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夢みたいだけど、夢じゃない。  作者: 緋色こあ
前学期~模索と結論~
4/41

4.やる気

「せーんーぱーいっ!」



「うわっ!びっくりしたー!」



学校帰り、前を歩いていた加奈先輩を見つけた。どうしても声を掛けたくて、開いていた距離を走って詰めて後ろから両肩を叩いた。


驚いて振り返る先輩。うん、驚いた顔もなかなか良いな。

反応を見てニヤニヤする私を見れば、やられたと悔しがる。




いつも見るのはバイト先で着替える私服だから、セーラー服の先輩は新鮮だった。

学校では見かけることが無いし、ボーイッシュな服装が多いからセーラー服が想像出来なかったけれど、端整な顔立ちにすらっとした体系にはよく似合う。悔しいけれど。




「ふふふ。今日はバイトなんですか?」



「休みだよ。真っ直ぐ帰るとこ。今西さんは?」



「私も休みなんです。」




実は先輩のシフトはチェックしていたので、今日がお休みなのは知っていた。一ヶ月分のシフトは全フロアー分が印刷されて配られるので、チェックしない訳が無い。

なんだかストーカーみたいで気持悪く感じるけれど、見てしまうものは見てしまうのだ。

こんなチャンスは滅多に無い。前からバイト先以外でずっと話がしたいと思っていたのだ。今日は、今日こそは勇気を出して誘ってみよう。




「先輩、今日暇だったら少し遊びませんか?」



「ん!良いね!暇だし。しかも今西さんと遊ぶの初めてじゃない?」




にっこりと笑って承諾してくれる先輩。

返答の早さとその笑顔に一気に喜びは高まって、思わず大きなガッツポーズが出てしまう。



「やったぁー!うわ、めっちゃ嬉しいんですけど!」



「そんなに喜ぶこと!?でもなんだか新鮮だね」





「とりあえずお腹が減ったので何か食べたい!」というお互いの希望により、腹ごしらえをすることにした。向かった先は最近新しく出来たハンバーガー店。

チェーン店ではないこの店が人気なワケは、なんと言ってもボリュームだ。チェーン店のバーガーの軽く二倍はある大きさとジューシー感は満足度百パーセント。学生に人気がある理由はそこだった。

