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夢みたいだけど、夢じゃない。  作者: 緋色こあ
前学期~模索と結論~
5/41

5.キス

意識がふわふわとしてはっきりしない。


夢見心地で、横たわった自分の身体の上に、覆いかぶさる影。


頬をやさしく撫でられて、意識が少し浮上する。


目の前には美少女が居て、神妙な面持ちで私を覗き込んでいて。




あぁ、なんだか立て続けに、波乱の予感がする――――

















5.キス


















事件翌日、ホームルームが始まる前に一美が教室に顔を出してきたので、咲も含めて昨日の事件を話した。

二人は驚いて目を瞠ったが、すぐにその目に涙を溜めて、腹を抱えて笑い始めた。



「はっ、あははは、ちょっ、それ最高なんだけど!」


「一美笑いすぎだから!それに咲もね」



じとっと二人を睨みつける私。咲はそんな私を一瞥したが、なおも構いなしで笑い続ける。



「だってー!友里菜の豹変っぷりが面白くて・・ふふっ、それに股間蹴られて悶絶してる所超見たかったなー。思いっきり蹴れるなんて早々ないんだよ!」


「いや、ほんとよ」


「そこかよ!あたしは好きで蹴ったわけじゃないから!咲達と一緒にしないで下さいマジで」


「でも何も無くてよかったわ。もう昔の友里菜じゃないわね。」


「うん。でも、先輩が居なかったらヤバかったなぁ」




一美の言う通り、何も無くて良かったと心から思う。

あの時先輩が居なければ確実に殴られていたし、それだけでは済まなかったのかも知れない。

そうだよね、と咲が続けて話す。




「長瀬先輩ってやっぱりカッコいいよね。あまり表立って行動はしない人だけど、なんでも出来そうだもん。体育大会はいつも長瀬先輩活躍してるし」


「そうなんだよー!昨日の先輩はマジでかっこよくて死ぬかと思った。」


ほんと、カッコよすぎて心臓止まるかと思った。






「おはよーっ」



はっと我に返って振り返れば、梨乃の姿。それぞれ口々に挨拶を交わす。

転校してきてから一週間程だが、大分クラスの皆と仲良くなって打ち解けて、特に私達と一緒に居る事が増えた。



「今すごい盛り上がってたみたいだけど、何かあったの?」


「そうなんだよー!友里菜がね、過去の男を返り討ちにして不能にしてやったの!」



嬉しそうにニコニコと話す咲だが、話の内容はちょっと行き過ぎている。

多分不能にはなってない。



「え、何それ面白そう!聞きたい」



咲の適当なあらすじに梨乃は声を上げて、やわらかそうな髪を揺らして目を輝かせ、私に近づいてくる。


「う・・・」


梨乃の熱い視線に私は後ずさる。



なぜ後ずさるのかって?

それはこの一週間の間で、梨乃の事を知ってしまったからなのだ。



まず最初のイメージから、私は下ネタとかそれに付随する話は苦手そうだなと思っていた。

が、実際は間逆で、一美と咲に混じって散々盛り上がるし、よく喋る。

おかげで私が周りの状況を見て止めに入る立場になってしまった。

いや、それは前からそうだけど梨乃が加わってから余計に大変になったんだ。

でもそれはとても楽しくて嬉しいことで、私も彼女と仲良くなれてとても嬉しい。



そしてもう一つ。



「うわー!凄い!やっぱ友里菜は素敵だねっ!」


私が簡単に説明するやいなや、彼女はそう言って思い切り私に抱きついてくる。

しかも頬を私の首筋にすりすりとこすり付けたり両手で身体を触ってきた。


「ぎゃー!セクハラやめて!」



そう、彼女は私に対してセクハラをしてくるのだ。

本人と一美達は“友里菜のことが好きだから”と言って助けてはくれないが、確実に違う。

梨乃を使った新手の嫌がらせだ!

