Another END
“夢みたいだけど、夢じゃない”の裏ストーリーとなります。
ネタバレですので本編を読まれた方でお願いします。
OKな方は↓へ。
本編を読んで頂いた方から、別の結末も見てみたいと言われました。
私自身も書いてる途中、もう一つの終わり方も考えて迷っていました。迷ったあげく、最初から考えていた終わりに決めたのです。なので、折角ですし書いてみました。
迷ったもう一つの結末です。
もし、結ばれるのは加奈ではなかったら。
果たしてハッピーエンドになるのだろうか?
もし興味があれば、心の中に収めていたもうひとつの物語を覗いていって下さい。
**
ずっとずっと、自分の中でひっかかっていた。
加奈先輩への想いが消えていかない事。
けれど梨乃に惹かれているのも事実。
この痣が増えていく度に、愛されていると実感できる。不器用にしか愛を伝えられないけれど、誰よりも自分を愛してくれている、大切な人。
暴力を受ける度に愛を感じる私は変人なんだろうか。いや、過去に受けたものは決して愛など感じなかったし、傷ついただけだった。梨乃だから、彼女だからそう思えるだけだ。それで良い。
梨乃には私が居ないと駄目になってしまう。そして私も。
先輩にクリスマスのことを聞かれた事、本当はとても嬉しかった。
けど、私の中ではもう答えは決まっていました。
全ての事柄において、タイミングは重要な鍵となる。
クリスマス前日、梨乃が浴室へ入っていったのを確認して、私は先輩に電話を掛けた。
ただ一言、ごめんなさいと。
「・・・これからも好きでいたら駄目?」
「・・・ごめんなさい・・・!」
電話越しに空気の漏れる音がする。先輩がため息を付いたのだ。
そうして、諦めたように力なく笑った気がした。
「想い続けても叶わない事がどれだけ辛いか、昔聞かされたことがある。今ならその気持ちが解る気がするよ」
もう何があっても変わらない。堕ちるところまで私は堕ちたい。
**
私はあの写真を見た日、一生したくなかった覚悟を決めた。いつか、こんな日が来てしまうのではないかと思っていたけれど、まさかこんなに早くやってくるとは思わなかった。
それなのに、何故か彼女は私の手をすり抜けていく。
本当に突然だった。
友里菜があの表情をしなくなったのは。
私は胸のうちを知らぬ間に読まれていたのではと思ったが、本人にそんな気は少しもないだろう。
何故か少し怖くなった。不安になった。
だからまたあの表情が見たくて、私はより酷く友里菜へ当たった。物も投げた。ガラス製品を投げて割ってきり傷をつけたこともあった。蹴ったり、殴ったり、本当にただのDV女になった。
これでまたあの表情が見れる。
その一心でひたすらにきつく当たった。そして終わった後は酷く優しくした。
けれど、どんなに辛く当たっても優しくしても、友里菜はもうあの表情を見せることは無かった。何故?
その代わりに向けられた視線は憂いではなく熱い情があり、もっと欲しいと言われている様だった。そんな表情今までしなかったじゃない。
どうして?
この期に及んで、私は期待しても良いの?
それでも私は決めたことは曲げたくなかった。友里菜を解放しなければならないと、半ば使命感のようなものに駆られていたから。
そしてクリスマスイブ、私は友里菜に対して突き放すように言葉を並べた。
「嫌い」
「もう消えて」
「飽きた」
「さよなら」
友里菜は悲しそうに眉をひそめたが、動く気配が無かった。寧ろ意地でも腰を上げまいと椅子に背中をぴったりつけて、真剣さを増した双眼で私を見つめてくる。
酷い事を言ってる私の方がどんどん追い詰められていく。手が僅かに震えているのがわかる、けれど手元は見ない。この目で確認してしまえば泣き崩れてしまいそうだから。
早く、早く行きなさいよ。置いていきなさいよ私を。
加奈が待っているんでしょ?こんなに私が言っているのよ?
