7.瞑想
熱く汗ばんだ肌、脱ぎ散らかった床の衣服、強烈な感覚。
必死に唇を噛んでくぐもった声を出せば、もっと鳴いてと一層内側を蠢く指は激しくなって。
的確に泣き所を抉られれば涙も溢れ、自由にならない身体を制した梨乃は私を見下ろし微笑む。
その瞳は全くの別人でいて狂気をも思わせ、その奥にある欲望までもを曝け出した様だった。
「好き」
「こういうの好きでしょ?もっと鳴いてよ」
「私に溺れて」
「可愛い、もっと」
はぁはぁと互いに荒くなる呼吸の中彼女の言葉だけが木霊して何度も聞こえて。
耳元で好きだと囁く彼女の中には純然たるものがあるのかも知れない。
何度も身体の中を抉られその度に強烈な快に涙を流して、意識を手放した。
7.瞑想
「おはよー」
「あっ梨乃―!おはよっ!ねぇ、今日まだ友里菜来てないんだけど何か知ってたりする?」
教室で梨乃が挨拶を投げかければ、すぐに咲が不安そうに寄ってきた。
「そう、昨日飲みに行ったんだけどね、友里菜めっちゃ飲んでて。今日は二日酔い酷いから休むって朝電話きてたよ」
残念そうに話してくる梨乃の話を聞いて、ホッとした咲が険しくしていた表情を緩める。
「そっかー。良かった、また何か変な事に巻き込まれたんじゃないかって心配でさ」
「確かにこの前の事は心配だったけど、昨日は大丈夫。なんたって私が付いてたからね」
「そうだねー!梨乃が友里菜を守ってくれそうだもんね」
「ふふふ、当たり前でしょ。私の友里菜ですから」
「あ、そうでした」
冗談っぽく呟いて笑う梨乃の表情に少し違和感を覚えたが、咲は特段気にもせずに微笑み返した。
予鈴が校内に鳴り響く。
**
ゆさゆさと、優しく身体を揺すってくる感覚がする。
「おはよう。ゆりな、起きて?」
優しい声に揺り起こされて、そっと瞼を上げた。
もう朝か、外では小鳥達の声が騒がしく鳴いているのが聞こえてくる。
雰囲気はさわやかな朝の訪れなのに、友里菜の目覚めは悪くて焦点が全く定まらない。
「んー・・・り、の?いっ!」
ズキりと酷く鈍い頭痛がしてとっさに頭を抱える。
身体は鉛のように重たくだるくて起き上がることさえしたくない。
「あぁ、きっと昨日の薬が、ううん、二日酔いね。」
ぽんぽんと頭を撫でられる。
「私は一旦帰って学校へ行くけど、友里菜は今日は休んだほうがいいわ、また連絡するから」
「うー、そうする・・・あれ、あたしそんな飲んでたっけ?」
昨日の事が靄が掛かったように思い出せない。
起きたばかりだから尚更だとは思うけども。
「もう、きっと酔っ払って覚えてないのよ。そしたら私行くね!」
ばいばいと元気に手を振る梨乃はいつものふんわりとした笑顔。
身体は起こさず手だけで同じく振り返し、部屋を出て行く音を確認するとその手をパタリと降ろして考え込んだ。
「えーっと、なんでこんなになってんだ?」
正直大して飲んではいないし、今まで記憶が飛んだことなどなかった。
冷静になって思い出そう。
ゆっくりと寝ぼけた頭を覚醒させながら私は記憶をたどる事にした。
飲みに行く事になって、色々と話して、どんどん酔いが回ってきて――――
なんか梨乃の雰囲気が違ったような・・・でも朝は普通だったよね?夢?
ふと目線を落とすと、寝衣の隙間から胸元につけられている赤い鬱血跡が見え、頭の中がフリーズした。
「嘘でしょ・・・」
信じられないけれど、溢れるように記憶が蘇ってくる。
思い出してしまった。
やはり昨日のは夢じゃない。
どうしようどうしようどうしようどうしよう
血の気がサッと引いていき、具合の悪さと相俟ってもうどうにかなりそうだ。
断片でしか思い出せないが、それだけでも強烈で全てを思い出せないのはまだ救いなのかもしれない。
梨乃の好きの意味はこっちだった。
私は何故強く拒めなかったんだろう――――
「おはよーございまーす」
バイト先の休憩室を開ければ加奈先輩が一人。
「おーはよ、ん?友里菜ちんなんか疲れてない?」
「あーいやその、昨日飲み過ぎたみたいで・・・」
私がもごもごとバツが悪そうに答えるとぶっと笑いだす先輩。
「でも学校休んだけどバイトには来るんだね。そこは偉いなー」
「え、なんで休んだの知ってるんですか!?」
「いやだって制服じゃないし」
「あ・・・・なるほど」
あぁ、そんなことすら気づかない私は相当参っているらしい。
体調は昼過ぎまで寝てなんとか回復はしてきたがメンタル面は全く回復せず、それどころがどんどんと悪化の一途を辿っている。
「・・・うー、せんぱいー」
泣きまねをして隣の椅子へと腰掛ければ、どうしたのと頭を撫でてくれた。
でも本当の事など言えるわけもなく、どうひねって話そうか。
「昨日飲み過ぎて失敗しちゃったんです」
「なに?暴れたとか?」
「んー、そんな感じです。でも正直そんなに飲んでないのに断片的にしか記憶も無くて、身体も動かなくて」
「体調でも悪かったのかな・・・大勢で飲んでたの?」
「いえ、この前話した梨乃って子と二人です」
「そっか・・・・・ちなみにその子と何かあったの?」
うっと言葉に詰まってしまう。鋭い。
しばしの沈黙の後に小声ではいと呟けば、先輩が頭を撫ぜる手を止める。
ちらりと先輩を見やれば、その目は真っ直ぐに私を見ていた。
その瞳は前に男と対峙した時と同じ強さを持っていて、その真剣さに息をのむ。
「その子、気をつけた方がいい」
「・・・どういう事ですか?」
「お酒の味少し苦くなかった?薬っぽくなかった?」
「え・・・」
一瞬脳裏を過ぎったのは、朝ねぼけていた私に言いかけた“薬”の言葉。
まさか梨乃がそんな事を?