今の二人の浅ましい笑顔を見れば、もうそれが答えだと解っている。

梨乃も飽きずによくこんな役を引き受けるよな、本当にこいつらは変態か。




「はー、まじ梨乃を使っ新手のいじり方を覚えやがって・・・!」


「えっ・・・友里菜、私の事嫌なの?本当は嫌いなんでしょ!」


「ちがっ、梨乃は大好きだけどっ」


「「「じゃー問題ない」」」


「・・・お前ら覚えてろよ」







今日は授業自体も一時限早く終わり、珍しく皆揃って帰り道にあるアイスクリーム屋さんで雑談をした。

甘い何種類ものチョコレートが入ったアイスはとても美味しくて、学校終わりの身体へと染み渡る。

殆ど食べ終えた所で、一美が口を開いた。



「よし、そろそろ時間だから一旦学校戻るわ。生徒会の仕事片してくる」


「あたしも今日はクラブの手伝いに行かなきゃだから、一美と抜けるね」


「ん、二人とも頑張ってね。そしたら私らもそろそろ帰るかぁ」

そう言って梨乃に目を向けると、梨乃は首を横にふってにっこり笑う。



「今日はバイト無いんでしょ?じゃぁ一緒にあそぼー」



すぐさま梨乃の言葉に二人は乗ってきて。


「お、ついに二人きりになるんだね」


「そっか、うちら邪魔者だからさっさと帰ろうね」


「まて!何でこのネタには異様に食いついてくんの!?」



そそくさと店を出て行く二人。そのあまりの速さに思わず思考が固まってしまう。

あの二人は本当にえげつない。



「いっちゃったねー」



隣でニコニコと腕を絡めてくる梨乃に慌てて視線を戻して、一息付いて口を開いた。




「梨乃。あたしと遊んでくれるのは構わないけど、別に無理して絡むことはないんだよ?」


「ふふ、無理なんかしてないよ。むしろしたいことして周りが喜んでくれるから嬉しいし」

この子・・・、まったく思考回路が読めない。いや、読めなくなった。


「あたしは好いてくれるの嬉しいけどさ。」


「うん、ならいいじゃん。あたし友里菜が大好きだもん」


「ありがと。あたしもよ・・・!」




もうここはノリで返す他はない。

何だかんだ、こんなに綺麗な人に甘えられるのは嬉しいからいいか。

微笑む梨乃は本当に可愛くて、からかわれるのに引き離せないのも事実。

よくわからないけど悪い気分にはならないから問題ないか。



「さー、これからどうしよっか」


「お酒が飲みたい」



間髪入れずに抑揚無くさらりと告げられる。

私は飲みたいと言われた事に少なからず衝撃を覚えた。




「え!?一応高校生だようちら」



「でもよく皆で飲みに行ってるんでしょー?私も友里菜と飲んで話したいし」




ちょっと純粋ぶった意味も無く、ね?飲もう飲もう?とせがまれる。

明日も学校あるんだけどなー、まぁ重要そうな授業は無いが。


私の戸惑いも直ぐに終わって、両手を挙げてうんと伸びをした。




「よし、そしたら飲みに行っちゃいますか!」

そうと決めれば話は早い。






**






「では、かんぱーい!」



一旦自宅へと帰り出直してきた二人は、私のお気に入りのバーで飲み始めた。

マスターは気さくな体格の良い男で、私が学生と知っていながらも知らぬふりで通わせてくれている所。

たまたま道端で落し物を拾ったのがきっかけで知り合ったのだが、こういう縁の力は凄い。


やはり梨乃は私服の方が綺麗で大人っぽかった。それどころか、昼間とは違う包みこむ様な色香を纏わせていて。白地のワンピースに施されたデザインはとても華やかで、短めの丈からは彼女の長い手足が映えてより年齢不詳に見えた。