「・・・っ、どうして加奈の所に行かないのよ!」
叫んだ言葉は汚く掠れ、まるでドラマで悲劇を嘆く犯罪者の女だな、と冷静を保とうとするもう一つの心が呟く。しん、と静まり返る部屋。
「もう、私のなかで区切りをつけたの」友里菜が言った。
ぽつりと放たれた言葉は、部屋と私の心へ響く。
「今まで、ずっと寂しい思いをさせてきてごめんね。もう、私は何処へも行かないよ」
「友里菜・・・」
「私、梨乃が好きだ」
重そうに見えた腰を軽く持ち上げて、友里菜は私の目の前に立つ。
そして安心してほしいと笑って抱きしめられた。包み込まれるとはまさにこの事だと、素直に思える暖かさがある優しい抱擁。
「ほんとうに・・・?」
信じていいの?心なしか友里菜の抱きしめる力が強くなる。
「うん。私は梨乃が好きなんだよ」
数秒置いて、私を落ち着かせるように友里菜は言った。
私は何度も何度もその質問を繰り返した。
友里菜は何度も繰り返される質問に嫌な顔一つせず、同じ言葉を繰り返す。
途端、手の震えが止まった気がした。頭痛が起こりそうな程に血が上っていた頭も急激に抜けていく。その代わりに、私の目からは涙がこぼれ始めた。
「うそ・・・だって、私、あんたを傷つけてしかいない・・・」
「うん、それでも」
「束縛も酷いし、薬飲ませたり色んなことして苦しめた」
「いいよそんな事」
「あと・・・」
言いかけた私の頭に友里菜は手を掛けて、自身の肩へと引き寄せて私を埋める。
「いいから」
撫ぜられる手は、本物と信じて良いんだろうか。
優しい声は、愛情からくるものだと信じたい。
「友里菜・・・私の傍にいてくれるの?」
一言告げるので精一杯だった。声が震えて力が入らない。
「うん。ずっと一緒にいたい」
友里菜の声も震えていることに気づいた。友里菜も、同じように声を出さずに泣いていた。
あぁ、信じていいんだ。
私は友里菜を好きでいて良いんだ。
それが無性に嬉しくて、私達は暫く寄り添って泣いた。
時計の針が十二時を回っていることに気づいたのは、二十五日に入ってから三十分後で。
夢はイブで覚めなかった。夢ではなくなったのだ。
私の思いは直前で途絶える事なく、余興で終わる事なく、クリスマスに足を踏み入れたのだ。
手をぎゅっと握って、私は幸せをかみ締める。
きっと外では雪が降っているだろう。
私を祝福するかのように、真っ白でふわふわとした雪が。
私は変われるだろうか。大丈夫だよ、きっと変われる。
友里菜が付いていてくれるんだから。
もう、いいんだ。友里菜がずっと傍に居てくれるんだから。
**
寒さが一番厳しい二月が過ぎたからといって、まだまだ寒い事には変わりない。
今日はそれでも暖かく、昼間は少し雪が融けていた。足元が融けた雪でぐちゃぐちゃで、まるで自分のどうにもならない―どうにかしようとも思わないが―感情みたいだ。
バスの停留所で降りて携帯を見れば、着信が二十件程入っている。
確認しなくても誰かなんて直ぐにわかる、梨乃だ。
二十一件目に掛かってきた電話に出れば、心配そうな梨乃の声が聞こえる。
「友里菜、寂しい、寂しい」
「大丈夫。愛してる」
「嫌。すぐそばに居ないとおかしくなっちゃう」
「睡眠剤以外飲んだら駄目だよ。根性焼きしたバツだからね」
「うっ、ごめんなさい・・・っ」
「わかった、許してあげる」
「ありがとうっ・・・。ねぇ友里菜、タバコはもうしないから、ライターも使わないから、噛ませて。内腿でいいわ。落ち着かない」
「いいよ、それなら」
梨乃は不安に心を押しつぶされている。
そして同時に私の身体を傷つけることが快感になっている。
クリスマスだけは平和だったのに。暴力を振るう事も無く、「幸せだよ」「大切にするねっ」って言ってくれた梨乃の笑顔が忘れられない。
きっと何かが外れてしまったのだろう、そんな気がした。
私には梨乃が何に怯えてこうして電話してくるのかが解らない。何に癇癪を起こして殴りかかってくるのかが解らない。
でも別れるつもりもないし、嫌いにもならないと断言出来る。梨乃を愛しているから。
どうやら、私も梨乃に感化されているらしい。
「三年間、お疲れ様です!」
月日は流れ、三月上旬。
私は文具館の休憩室に居た。手には梨乃と一緒に買った紙袋を持って。
中身はハンカチとか上質なハンドクリームとか、とにかく就職しても使えるような品を入れている。そしてそれを、目の前の加奈へと差し出した。
今日で、先輩は文具館を辞める。
下旬からは職場研修があるらしく、予定より早く辞める事になったのだ。
先輩は一瞬驚いて目を丸くした後、嬉しそうに声を上げて「ありがとう!」と言った。
