最終話.人を狂わす素敵な感情
「梨乃!」
部屋のドアが開いたと同時に、切羽詰ったような声が響く。部屋の中にはベット横に座る咲と、ベットの上で粥を食べている梨乃が居た。
私が慌てて来たのを見て、二人はにっこりと微笑んだ。そして言われた通りに連れてきたもう一人の人物、加奈先輩が後から姿を現す。
「加奈、あんたよく来れたわね」
「来いって言ったのはそっちだろ」
言葉には随分と嫌味が含まれていたが、二人の表情はとても穏やかで、見ていた私が驚いた程。
咲から連絡が入ったのは同日の午前十時頃で、梨乃が熱を出したからすぐに来いと言われたのだ。
そして一緒に加奈先輩も連れてくる様に念を押されて、その旨を恐る恐る先輩に聞いたところ、すんなりOKを貰えてしまった。
そして今、こうして二人で梨乃の家を訪れている。
梨乃は食べる手を止めて、粥が入った小さい土鍋をそっと咲に手渡した。咲が粥をテーブルに置く。そこには、昨日渡したポーチがちょこんと置いてあった。
「・・・梨乃、身体は大丈夫?」
「大丈夫よ、大した事ないの。咲がどんな言い方したのかは知らないけどね」
ニヤリと意地の悪い笑みを零した咲は、ありのままを言っただけだよーと可愛らしい声を出す。
私はそのやりとりに面白さを感じたのだけれど、昨日の今日で、しかも加奈先輩まで居るというこの状況にすっかり萎縮していた。
何を話したらいいのか、正直何を言っても傷つけてしまう気がして言葉が出ない。
一瞬しんと空気が静まったあと、口を開いたのは咲だった。
「梨乃、今日は何でよんだんだっけ?」
梨乃は刹那戸惑ったように咲を見たのだけれど、のちに覚悟を決めたように咲に頷き返して加奈先輩を見た。
「加奈。友里菜を泣かせたら殺すわよ」
殺意溢れる、というよりも殺意しかあふれ出ていない。ぎっと睨み付けて凄むような声は恐ろしいものがあった。
「あぁ、大切にするさ」
ばちばちと絡み合う視線。入る余地がない睨み合い。
「あと、あたしを褒めなさい」
目は変わらずにニヤリと口だけ嗤う梨乃。
先輩はそのあと直ぐに悔しそうな顔をしたけれど、ため息一つ零して素直に応じた。
「随分と変わってくれたよ。前より良い女になった」
「なによその褒め方」
「これ以上は自分も悔しいから言わない」
この二人の間には私が知らないやりとりがあった様で、なんだか付いていけない。それでも二人は和解したらしく、言葉ではつんけんした態度を決め込んでいるものの殴り合いそうな気配は無い。
にしても、昨日(というか今日だけど)あんな事があったのに、時間を置かずにこうして会っている事が不思議でならない。梨乃は一体どんな思いなのだろう、辛いに決まっているはずなのに。
「さ、とりあえずこの二人は良いわね。あとは友里菜、梨乃に抱きつきなさい」
「えっ!?」
「ほら!早く!」
急な指名と行動指針に驚きを隠せない。慌てて梨乃を見やれば、少し寂しそうな表情をして私を見つめていた。ぐっと胸が締め付けられる。
それと同時に、私は思い切って梨乃に手を伸ばして抱きしめた。
「梨乃・・・ありがとう」
梨乃にだけ聞こえるような小さな声で呟く。梨乃は私の背中に腕を回してくれて、頭をすりすりと私の肩へとすりつけた。
「ううん、私こそ。・・・ねぇ友里菜」
「ん?」
「これからも、親友で居てくれる・・・?」
その言葉に、私は梨乃の両腕をぐっと掴んで引き離す。
いきなりの事に呆気に取られた梨乃の大きくなった目が私を凝視する。
梨乃が、親友って。
友達でいていいって言ってくれてる。
嘘だ、いや本当だよね。うそ・・・
その目を見て、すぐに私の緩くなった涙腺は崩壊した。
「もちろんだよ!!こちらこそ仲良くしてください!こんなっ、こんなこと言える立場じゃないけど・・・っう、梨乃の親友でいたいよー!」
嗚咽も抑えきれずにうわーっと泣き出した私を見て、隣で咲が爆笑する声が聞こえてくる。
咲め、本当に現金な奴ってかなんか酷くない?とか思っているけど涙は止まらない。
梨乃は更に目を真ん丸くした後、私と同じく目を潤ませて大きく頷いた。
「うー!馬鹿!もらい泣きしちゃうじゃないのよ!」
ぐしゃぐしゃと頭をかき混ぜられて、私も同じくやり返しながら泣いてるのか喜んでいるのか解らなくなって声を上げた。梨乃の気持ち一つ一つが嬉しかった。梨乃が大切な事は何一つ変わらない。
少しすると梨乃がはっとしたように顔を上げて、私の後ろへ睨みを利かせて怒鳴る。
「加奈!あんたまで笑ってんじゃないわよ!調子に乗ってられるのも今のうちよ!」
「ふふっ、だって・・・!」
「先輩の馬鹿―!」
「ごめんごめん!」
静まりかえった雰囲気が一瞬にして騒がしくなって。
やっぱり私達にはこういう騒がしさが一番落ち着く気がした。
「今日会って話せって言ったのは私なんだ。こういう事は時間が経てば風化するっていうけれど、人に寄ってはトラウマにもなる。私、皆で楽しいのが好きだから。荒療治だけどさ、こうやってけじめ着けるのも一つの手でしょ?」