私も私服であれば学生には見られる事は少ないが、梨乃のような色気と大胆さは纏っていない。

レース生地が織り交ざったカットソーに、綺麗な形に惹かれて購入したショートパンツ。




「なんか、私服だとガラッと変わるねー。OLみたいってか大人」


「そうかな?友里菜も私服の方が大人っぽくなるよ」



カウンターに並んで二人、グラスを空けていく。

最初は生ビールをぐいっと飲んで、それからはカクテルやキール系でゆっくりと。

やっぱり梨乃と話すのはとても楽しくて、何だか落ち着ける。不思議なオーラを持つ人だな、と思う。



「ふふ、なんかさ、梨乃と話してると凄く落ち着くんだよね。」


「そうなの?私はてっきり嫌われてるのかと思ってたけど。学校では私を避けるし」


「あれはネタで寄ってくるからでしょー?普通にしてれば逃げません」



自分の頬が緩むのが判る。

飲むペースが速いからだろうか、随分と酔いが回ってきたみたいで、浮遊感と心地よさが強くなってきた。

笑えば締りがなくなって、目にも力がなくなっていく。



「友里菜、酔っ払ってるでしょ?」


「そんなことないもん」


「嘘。顔が緩んでる。普段はそんな表情しないもの」



頬をぎゅっと摘まれるが、感覚が麻痺して大して痛くはない。


梨乃は酒は強い方だといっていたが本当みたいで、顔色は殆ど変わっていない。私を覗き込んで、無邪気ににこっと笑う姿は少し幼く見えた。




「・・・そういえば、今日話してた長瀬先輩って友里菜と仲いいの?」



ふいに問われた質問に、少し意識を覚醒させた。

先輩の話になると酔いが回っていてもすぐに反応してしまう。



「あぁ、先輩はバイト一緒なんだよね。入った頃から良くしてくれて、めっちゃ面白い人なんだ」



「へぇ・・・。その人、カッコいいって言ってたけど、男の子みたいなの?」



「うん、綺麗な顔してるのに服装はボーイッシュだし、性格も女っぽくはないかなぁ」



「なんか、変わった人ね」



「うん・・・。でも」




周りとは違う個性と優しさは、他の誰でも無く先輩の良さだと思っている。

あの瞳も、声も、手も、全てが私の中で特別。




「そんな先輩が、私は好きなんだけどね」




思わず熱の篭った声になってしまったけれど気にする事はない。

この“好き”が見抜かれる筈などないのだから。



「そう・・・。友里菜がそう言うなら、きっと素敵な人なのね」



梨乃が持っていたグラスに手をかける。梨乃も酔っているからか、随分と落ち着いた声だった。

私もつられて、グラスに入った氷をカランと人差し指で一度回して、残りのカクテルを一気に口へと入れた。









「タクシーで帰るからだいじょーぶ」


「ほんとに?送ってこうか?」


夜風に吹かれれば高揚して火照った身体が静まるようで、最高に気持良い。

足元がおぼつかずに千鳥足にはなっているが、まだ意識ははっきりしていると自負している。



「・・・・・・ね、今日お家泊まりに行ってもいいかな?」


「え?まぁ今日は誰も居ないから全然良いけど、明日学校でしょ?」


「細かい事は気にしない!よしっ、タクシー捕まえよー!」




そのまま腕を掴まれタクシーに引きずり込まれて、私は成す術も無く自宅へと向かった。

時刻はまだ10時過ぎ。



互いに軽くシャワーを浴びて、私の部屋で飲みなおし。





「家だとさー、めっちゃ酔っ払っても迷惑掛けないしだらだら出来るから幸せー」


今だ酒が抜け切っていない身体に新たに酒をつぎ込んで、私は本音を吐く。

いつでも寝落ち出来るって素晴らしいよね。



「それはわかるかも。誰にも見られないしさ」


「誰にもって?まさか梨乃、見せられない様なことでもしてんのー?」



自分でも発言がただのおっさんになっていることに自覚はあった。

案の定梨乃が笑い始める。

飲み直せば当然酔いも再び回りだし、ベットの上へと思い切り身体を倒した。



「友里菜、酔っ払ったらおじさんだな」


「ふっ、あたしの心の中にはおっさんが住み着いてるからね」



目を開ければ見慣れた天井がゆっくりと回っていて、目が潤んでいるせいかぼんやりとぼやけて見える。

手を伸ばしてふと昨日の先輩を思い出して、でもそれもとめどなく変わる意識にぼんやりと吸い込まれていった。





「・・・ねぇ、私が見せられない様な事してたらどう思う?」



「梨乃が?でも、そんなに驚かないかなー。美人はモテるし引く手数多だし」




「じゃぁ、私が女の子とそういう事してても平気?」



え――?



「・・・そういえば、女の子に告白された後に付き合ったりした事あるの?」



前に疑問に思っていた事。



まさか梨乃の口から再び話題を振られるなんて思ってもいなかった。



「あるよ」



短く一言、梨乃が答える。

少し驚いて目を瞠ったが、天井から視線を隣に居る梨乃へ向ければ、彼女は真剣な眼差しで此方に向き直っている。



その瞳は冗談等ではないと、酒にくたくたに支配されていてもそれを判断することは容易かった。




「そっか。私はまだ経験ないから判らないけど、恋愛に男も女も関係ないからね」



「うん。きっと友里菜ならわかってくれるんじゃないかなって思ってた」



「私そんなに寛容に見える?」




ふっと笑って安堵の息を吐き出す彼女につられて微笑み返す。

セクシャルの話をしてくれるのは少しでも心を開いてくれたからなのかなと、嬉しかった。



「うん。偏見とかなさそう・・・それに」




梨乃は言いながらぐっと腰をあげてベットの上に下ろそうとしたので、私は避けようと身体を捩る。


でも、彼女の手は私を制した。


急に捩った身体を押さえつけられて、驚いた私の上にすばやく身体を落としたのだ。

そのまま両腕をベットへと押し付けられて、目線のすぐ先には優しい笑顔の消えた梨乃が私を見下ろしていた。



「えっ・・・な、に」


「今“まだ”って言ったでしょ?あれはどういう事?」



―――あ・・

私、先程先輩の事を考えてそのまま口にしていたんだ。



「しまった、って顔してる。友里菜、そんなに先輩の事すき?」


「っ・・・!?何でそんな」


「見てれば判るもの。でもその様子じゃ、何も進展は無いみたいね」



口元を引き上げて笑う彼女は何だか別人のようで、危うさをも放っていた。

その綺麗な瞳は何故だか悪意がある様にも見えて、穏やかな彼女は完全に殺されている。

握られている手に力が篭められより現実味が増していく。


回らない頭を必死に使い何故こんな状況になってしまったのかと考えるが全くわからない。




「・・・いいの私は、見ているだけで十分」



かろうじて出した声は若干掠れ、静まり返った部屋にすぐ消えていった。


すっと彼女の手が片方離れ、私の左頬を優しく滑り掌で頬全体を包む。




「ねぇ・・・私じゃ駄目?」


え?今なんて?



「私だったら、あの人に出来ないような幸せあげられる」


「そんな・・・」


「友里菜のこと、恋愛の“すき”だから」



私だったら、友里菜を愛せるよ?

その言葉に何も言い返す事が出来なくて向かい合う瞳を見つめる事しか出来ない。


彼女の口元がまたうっすらと弧を描く。



すっと目の前が暗くなって、気が付けば唇が触れていた。





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