私は大好きなテリヤキバーガーセットを頼んで、先輩はエビバーガーセットを持って窓際の席へと腰を下ろす。

一口齧れば、想像通りの味が口内いっぱいに広がってゆく。




「んー!んんんー!」



「何言ってるかわからないから!美味しいのは解ったけど!」



そう言って先輩も一口食べれば、幸せそうな顔をして「んーんんー!」私と同じ表現をしてくる。

恍惚そうに、そして若干笑いを堪えている姿。

ものまねと言うには随分と過大表現に見えて面白く、とっさに息を詰めると思い切りむせてしまった。苦しい。けれど、それを見た先輩は余計面白そうに笑う。




「げほっ・・・、もー!先輩ひどい!」



「ごめんごめん!でもめっちゃ面白くてつい・・・ぷっ、今西さんうける・・・」



「いじわるだなー。あ、それと、苗字じゃなくて名前で呼んで欲しいです!」

見苦しい姿を見せたついでに、厚かましくお願いもしてみる。



「んー、そしたらそうする。友里菜ちゃん」



「・・・呼び捨てがいいです」



「おお、ならそうするよ?友里菜ゆりなゆりなー」



どうも今日の自分は冴えている。

そして、先輩の口から名前を呼んでもらえる事がこんなにも嬉しいとは思わなかった。

任せろとでも言う様に口角を上げて、得意げに私の名前を連呼する先輩を見てると今度は照れくさくなって、やっぱりもういいです!と慌てて制止したけれど。



そんなこんなで他愛ない雑談をしながら食べ進めるが、お互い大きな獲物を食べる事に集中し始めれば自然と口数は減る。

私はバーガーを大分食べ進めて、ジュースで口の中の味を切り替える。

三分の二程食べた所で、なんとなく気になって先輩をちらりと見た。




先輩は手が止まっていた。



その視線は窓の外に向けられていた。目も口元も、先程まであった笑顔が消えている。

食い入るように目を瞠って見つめる視線の先が気になって振りかえれば、ガラス張りになっている建物の中へと向いているのが解った。

ガラスを二つ隔てた先の景色は若干見にくく、私は目を細めて注視した。


人々が行き交う中で、此方を向いて止まっている人が一人居た。それは同じ制服を着た女の子だった。

けれど顔がよく見えない。確認しようとより目をこらしたが、すぐさま彼女は踵を返し、その建物の中へと歩いて行ってしまう。





「・・・先輩、同じクラスの子とかですか?」




視線を先輩に戻すが、もう見えなくなった先をまだじっと眺めている。

制服を着た彼女じゃなかったかと言った後に思ったが、私の声に先輩は我に返った様で私を見た。



「あ、いやごめん。そうかなって思ったんだけど、良く見えなかった」




ふ、と困ったように笑った先輩の表情は固く、笑い切れていない。

正直、先輩は彼女が誰か気づいたはずだ、だからあんなにまじまじと見ていた。けれど言わないのは私には触れられたくないから。先輩はあまり自分の事を話したがらないから。




「・・・・・先輩って、ほんとに謎が多すぎます・・・」




心からの本音だった。

でも先輩は冗談として受け取ったみたいで、大した気に留めないように何時もの言葉を続ける。

ミステリアスで面白いでしょ?



私は先ほどの彼女を思い出す。きちんと焦点が合って見えたのは後姿だけ。

そういえば、あの後姿、どこかで見た様な―――

あぁ、転校生の梨乃に髪の長さや雰囲気が似ている気がする。




「そういえば、この前転校生がウチに来て・・・」



雰囲気を変えようと話を振ると、案の定先輩はすぐに乗ってきた。

綺麗な子だと言えば、気になるなーと興味を持って笑う先輩をみて少し転校生に嫉妬する。

容姿や雰囲気、昼休みの出来事を話していく。ふと、一瞬だけ先輩の表情が曇った気がしたのだが、返って来る返事や態度は明るく楽しげなもので何ら変わりは無い。

きっと先程の人を気にしているんだろう。ふいに思い出すのだと思った。

そうして、少しでも気が紛れるようにと色々と話した。







日が落ちるまでわいわいと話をし、漸く帰ろうと会計を終えて店を出た所。私のバス停まで先輩がついて来てくれる事になった。決して都会とは言えない町は、大分人が少なくなっている。




「夜は可愛い子は危ないからね」



「いや、まだ7時半前ですけどね」




春も終わりを告げ、ゆっくりと初夏が訪れようとしている季節。

春を代表する花達が綺麗に散リ行き、代わりに青々とした葉が艶やかに主張をし始める。

陽が落ちるのも遅くなり、七時過ぎといえども日が落ちたばかりで少し明るい。

それでも送ってくれるという先輩の優しさが嬉しかった。




そんな気持のいい天気の中、先輩との初デート。

心の中が暖かく満たされていくような幸せをかみ締めていた。






「・・・・あ」





それなのに、彼は居た。



瞬間に胸が締め付けられるような苦しさに襲われる。

頭に沸騰したように血が上っていく感覚と共に、周りの音が急に遠くなっていく。あぁ、こんな感覚は久しぶりだ。

それはそうか。

一番会いたくない人間が、私の待つ停留所の壁際に凭れ掛り、此方を睨んでいるのだから。




それは咲が手を出したという、私の昔の恋人。




「最悪だ・・・」




そうつぶやいて突然立ち止まった私を不審に思った先輩も立ち止まり、こちらに歩いてくる男に目を向ける。男は見つけるや否や意地の悪い笑みを浮かべた。

口元は笑ってはいるが、目は全く笑っていない、偽の笑顔。




「よぉ友里菜、久しぶりだなぁ」



「・・・誰?先輩、いきましょ」




強がって出した声は、自分でも驚く程冷たいものだ。これなら相手に萎縮している事は伝わるまい。

先輩の腕を掴んできた道を戻ろうとすると、すぐに奴から言葉が飛んでくる。

ねっとりとした話し方が急に刺々しく変化した。



「咲だとかいう女、マジでクソ女だな!お前の差し金なんだろ?ほんとに最低だな」




履き捨てるように言われた台詞が頭の中でガンガンと木霊する。こいつは今なんと言った?私の大切な咲を侮辱したような?

