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夢みたいだけど、夢じゃない。  作者: 緋色こあ
後学期~終わりと始まり~
36/41

36.日没





クリスマスまでの一週間、私は梨乃と充実した毎日を送っていた。


それと一つ、大きな変化があった。私の身体から痣が消えたのだ。ここのところ毎日新しいものを作っていたけれど、最後に付けられた痣も場所を示さないとわからない程になっていた。梨乃が私に暴力を振るうのを止めたのだ。急に。


それは梨乃が「大切にしたいから」と尤もらしい理由を言っていたが、それだけでは無い気はしていた。なんだか解らないけれど、この一週間は梨乃は私に対して酷く優しかったのだ。



何だか嵐の前の静けさをも彷彿をさせて、私はその考えが湧いてくる度に頭を振って、打ち消す。











**








「ねぇ友里菜。クリスマスイブっていつの事を言うのか知ってる?」



「えーっと・・・。イブだから二十四日のことを言うんじゃないの?」



私が返事を返すと、梨乃はくすくすと笑って、そうよね、と肯定する。



「日本ではそう捉えてる人が殆どなのかもね。でも厳密に言うとちょっと違うのよ」



「そうなの?知らなかった」



「二十四日はあっているんだけど、時間が限られているの。二十四日の日没から、二十四時までの時間」



「ってことは・・・。イブって実は短い」



「そう。ま、ただそれだけなんだけどね」




くるりと腹ばいになって寝転んでいた身体を返しながら梨乃は伸びをした。居間のソファーで紅茶をすすりながら猫の如く転がる梨乃を見ていれば口元が緩む。

けれど同時に心の中で抱えていた、といってもたまに思い出す程度だが気になっていた疑問を思い出していた。



それは先輩から貰ったメモについて。

貰った時にクリスマスに待ってると言われたから、てっきり二十五日の夜の事だと思っていた。けれどメモに書かれた内容は「二十四日の夜十二時、公園で待ってる。遅い時間だから気をつけておいで」とあったのだ。



イブが終わって、クリスマスに入った瞬間に会おうという事。けど時間は夜中も夜中、夜道は危ないって言ってた人が指定してくる時間に思えなかった。

もしかしたらもっと深い理由があるのかも知れないけれど、自分には検討もつかない。




――――あ、まただ。駄目だって自分



先輩を思い浮かべた頭をリセットするように、紅茶を一気に口へと注ぎ込む。




「そういえば雪、積もらないねぇ」




梨乃が転がるのを止めてレースが掛かった窓を見つめる。私もその目線の先へと視線を動かしたが、レースは厚地で外はあまり見えない。

天気予報の言うとおり、今日までに一度雪は降った。その時は五センチ程度積もったのだが根雪にならずに融けてしまった。




「うん。おかげで寒いけど自転車に乗れるのはありがたい」



「それはある!このまま年越しまで降らないと良いけど」



「それはこの地域じゃ無理でしょー」




クリスマスは雪が降ると良いよね、と会話をしながら過ごした昨日。








そうして今日は十二月二十四日、午後十時。

梨乃から教えてもらった、本当のクリスマスイブの時間帯。





町は今日をピークとするようにクリスマス一色で、街路樹には一つ一つ丁寧にイルミネーションが施され夜になると綺麗に光る。


どこもかしこもクリスマスソングが流れ、まるで人々を洗脳するかのように独特の雰囲気へと仕立て上げていた。恋人がいる人にとってはクリスマスは最高のイベントなのだろうけど、去年独り身だった私には辛いクリスマスだった事と思い出す。



今日はプレゼント交換をしよう、と梨乃と話していた。その為に週明けの放課後はお互い買い物する時間を作ったりもした。

梨乃を街中で見かけなかったけれど、一体何処で選んでいたのだろう。




私は結局梨乃の好きなブランドであるポーチを購入した。ファスナーで開閉するのだが、スライダーの引き手に綺麗なストーンが付いていて一目ぼれしたのだ。自分が使うわけではないけれど、瞬時に梨乃に似合うと思った。


それは今、大きな着替えの入った鞄の中へと忍ばせている。



ケーキを食べ終えて、シャンパンをあけて乾杯をした。シャンパンは大人の味、というか私はあまり好きではなかった。これならワインのほうが数段美味しい。けれどいつか、美味しいと思える日がくるんじゃないかと思う。



時計を見れば、着々と先輩が待つといった時間に近づいていた。

気にするな。あれだけ言ったのだから、私が行かないことは解っているはずなのだ。


気にするな。



ぎゅっと掌を握って、感情を押さえ込む。

梨乃に知れないように。




「さてさて、梨乃ちゃん!お待ちかねのプレゼントタイム始めましょうか!」




そわそわする私の気配を察していたのか、口元をわざとらしく歪めて梨乃が微笑み返してくる。




「望むところよ!私は色々と準備があるから、友里菜から先にどうぞ」



「準備ってなにを?!まぁいい、・・・わたしからのプレゼントは・・・」




鞄の中へと手を突っ込んで紙箱を探す。すぐに取り出せるはずだったのに、何故か見つからない。あれ?上の方に入れておいたんだけどな、とゴソゴソと漁るが手の感覚だけでは探し当てる事が出来ない。