どんどんと不安が積み重なってゆく。
わたしの表情が歪んでくるのを見ると先輩は慌てたようにもう一度私の頭を撫で回す。
「なーんて、あくまで可能性だけどね?」
にこっと笑った先輩のその一言ではりつめた空気が一気に緩むが冗談とは思えなくて、はぁ、と曖昧な返事をするだけに留まる。
先輩はもしかして、何があったか気づいている?
それとも彼女を・・・
「あ、そういえば今日は一階に新しいバイトちゃん入って来るみたいだよ?どんな子だろうね」
「マジですか!?その情報全く知らなかった・・・。同い年なのかなー」
「聞いた所によれば同じ高校らしいけどね」
「おおお!うわー絶対お友達になろう」
ニコニコと話す先輩はやっぱり天使に見える。
先輩の飲み物を貰って、間接キスだーとか馬鹿みたくはしゃいでいた。
いつものバイト前の楽しみ。
「おはよー!」
足音が聞こえてきてすぐガチャリと勢い良くドアが開けられて、一階のフロア長が顔を出した。
元気良く二人で挨拶をすると、満面の笑みで実はね・・・と話し出す。
「今日から一人アルバイトさんが増えるのよ!ということで、ウチに今日から来てもらう事になった子を紹介するね」
「「まじですか!」」
ふたりで顔を見合わせてわくわくしながらドア先に視線をやる。
丁度後ろへと連れていたらしく、入ってと指示すると女の子の返事が聞こえてきた。
ゆっくりとフロア長の後から入ってくる足音が聞こえた。
同じ制服で、すらっとした身長の高い―――――
その美少女は入ってきて直ぐに私と視線を絡め、心配そうに、けれども表情は優しく微笑んだ。
「よろしくね、友里菜。身体は大丈夫?」
「・・・梨乃・・・!?」
入って来たのはまぎれもなく同じクラスの転校生、梨乃だった。
驚きと動揺のあまり目を瞠ったまま状況が把握出来ない。
「どうして・・・?何も言ってなかったじゃん」
「ふふふ。驚かせようと思ってずっと黙ってたのよ。これからは仕事でも宜しくねっ!」
にこにこと幸せそうに微笑む彼女はいつもの彼女。
そうして梨乃は加奈先輩へと向き直り軽く一度お辞儀をしたが、顔を上げた彼女の目は据わっていて先ほどとはまるで違った。
先輩も梨乃の動作を無表情で見つめている。
「・・・加奈先輩、お久しぶりですね。これから宜しくお願いします」
「・・・あぁ、こちらこそ」
――――私の動揺は更に激しさを増した。
互いに微笑んだ口元は何処かぎこちなく、瞳は互いを睨みあっているかの如く笑っていない。
今まで知り合いだなんて話二人から聞いていなかったし、只の知り合いでこんな雰囲気になるとは思えなかった。
「・・・先輩、知り合いだったんですか?」
「うん、何年か前に」
「そうだったんですか!しかも梨乃も言ってくれないし!」
「あははー、ごめんごめん」
私がわなわなしていると面白そうにフロア長が笑って、そろそろ下に行くわよーと梨乃を連れて行く。
じゃあねと手を振って部屋を出て行く彼女。
パタンと扉が閉まれば急に静寂が訪れる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
互いの顔を見合わせて、信じられないとでも言う様に目で感情を表現したあと、先に私が口を開いた。
「なんかこれから波乱の予感がする・・・・!」
「それには激しく同意」
「ってか先輩と彼女ってどんな関係だったんですか?」
「いやー大した事無いよ」
「嘘だ!そうやってまた秘密にするー!」
「いや、だからミステリアスの方がカッコいいでしょ?」
こんなときにまでミステリアスを多様するこの人は変わり者というかなんというか、信じられない。
それから何度突き詰めてもするりと逃げるばかりで本当の事は教えてはくれなかった。
仕方ないので梨乃に聞こうとも考えたが昨日の一件のせいでどうしても顔を合わせるのがぎこちない。
「ああー!もうどーにでもなりやがれっ!」
私が暴れだしたのを見てぎゃはははと腹を抱えて笑う先輩に向かって「先輩の馬鹿―!」とくすぐってやると今度はごめんなさいと懇願してきたがしばらく止めてあげなかった。
この調子だと、
学校生活でもバイト先でも何か事件が起こる気がしてならない。