今までは恐怖にしか感じられなかったこいつの一言一言。

それが咲の名前を出された途端、その恐怖が怒りへと変わっていく。


付き合っていた当時は「好き」「嫌われたくない」という思いが強く反抗的な事を言えたことが言えずにいた。けれど、今なら対等に言える気がする。

いや、言える。言ってやりたい。

こいつには言わなきゃならない。


自分の中で引っかかっていた枷が、外れた。







**





「はぁ?誰があんたみたいなクソ男に構うのよ」




隣で異様な雰囲気を感じていた加奈は、普段と違う威圧感のある声色に驚きを隠せなかった。目の前の男からすぐさま友里菜へと視線を移す。

友里菜は無表情に見えるが、同時に怒りを押し殺した冷たい表情にも見えた。

いつもは飾らなく笑う、可愛い可愛い後輩。



でも今隣に居る友里菜は別人だった。

――キレてる!



目の前にいる男も呆気にとられ、一歩後ずさる。もっと怯えるだろうと余裕があったのだろう、その表情には焦りが見えた。

その男に畳み掛けるように、友里菜が一歩ずつ近づいていく。




「お前、だれに向かって」



「今目の前にいるクソ男だよ!テメーは脳のないヤリチン猿だろ?あ?あと咲を馬鹿にすんな。次言ったらマジで不能にしてやっからな」




さらに一歩詰め寄って、解りやすくその男の股間を見る素振りをして、卑下た笑いを浮かべる。

すると男も近しい事をされたのだろう、さっと顔の血の気が引いて表情が強張った。




「失せな、マジ顔も見たくない」




じり、と男がまた一歩下がる。

その目には動揺がちらついており、眼球が時折揺れる。話しかけてきた時よりも明らかに狼狽している。

奥歯をかみ締める仕草をした男を見て、思わず相手に対して身構える。この展開は少し危ない、急に追い詰められた人間は何をするか予想できないからだ。たとえ相手が女であっても。



「っ・・・てめぇッ!」



動揺に混乱を重ねた男はぐっと両手を握っると同時に、友里菜へその拳を振り上げた。殴りかかるつもりだ。後ずさった足を今度はバネにして前へ畳み掛ける。

友里菜は驚いて身体を捩って避けようとするが間に合わない。


危ない、そう思った時にはもう身体は動いていた。







**





―――――殴られる・・・!




一瞬、時間が止まった気がした。

けれど衝撃は無い。瞑った目をそっと開けば、男との間に一人、立っていた。



「せん・・・ぱい?」



「女の子に手ぇあげるなんて最低だね、あんた」




低く諭す様な声。加奈先輩の手の先を見ると、その手は力強く男の腕を掴みあげていた。

その表情はすごく真剣で、威圧的で。

その掴んだ手にさらに力を入れて捻れば、うっと男がうめいた。



「てめっ・・・!」




その言葉と共に、男が私から先輩へと標準を変えたのが判った。

また暴力に走るつもりだ、逆の手を握り締めて拳を作るのが見える。

このままだと先輩も巻き添えになる。先輩が殴られてしまう!


私にできる事は・・・うん、もうどうにでもなれ!




