当たり前の日常か、刺激的な非日常か
「ーーーーー。で??どうなさいます?」
ぼんやり視界に浮く男か女かわからないそいつは俺にこう問いかけた。
「え、うん。あ?えっとーーー。」
「ですから!あなたが望む理想の人物として、もう一度人生をやり直せるんです!」
この中性人間は何を言っているんだ?というか、浮いてるから人間かどうかも怪しいな。
あまり状況を把握できないまま、いろんな話が進みつつあるらしい。
「んーっと。なんで?」
少しずつだが今の状況になるまでの記憶が曖昧ながらに思い出してきた。
「なんでと言われましても....私は転生課所属の新人なもので...えーっと、何から説明して良いものやら...」
「ちょっとさ、俺も全然状況読み込めない中で急に次の転生先をどうするかなんて言われても...それにあんた誰?何者?」
困った顔の新人はどこからか出てきた画面を読みながらこう言った。
「上層部が決めた新たなプロジェクトで今いろんな転生を試みているそうなんです。なんでも人間が次のステージに行く為の実験なんだとか!私がたまたま新人として入ったタイミングでこんな大掛かりなプロジェクトが始動するなんて、運が良いのか悪いのか....。あっ、転生したらこの説明した内容やこちらの都合の悪いことは全て記憶から消させて頂きますので悪しからず。申し遅れましたが、私は天界事務局の転生課、新任訪問担当のイルヴァです。まあ、この自己紹介も恐らく消すことになるんですけどね。」
つらつらと説明してくれるイルヴァを他所に、内容は把握できるが心と頭がまだ追いつかない。
「つまり俺は死んで、次生まれ変わる先を俺が望む姿で転生させてくれるってことか?」
「簡単に言えばそうですね!でもあなたはまだ死んでいません。生死を彷徨っている状態ですね。あなたの選択次第では死んで転生しますし、そのまま生き返りもしますよ。」
段々記憶が戻りつつあるが、通勤中事故ったんだっけ....断片的にしか思い出せそうにない。
「まだ死んでないのか?それなら生き返るいった....く...。ん....。」
自分が望む姿、お金持ちにもなれるし容姿も完璧にできるってことだろう。今の平凡過ぎる人生で本当に良いのだろうか。悪いことなんて対して起きなかったが、この小説にしようとすれば2ページにも満たずに終わってしまいそうな人生を、最高の状態からスタートできるなんて夢のようだ。
「お悩み中申し訳ないのですが、注意点が何点かありましてーーー。」
注意点?
「もちろん伊能様が望む姿や生い立ち、状況も全て次の人生に組み込むことができますが、それは伊能様の思考から読み取り→作成する形となっておりますので。その通りに人生は進みます。あくまで人格は今の伊能様ですので。」
「人格は、俺のままって。性格がそのままってことだろ?」
どうも理解しないなと言わんばかりの顔をしたイルヴァが続けて説明する。
「ええ、左様でございます。伊能様の今の人格性格等は、今までの人生で培って構成されたものですので。注意点というのは、前世の記憶を引き継いだまま、転生するということになります。」
ーーーー。記憶を、引き継ぐ...?
沙織や亜夢、両親や友人も覚えたまま...?
「それって...。今の家族と....」
曇り切った俺の表情とは相反するかのようにイルヴァは続けてこう言った。
「はい、もう家族としては過ごせません。ですがあなたの望む最高で刺激的な人生はスタートするのですよ!」
突然な選択をされると人間は情という部分に振り回される。沙織も、それにまだ小さい亜夢のこれからも見れないということだ。
「ま、待ってくれ。大事な家族を残して俺だけ良い人生なんて.....。」
「はぁ、またですか。人間というのはどうして過去にばかり囚われるんでしょうね。素敵な人生を送れるというのにいつもここで躓きます...。」
きっとこの選択を迫られたのは俺が最初じゃなかったんだろう。イルヴァの落胆する顔は営業での契約話が破談となった俺に似ていた。
でもきっと俺は心の底では望む人生があったはずだ。実行にさえ移してこなかった今までとは訳が違う。
「....転生....させてくれ....」
落胆していたイルヴァの表情は一気に何かから解放されたように瞬時に変わった。
「それでは手続きしますねー!あ、先ほどもお伝えしたように都合の悪いところは消させて頂いた状態での転生となりますので。あと、転生後は私とも会うことは無いですし取り消すこともできませんのでご了承下さいね!それではーーー、いってらっしゃ....」
視界が光に包まれながら、次に目を開けた時には知らない天井と知らない大人2人が俺を見ていた。