咲らしいな、と思わずには居られなかった。確かに、しんみりし続けるのは私達には似合わない。梨乃が咲の意見を受け入れたのも、咲の気持ちに少なからず同調してくれた証拠だ。それがどんなに辛い事だろうか。
けれど、今こうして傷つきながらも笑っている笑顔は本物だと思うから。
「あ、あと!友里菜、ありがとうっ!」
「え!?何が!?」
咲にお礼を言われることなど何一つしていないけれど。
梨乃は咲を見て少し照れたように笑う。
え?なんだこの展開。
「昨日の夜ね、きちんと梨乃に告白したの!友里菜が消えて障害は無くなったから、あとは梨乃を振り向かせるだけ!友里菜ほんとーにありがとうっ」
「え・・・ええええ!?咲、本気だったの!?」
思わず先輩と顔を見合わせる。先輩も随分驚いた様子で「それはまた・・・」と呟いている。
咲は驚く私達を見てへへっと満足そうに胸を張る。
「ったりまえでしょ!だから今か今かとチャンスを狙いまくってたのよ」
「まじでか。・・・ちなみに、梨乃はどう思ってるの・・・?」
ごくりと生唾を飲んで伺ってみると、梨乃は困った様に笑う。
「んー・・・。今はまだ考えられないけど、カッコいい告白にドキッとさせられたのは本当。これからに期待、かな」
「・・・そっか。ええと、なんて言ったらいいか解らないけど、見守ってるよ・・・!」
まさかの展開に驚きながらも、咲をここまで本気にさせた梨乃はやっぱり魅力があるんだなぁと思った。この天下の男好きが女を好きになること事態が信じられない。けど、梨乃だと何故か納得してしまう。
「そしたら、今日はそろそろ消えようかな」
一通り盛り上がったところで、先輩はにこりと笑って立ち上った。あわてて私は制止に入る。
「もう行くんですか!?じゃぁ私も・・・」
「ううん、友里菜は残りなよ」
「えっ・・!?」
「どうせこれからパーティでも始めるつもりなんでしょ?咲ちゃん」
「ふふ、実は考えてました」
にこりと笑って肯定した咲は、すぐに一緒にどうですかと声をかける。
けれどその問いかけに先輩は首を横に振った。
「今日は遠慮しておくよ。自分はもう満足だし、急遽バイト入れないかって言われちゃってね。今日は友達同士で盛り上がっちゃって」
咲はペコっと頭を下げた。梨乃も満足そうに加奈を見ている。それを見て先輩も笑って部屋を出て行くので、私は見送る為に一緒に部屋を出た。
「先輩、ありがとうございます」
「気にすることないよ。もう慌てなくても、これからずっと一緒に居れるんだしね」
靴を履き終えて立ち上がった先輩に、私はぎゅっと抱きついた。
「先輩、このぎゅーは、先輩にしかしない愛のぎゅーです」
「何それ!他とどう違うんだよ!」
「愛です!気持ちですっ」
我ながら馬鹿な事をぬかしてる自覚はあったけど、どうしても気持ちを伝えるにはこうするしか考え付かなかった。まだまだ大人になるのは程遠い。
「じゃぁ、これからもそのぎゅーを続けたまえ」
「はいっ」
笑顔で顔を上げれば、目と鼻の先に先輩の顔。
急にドキドキし始める心臓と緊張で、一瞬動きが固まってしまう。
それを見透かしたように先輩は笑って、綺麗な色の唇が私の鼻にキスをした。
ぎゅっと目を瞑ってその感触を感じて、またうっすらと目を開けた時。
ガチャリと勢い良くドアが開き、思わず身体がびくっと大きく反応する。ドアへと顔を向ければそこには一美の姿。
「あ、お邪魔だったわね」
「全然。上がって上がって」
「そうですか?じゃぁ遠慮なくお邪魔します」
先輩の言葉に一礼をして入ってきた梨乃の手には、大きなビニール袋にお菓子やらチキンやらがいっぱい入っている。
驚いて固まった私を一美は一瞥して、ニヤリと意地悪く微笑む。
「いつまで抱きついてんのよあんた」
「つっ!・・・いやその」
ばっと勢い良く離すと、先輩も同じく意地悪そうに片方の唇だけを上げた。
「好かれすぎててさ、ほんと困っちゃうぐらいなんだよね」
「あー、先輩も大変ですねぇ」
「く・・・っ、貴様らああ!」
あぁ、今年のクリスマスは最後までどたばたしそうだ。
いや、これから先もこうして続いていくんだろうなぁと思う。
もう今年もあとわずか。
思えば不思議なことばかりの一年だった。
知らない世界に急に入り込んで、いろんな人と出会って。
その中で大切なものを見つけて、でも上手くいかなくて、もがいて悩んで。
思い返せばこの一年は嵐の様で、そして夢の様な衝撃の連続だった。
けれど、こうして手にした幸せは夢のように消えたりはしない。もう絶対に離さない。
この一年で私の周りは大きく変化していって、よりキラキラしたものに進化した。
大切なものとは何か、上辺ではない重さを知る事が出来た。
春に感じた予感は間違ってはいなかったんだ。
「じゃぁ・・・とりあえず!!」
『かんぱーいっ!!』
カランカランとグラスが鳴り響く音と、皆の笑顔。
今日をまた最高の一日にしよう。
私が手にした大切な宝物をもっともっと大切にしよう。
大好きな人に思い切り愛を伝えよう。
そうして、今日という大切な一日を私達は過ごしていく。
***END***
ここまでお読み頂きありがとうございました!