今までやりたくても出来なかったこと。私はすぐに腰を降ろしてしゃがみ込み視線を落とした。

そのまま目標の場所へと狙いを定め、前に出る。腰を上げれば男と目が合う。

足を思い切り振り上げて、私は男の弱点を、渾身の力で蹴り上げた。



「あああああ!!!」



見事にヒット。

男は鈍く悲鳴を上げたあとに、足元から崩れ落ちた。先輩も掴み上げていた手を離す。

地面にへたりこんで股間に両手をやって悶える姿を見下ろした。

震える手を握り締め、力をこめて喉を振るわせる。


「あ、もう一つ言っておくわ。今後私達に手を出す事があれば、今まで録ってきたあんたのDV音源に、この前咲が取ったビデオ、警察かネットにばらまくからね。」



聞こえているのかいないのか、必死になって悶える男に告げても反応を返してこない。

聞いてんのかと声を荒げれば、せわしなく頭をこくこくと縦に振った。




「よし、友里菜いくよ!」




ふいに手を握られて振り向けば、先輩はいつもの優しい笑顔。

その瞬間に、荒ぶっていた感情がすこし和らいだ気がした。

その笑顔に癒されて頷くと、その震える手を繋がれて引かれるがまま走り出した。







**




「先輩、すみませんでした・・・」




細い路地に入り込んだ所で、息が上がる中私は先輩へと頭を下げた。

かなり走った気がする。男に追ってくるような余裕は無かっただろうし、今後もう寄ってくる事はないだろう。



そうして冷静になってきた私は徐々に恥ずかしさがこみ上げてきて。

こんな最悪な恋愛のもつれで醜態を晒したあげく、そのやり合いに加担させてしまった事に対して申し訳なくなってしまった。




「何いってんの、掴むくらいしか出来なかったし。」



「そんなことないです!ほんとうに助かりました。先輩って強いんですね・・・ってか、めちゃめちゃかっこ良かったです」



「ありがと。柔道辞めても鍛えてた成果が出たかな」




ニヤリと笑う先輩。あ、そうだった。この人、柔道で中学時代は負けなしの恐い人だった。

そして今でも鍛えてるって前に聞いたことがある。




「うわー、先輩こわーい」



「いや、恐いのはアナタだから。あんなヤンキー並の暴言と剣幕は今だかつて見た事がない。」



「なんか頭にきちゃったから、つい・・・やっぱ先輩引いちゃいました、よね・・・?」




思い返せば、ヤリチンとか不能とか女としてあるまじき発言を大声でしてしまっている。

よくもまぁあんな言葉が出たもんだ、絶対咲と一美のせいだ。




「いやー、なんか友里菜らしいと思ったよ。聞いててスッキリしたもん。ただ、キレると尋常じゃなく恐いんだね、いやほんと、めっちゃ恐かった」



「いやー!か弱いキャラでいたいんですけど!」



あまりにも大げさに怖がる素振りを見せてくるので、私は笑ってしまう。

先輩はぽんぽんと頭を撫ぜてくれて、それが嬉しくて、どさくさに紛れて抱きついた。

なんだか、今なら何でも出来そうな気がするから。

以外にもすんなりと受け止めてくれて、更に嬉しさが倍増する。




「・・・さっきの男、元カレなの?」




私の背に先輩は手を回してさすりながら、あくまで優しく問いかけてくる。

私は背中に回した手を握って、先輩に抱きつく腕の力を強めた。




「はい。もう大分前ですけど・・・。段々と暴力を振るわれるようになって。なんとかして離れたんですけど、その後から色々な手を使ってきてて」



「そっか・・・大変だったね」




また頭を撫ぜられれば、先輩の優しい香りがする。

本当に先輩は優しくて、強くて、綺麗でカッコいい憧れの人だ。

もうずっと、この腕の中に居たいと思ってしまう。




「でももう大丈夫です。きっとこれ以上は手出ししてこないハズですし」



「うん、あの様子だと多分。さっきの話じゃ色々と証拠品があるんでしょ?」



「あー、あれはただのハッタリです」




そう、ハッタリ。

我ながら良くあんな事が言えたと思う。

咲が実際何をしたのか具体的な事は一切わからないし、私も当時の音源なんて無い。

何度か録音した事はあったが、別れる時に全て捨てたはずだ。

でも、先程の奴の反応を見れば、咲達は何かしら弱みを握ったのだと考えられる。



先輩は勢いよく抱きついていた私を引き剥がし、大きく見開いた目と口で私の顔をまじまじと見た。




「は?!ハッタリだったの!?」



「そうなんですよー。証拠品なんて無いし、友達も奴に何をしたのかは知らなかったんです。でもあの反応を見れば何かされたことは間違いないですし、脅しは成功ですね!」



「まじでか・・・よくあんな事言えたね・・・つーか友達どんなことしたのよ・・・」



「自慢の友達なんです。あたしも良く言ったわーって今自分を褒めてやりたいですね」




あっけらかんと言ってのければ、先輩は大きくした目を今度は丸くする。

そして思い切り笑い始めた。



「あはは!本当ね!褒めちぎってやりたいわ!こんなに度胸があって胆が据わった女の子だったなんてね!」




先輩がお腹を抱えて笑うのを見ていると、嬉しいような悲しいような。

今日の私、確実にアウトだろ・・・と自己嫌悪に陥る。




「・・・先輩、胆の据わった女子は嫌いですか?」



「いや、そのほうが良いわ!より友里菜が好きになったよ。」




散々笑っていたくせに、私のぼそりと呟いた一言に間髪入れず返してくれた。

それがもの凄く嬉しくて。暗くなりかけていた気持ちが急上昇する。




「うわー!!先輩大好きー!」




高鳴る鼓動と照れて強張ってしまう表情を隠すように、また全力で抱きついた。








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