が続くほど、苦しい状況が目立っているらしい。
よって同棲するからには収入問題は軽視するべきでは無く、楓華は更なる提案を付け加えた。
「つまりアタイが臨時収入を得ればいいわけだ。ついでに門下生を増やして喫茶店も繁盛させる」
「理想的な話だね。でもフウカお姉様、だいぶハードルが高いことを言ってるよ?」
「高くても不可能ってほどじゃないさ。ってか、賞金だけだと返済が厳しいってヒバナから既に言われている。そうなると、いずれ経営方面でも稼ぐ必要があるってことだろ?」
「おぉー……さすがフウカお姉様。ミルたちより賢いね」
「あと繫盛させれば返済以外の目標も達成できるからね。例えば、新居を買って新婚生活だ」
「ん?フウカお姉様が先を見据えすぎてミルには分からないことを言っている……?」
感心した矢先、再び楓華が突飛もないことを言い出すので姉妹それぞれが反応する。
ヒバナは楓華が本気で言っていると分かるから頭を抱え、ヴィムは冗談だと思って愛想笑いし、ミルはひたすら混乱している。
それにも関わらず、楓華は思い立ったことを楽しそうな顔で堂々と宣言するのだった。
「この世界のアタイのやるべき目標を決めたよ。ちゃんとした収入を得る。門下生を増やす。喫茶店を盛り上げる。借金を返済して貯金し、アンタ達3姉妹と安泰の結婚生活を送る。これで決定さ!」
一体全体、いつ楓華はそこまで3姉妹のことが好きになったのか。
何であれ、3姉妹からすれば理解し難い宣言だったが、楓華が本心かつ本気で言いきっていることは確実だ。
きっと楓華という人物は、親切でありながらも本能から湧き立つ欲望に忠実なのだろう。
その性根を知ると共に、ヒバナだけは冷静なツッコミを密かに呟くのだった。
「もうフウカ氏の中では、記憶喪失の件はどうでも良いんですね……」