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夢みたいだけど、夢じゃない。  作者: 緋色こあ
前学期~模索と結論~
8/41

8.茫然


「・・・・・全くもってわからない」





やっぱり夢なのか?妄想?


いや、そんな妄想してたら自分にドン引きなんですけど。






放課後、掃除も終わり皆と別れた後に友里菜は学校の屋上で一人ため息を付く。

リンゴジュースの紙パックを片手に、下からは見えない昇降口の裏の壁へと凭れかかって足を投げ出し座っていた。



ため息の理由はもちろん梨乃について。

バイト先へ来てから二週間があっという間に過ぎていったが、あの事件以降は常に梨乃を警戒してきた。

梨乃への態度は以前と変わらずにぎやかに接してはいるが、二人きりになることは避けていた。唯一バイト先へ向かう時だけ二人になるが、最近は前を歩く先輩を見つけて駆け寄って三人になる事が多い。



私は梨乃を完全に避けてはいないけれど、きっと梨乃はこの変化に気づいている筈だ。

そして私があの日の出来事を覚えている事も。



それにも関わらず、彼女の反応は以前と全く変わらない。

ふんわりとした笑顔にノリの良さは少しもブレる事は無く、あの日見た冷淡な瞳や歪んだ笑い方は気のせいだったのかと思わせる程で、胸が苦しくなる様な、なんとも形容しがたい感覚に襲われる。

