母の体調
離れた父とは全く会わなくなった、会いたいとも言えなかった。
きっと前の生活をひとつでも口にすると母の機嫌が悪くなるのがわかっていたからだ。
前世の母さんは過干渉気味ではあったけど、今思えばありがたかったんだなぁと今更に実感する。
何故あの時、もっと放任してくれる母ならと願っていたのだろうか。
こっちから母親の顔色なんて伺うことすら無かった。
今となってはこの家で平和に過ごす手段は顔色を伺って、なるべく静かにやり過ごすのが自分にとっても一番負担なく生きられる手段になってしまった。
前世の父さんは凄く厳しくて、俺を鍛えることや強くなることばかりに口を出していた。
ゲームもおもちゃも勉強の支障なるからと碌に買って貰えなかった。
なんでも好きなものを与えてくれる父親ならと強く願ったものだ。
ーー前世の父さんと母さんは、元気にしてるかな。ーー
それから新しい家での生活も慣れた頃、母がよく寝込むようになった。
お手伝いさんが家のことをほとんどやってくれるようになったので母親との関わりもさらに薄くなっていった。
「奥様、体調は如何ですか?」
お手伝いさんの藤原さんはほぼ毎日朝から晩まで家にいるようになっていた。
「果物しか食べたく無い...。苺を買ってきてくれる?」
どうやらますます体調は悪くなっているようだ。
「今の時期は苺があまり置いていなくて...取り寄せますか?」
母がため息をつきながら小さく頷いた。
ーーこの家の生活が合わないんだろうか?ーー
疑問も束の間、藤原さんの一言で俺は現状を理解した。
「承知しました。栄養は大切ですから、食べられるものがあったらなんでも言ってくださいね。赤ちゃんにとってもそれが一番ですから。」
俺は物凄く嫌な予感がした。
ーー俺に兄弟が?ーー
弟か妹が産まれれば、俺の居場所は更になくなってしまうのではないかと怖くなったからだ。
「ママ、だいじょうぶ?」
恐る恐る母親の様子を伺った。
「大丈夫よ。ねぇみずき、あなたはもうすぐお兄ちゃんになるんだからね。お願いだからママの言うことは聞いてね、約束。」
強い口調でそう言う母に俺はイエス以外の選択はないと悟った。
「うん、わかった。がんばるね!」
無理に作る笑顔はもう慣れた。両親に好かれるように振る舞うことが、俺の居場所を確保できる唯一の手段だった。
それから俺は幼稚園に通うようになり、家以外の世界が広がった。先生や友達と遊ぶ時間だけが繕っていた自分を解放できる場所なのだ。
送り迎えはすべて藤原さんだった。
今となってはこの人が理解者になりつつある。
そして冬が始まろうとしていた頃、俺に妹ができた。