「ねぇ、早速中身見たら怒る?」
子供っぽくはにかんで笑う先輩が可愛らしくて、怒りませんよと笑って答えた。
そうして嬉しそうに袋を開けて、早速中を覗き込んでいる。
「うおー!なんかいっぱい入ってる!めっちゃ嬉しいわー」
「よかったー!先輩喜んでくれるか不安だったんですよ」
「喜ぶに決まってんじゃん!」
先輩が袋の中から一つ取り出してまじまじと見る。
それは梨乃が選んだ物で、厚紙で出来たラッピングケースに入っているが中身はハンカチだ。どこかのブランドらしいけれど、私は全く知らない。
先輩はそのロゴをしげしげと眺めた後に、少し悲しそうに眉を下げて微笑んだ。
「梨乃も一緒に買ってくれたんでしょ?お礼、言っておいてね」
「はい」
どうして解ったのかは知らない。けれど、そのブランドと梨乃に何か思い出があるのは確かだった。
ハンカチをそっと袋に戻して、もう一度笑顔でお礼を言われる。
「友里菜、何度も言うけど振ったことを後悔するなよー」
先輩は年明けから、こんな風にネタとして私に振るようになった。でもこんな風に話せるのも今日で終わりだろう。きっとこれからは疎遠になっていく。二人で会うことはもう無い気がする。
「後悔しないように毎日頑張りますー」
来る前にシフト表を見たのだが、今日入っている学生バイトは私達だけで、夕方出勤も私達だけだった。
だから、今日は休憩室に人が来ない。
「先輩が辞めちゃうの、皆本当に寂しがってますよ」
「あぁ、同じフロアの人に泣かれたよ。嬉しいような悲しいような」
「たまには遊びに来てくださいね。お土産のドーナツも忘れずに!」
「それドーナツ食べたいだけでしょ!」
一通り笑うと、先輩は早めに席を立った。
最後の日は長く職場の雰囲気を味わいたいらしい。
私の背面にあるロッカーへ渡したプレゼントを入れて、鍵をかった。
そこまでの流れ作業を何気なく見ながら、最後になるのかと改めて思ってみる。
けれど、それはいらぬ思いだったみたいだ。
座る私の前に来た先輩は、同じ目線にしゃがみ込んだ。私はその行動を先程と変わらずに見つめる。そして間を空けずに伸ばされた手は私の頭の後ろへ周り、引き寄せられた。
あ、キスされた。
先輩の表情が一瞬にして変わったのを私は見た。触れた唇は数秒後に離れてゆく。
「ねぇ、やっぱ無理だわ。どうにかしたい」
いつもの透明感がある表情では無い。声もぶっきらぼうで、抑揚が無い。
その目は据わっていて、物欲しげに見られている気がする。まるで、ヤりたい時に見せる表情。
先輩の態度は私を急激に掻き立てる。ゾクリと身体が震えた気がした。
「・・・我慢できないなんて、先輩らしくないですよ」
少し皮肉を交えて笑って見せれば、先輩も同じように笑う。先輩の掌が私の頬を舐めるように触っていく。
「うん。なんだかさぁ、悩みすぎて何か抜けちゃったわ」
頬の手が降りて行って右手を掴まれ、今度は袖口のボタンを外し始める。そのまま袖をまくりあげられ、最近付いた煙草のやけど跡が一つ、露わになった。あぁ、やはり気づかれていたのか。
「・・・タバコだけは跡が残るから止めてって言ってるんだけど、すぐやりたがるの」
「友里菜も、悪い意味で成長したんじゃない?」
思わず笑みがこぼれる。そうか、確かに。
私は年明けからおかしくなったのかもしれない。梨乃の暴力は治まるどころか悪化していく一方だが、どこか傷ついている自分を見るのが嬉しくてたまらない。
次は何をされるのだろうと内心ドキドキしながら、付けられた痕や痛みを愛おしく感じて眺めているのだ。
梨乃のせいではない、けれど私も確実に変わってしまった。
「じゃぁ、これから友里菜と関係持ったら、もっと酷い事されるんじゃない?」
「そうですね。コワい」
「でも嫌いじゃないんだろ」
「・・・バレバレですか」
「試してみようか」
先輩はこんなに悪魔みたいな、酷くて優しい言葉を吐く人だっただろうか。
そう思いながらも、そんな先輩に興奮している自分がいる。
きっと楽しい。
今目の前にいる先輩は、もうあの時の先輩じゃない。梨乃とは違うスリルが楽しめて、上手くいけば今より更に、梨乃と深い関係が築ける気がする。もう自分の身体なんてどうでもいい。
梨乃と堕ちていくのは最高に楽しい。
先輩は、自らその駒になってくれると言ってきたのだ。
私はにっこりと笑って、両手を先輩の肩の上へと伸ばす。首の後ろで繋いで輪を作って、捕まえる。
そして耳元で囁く。
「もちろん」
言っておきながら、心の中で梨乃への愛と忠誠を誓う。
きっとだいじょうぶ、皆、幸せになれる。
・・・Another END