バイト先でも先輩と普通に話すし冗談を言い合う関係で、始めの挨拶の雰囲気がまるで嘘のようだった。



避けているのを察して、あの件は無かった事にするつもりなのか、それとも私の様子を伺っているのか。

どちらにしても読めない彼女。



心なしか気持ちが滅入ってきていて、最近は食欲も落ちた気がする。




「はぁー・・・」




私の頭に残る強烈な記憶があれからたまに蘇る。

拒めなかった梨乃の手。知らなかった世界。愛しそうに名を呼ぶ声。

思い出す度にゾクりと身体が震えてしまうのは、動揺と恐怖だけではない。

気づけば最近は梨乃の事ばかり考えていて。





「私はどうしたいんだろう・・・」





先輩ともゆっくり話せない日々が続いていた。















『最近の友里菜、おかしい』



「へ?」



つい数時間前の昼休み。

トイレから戻ろうと廊下へ出ると咲が待っていて、近寄ってくるなり私を至近距離でじっと覗き込んできた。

怒っている風にも見えるその表情に心臓が跳ねて冷や汗が出る。



「そうかなぁ、そんな要素あった?」


「特別は無いけど・・・最近ぎこちないってか心此処に在らずだね」


「・・・うん、やっぱそう見えるかぁ」


「我慢しないで、何かあったら話なんていくらでも聞くからね?一人で考え込む癖あるけど良くないよ」


「ありがと。そのうち色々と聞いてほしいな」


「もー、無理しないでよ。私も一美も心配してたんだから」




ぷーっと頬を膨らまして怒る素振りを見せるも、少し安心したようで眉を開く。

やはり二人は私の微妙な変化に気づいていたらしい。具体的に詮索してこないのは私が言えるタイミングで良いから、という彼女の配慮があるのだろう。





そんな昼休みの一幕を思い出して、またため息。


今日は暖かくはあるが、空を見上げれば厚い雲が覆いかぶさり、雨が降り出してもおかしくない天気だった。

まるで煮え切らない今の自分と一緒だな、と随分自虐的に考えながらぼーっと見上げていた。











「友里菜、見つけた」



突然の声に驚いてばっと顔を上げる。

人の気配に全く気づかなかった。




「・・・梨乃」




そこには今しがた考えていた悩みの種がにっこりと微笑んで立っていた。

心なしか胸が締め付けられる感覚が走る。




「探したんだよー!今日友里菜バイトじゃなかったっけ?」


「ううん、今日は休み。梨乃の勘違いです」


「マジですか。」




よっ、と勢い良く私の隣に座り込む梨乃。



「探しに来たってことは梨乃はバイトでしょ?もうそろそろ行かないと」


「私も休みなの。帰り一緒に帰ろうと思って探してただけなんだー」




正直、そうなる事を予感して今日は屋上へと逃げてきたんだけども失敗でしたか。

えへへ、と可愛く笑う梨乃に私は返す言葉を必死に探す。





「すまん、梨乃や!あっしは今日はちくっと私用がござるきに、先に帰っておくれ。」


「何その言い方めちゃくちゃなんですけど。えーやだやだ、用事ってなによー?」


「大人の事情じゃ!おぬしにゃまっことすまんが今日はお引取り願うがじゃ」


「やだやだやだー。ってかその話し方やめて」



くすくすと笑いながらも全く引かない梨乃に少々焦りを覚え始める。



「ま、それはおいといて、ちょっと用足さなきゃだから、先に帰りなよ。」



折角休みなんだから家でゆっくりしなさいと母親のように諭しても、それでも嫌だと首を横に振ってじっと目で訴えてくる。

しばらくの間眼力での攻防戦。


私は引くに引けないので、意地になって視線に耐えきった。






「ちぇっ。もー仕方ないなー」





折れたのは梨乃。


「よしよし、偉い子だ」


拗ねながらも納得してくれた事にホッと胸を撫で下ろし、梨乃の頭をわしゃわしゃと撫ぜた。

久しぶりに自分から梨乃に触れたからか、とても新鮮な感じがした。

大人しく俯きながら撫ぜられている彼女に、あの日の面影は一つも無い。

素直で可愛くて綺麗な女の子。





―――もうあの事は水に流しても良いのかもしれない。





何だかそう思わされて、しばらく撫でた後に手を離した。



「最近ゆっくり友里菜と話す機会無かったから、話したかったの」


「・・・確かにそうかもね。また近いうちに遊ぼっか」





避けてたのは私なんだけどね。

素直に話してくれる梨乃に今まで避けてしまったことへの罪悪感も出てきて、なんだか自分が最低人間に思えてきた。


もうモヤモヤと考える事は終わりにしよう。

彼女もきっと忘れたいと思っている筈なんだし。


今こうして話していられることが楽しいし。



「やった!あそぼー!」



ぱあっと笑顔が戻ってきた梨乃は勢い良く抱きついてきて、私もぎゅっと抱きしめ返して、はいはいと笑って返事を返した。



よし、もう考えるのやめよ・・・








「―――やっと警戒解いてくれた、寂しかったのよ」








声のトーンの低さにぞくりと身体が震えたのが判った。

私の反応を感じてか、梨乃が抱きしめてくる手に力を篭めてくる。




「り・・・の?」




「ずっとあたしの事避けてたでしょ?あの日の事覚えてたんだね、嬉しい」





私の耳元でクスクスと笑いながら囁く声は、あの日の彼女のものだった。

彼女に恐怖を感じて、抱きしめ返していた手で彼女を突き放す。

その衝撃で自分も後ろへと倒れ込む。





「梨乃・・・なんであんな事したの・・?」




「え?そんなの知ってるでしょう?あたしは友里菜が大好きなの。愛してる」




ふらりと立ち上がりながら笑う彼女。

口元は綺麗な弧を描いているが、目は据わっている。まるで猛獣を思わせる様な鋭い瞳。




「っ・・・でもおかしいでしょ?まだ友達になって少ししか・・・」




「期間なんて関係ないわ。あたしは友里菜が欲しいの。」




「・・・あたしには好きな人がいる」




「でもあたしの方が幸せにするわ。あの日、覚えてる・・・?声を必死に堪える友里菜は最高に可愛かった」






今度はうっとりと恍惚の表情を浮かべ、視線を宙へと投げて思い出し始める。

そんな梨乃に恐怖を感じた。恐い、この人は何かがおかしい。

じり、と思わず肘を使って後ずされば、現実に帰ってきた様にふと私を見下ろす。


「もう逃がさない」


ふわりと覆い被さってきた梨乃に、私は身体が動かない。声が出ない。

彼女の長い手足が地面に付くまでがスローモーションのように長く感じられる。





「友里菜、いつも逃げ切れないのは何故だか判る?」





頬に掌が這わされて、見上げた自分の鼻先に彼女の鼻先も触れそうな距離で、囁かれる





「それはね、友里菜も無意識のうちに私が欲しくて堪らないからよ」





唇がまた、重なった。
















**







ザアザアと此処しばらく無かった大雨が降りだしてからもう一時間程だろうか。

濡れた制服が肌に纏わり付いて気持が悪い。

でももう、どうでもいい。

結局勝手に浮かれていた自分が馬鹿みたいだっただけ。



今日くらいは感傷的になるのを許して欲しいと、良く解らない神様に適当に願ってみた。










梨乃のキスを拒めずにそのまま押し切られそうになった時、ついに雨が降り出してきた。

その冷たい粒が身体に触れたときにはっと我に返った私は彼女を引き離した。

その時の彼女は無表情で、けれども嘲笑っているかのようにも見えて。



「・・・ごめん、ちょっと考えさせて」



「ふふ、考えたって同じだよ?友里菜は私が好きになる。それだけだもん」



「判らない、だから考えさせて」



「もう、だから同じだって」



「いいから!」




強く発した声は掠れて雨に直ぐかき消される。

そのまま近くに置いてあった鞄を掴んで勢いよく立ち上がり、昇降口へと早足で向かった。





「ねぇ、友里菜が傷ついちゃうと思ってずっと言わなかった事があるの!」





後ろから叫ばれた声に思わず立ち止まりそうになったが、ぐっと堪えて歩を進める。





「加奈先輩、恋人が居るのよ!しかも女!」




え――――


身体が急に鉛の様に重たく苦しくなる。呼吸がし辛い。





「私が聞いたら教えてくれたわ。先輩は彼女が好きで好きで堪らなくて、ほぼ毎日会ってるんだって。しかも友里菜の気持ちには気づいてるのよ?それなのに事実を隠して友里菜の気を引こうとしてる!このままだったら友里菜は加奈先輩に遊ばれて捨てられるだけ!」




「・・・嘘でしょ!?信じられない!」



「嘘なんかじゃないわ!帰りに南通りのカフェを覗いてごらん、今日もきっと待ち合わせで使ってると思うから」




そういってあははは、と気持良さそうに嗤う彼女。

私は先輩の事がショックが大き過ぎて、何も言い返すことが出来ず、その場から逃げる様に走り出す。

嘘だ、先輩が、しかも彼女って―――




なんだか全てが、いや自分が酷く惨めにみえてきた。

友里菜が言ってた店は知っている。でもそんな事実は見たくも無いし、第一梨乃の言葉は信用できない。




でも・・・・




パラパラと降り出す雨の中、向かう足先は確実にその店へと向かっていた。







しばらくふらふらと歩いて、遠回りをしながらも、カフェ店の直ぐ前まで来ていた。

車道を挟んだ歩道から、ガラス張りになっている店内は伺える。

見たくないと心の中で強く思っているのに、瞳は言う事を聞かずにその店内へと視線を投げてしまう。



「――――」




居ない。



居ない。



何度も確認する。こじんまりとした店は数席しかない為ガラス越しから全て見渡せた。


良かった、居ない。



ほら、やっぱり梨乃は私を動揺させる為に言っただけで、嘘だった。


良かった。




少ししてから死角となっていたレジ付近から会計を終えた客が外へと出てきた。

会計している人が居たのは盲点だったが、でもきっと違う―――

何故かそんな確信を持とうとしていた。



違う。



違って、お願い・・・。





「あ・・・」





あの人、傘を持ってる背の高い人。



想いは虚しく散った。




せんぱい、だ。




一緒に居る子は、誰?




カフェから少しある距離と雨のせいで私には全く気づいていない。

笑顔で出てきた先輩の後ろには、可愛らしい女性が付いて出てくる。

顔を寄せ合って何か囁きあって、彼女が先輩の腕に自身の腕を絡めた。

先輩は持っていた傘を開いて、大きめの傘内に寄り添うように二人が入る。

その光景は本当に仲睦まじくて、何も知らない人から見れば男女の恋人同士。






「ほんとだったんだ・・・」








私は離れていく二人の背中をただ茫然と目で追いながら立ち尽くしていた。









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