先ほどまで調子良く喋っていた口も止まり、ついには物を出して探し始めると梨乃は声を上げて笑い始めた。




「あははっ、今までの流れ台無しじゃない!どこに隠したのよ・・・ふふ」



「笑わないでよーう!あれー?どこやったんだろう。確かに入れたはずなのにー!」




そうこうしているうちに鞄の中、端っこの方に黒い箱の角が眼に入った。あった!こんなに端に追いやられていたのなら手で探っても解らないはずだ。

見つけた箱を取り出して、笑う梨乃の目の前へ勢い良く突き出した。




「はい!クリスマスプレゼント!」




相変わらず笑ったままではあったが、箱のブランド名を見るとその瞳が一際輝いて大きくなった。面白さから嬉しさと期待の笑みへ変わったのが判る。




「これ・・・!空けて良い!?」



「どーぞ」




箱を手に取った梨乃は、丁寧に被せられた上箱を引き上げていく。箱の中紙は濃いピンクで、その中には選んだ淡いピンク色のポーチが入っている。


梨乃はわぁっと歓声を上げて、箱の中身を取り出して見つめる。チャックを開けて、中も確認する。

そうして満面の笑みで私に向き直った。




「うわぁー友里菜!嬉しいー!ありがとうっ!」



そのままぎゅうっと抱きしめられて、私はもちろん抱きしめ返した。

こんなに嬉しがってくれるとは思ってなくて、思わず照れてしまう。




「どういたしまして!喜んでくれて私も嬉しいー!」




最高のクリスマスイブ。大切な人とパーティして、お酒を飲んで、美味しいものを食べて。そうして大切な思いを伝え合って。



私のプレゼントに再三喜んでくれた梨乃は、今度は私ね、とにっこり笑って一度部屋を出て行った。

しばらくして戻ってきたのだが、その手には小さい袋握られている。




「おまたせ。プレゼントの前に、私の過去を話してもいい?」




もちろん、と返すとにこりと笑って隣に座る梨乃。そうして袋の中から取り出したのは、写真だった。

それも小さい頃のもの。




「梨乃の小さいときの写真・・・」



「そうよ。もうこの頃には今の面影があるでしょ」




数十枚ある写真一つ一つに目を通す。私が一度も見たことのない梨乃の両親もそこには写っていた。梨乃の母はとても美人な人だった。娘がこうして綺麗なのも頷ける。写真に写る母はどれも微笑んでいて、その隣には梨乃が嬉しそうに写っていた。



公園で遊んでいる写真。どこか旅行にでも行ったのだろう、旅館の和室と思われる背景で、浴衣を来た姿のものもあった。


父は厳格そうで頑固な雰囲気が写真越しでもにじみ出ていたが、閉じた口は弧を描いて笑っているのが伺える。




「この時の私は、両親が大好きで仕方なかった」




梨乃は写真を一緒に眺めながら、ぽつりぽつりと小さい頃の話をしてくれた。

私はそれを興味深げに聞いた。



「両親はこの頃、もう既に恋人を作って遊んでいたわ。それでも家族との時間は大切にしてくれていた、とは思う。今となってはね。今はもう、血が繋がっているだけの他人みたいなものだから。


それでも私は両親に可愛がって貰えることが嬉しくて、習い事も一生懸命頑張ったし、常に良い子で居るように小さいながらも努力していた。」



それから、小さいながらに両親の不仲にも気づいていた事。

自分の居ないところで揉めているのも何度も目撃したし、母が家の前に来た男と仲睦まじげに車に乗り込む姿も見た。母がその男と会うときに必ずつけていた香水の匂い。その香りがすると、自分は置いていかれるのだと寂しくなった。



父は昔から無口で、用件だけしか話さない人だったけど昔はそれなりに笑ってくれていたらしい。けれど小学生に上がった頃から不仲が如実に現れだして、どちらかが家を空けることが増えた。

母は一緒に居るときはいつも優しかったけれど、それはただの機嫌取りで、愛情からくる優しさと違うのはわかっていた。構ってほしくて声をかけるとうっとおしそうに眉間に皺を寄せた事も多々あった。




「私はそれでも頑張ったのよ。両親が私を心から愛してくれると信じていた。私は小さい頃から両親の機嫌取りを必死にしていたのよ」




確かに、写真で見る梨乃は全て幸せそうに見えた。けれども大きくなるにつれ、その笑顔はどんどんと萎縮していく様にも見えた。小学校低学年の時の運動会で撮られた写真。梨乃は母親の手をきゅっと握って見上げていた。その表情はどこか辛そうで、なおかつ寂しそうに見える。


一緒に写っている母親はそんな梨乃に気づいていないのか、何時もの笑顔でピースをして写っている。この写真に写る二人には温度差があった。いつも同じ笑顔の母親と、どんどん萎縮していく梨乃の表情。




「私、小さい頃からこの両親を見て思ってきた事があるの。なんだと思う?」




急に問いかけられた疑問。昔に思っていたこと。私は黙って考えてみる。

梨乃は昔から孤独と常に隣り合わせで生きてきた。両親からの愛情を受けられずに。



ふと先日の出来事を思い出す。

たまたま学校からの帰り道、何時もと違う道を通ったら保育園があった。お迎えの時間だったのだろう、子供を連れて帰っていく親子が保育園から出てきていた。皆母親にべったりで、嬉しそうに手を繋いで出てきていた。



けれどそのうちの一組の親子は様子が違った。母親は随分とやつれた顔で、早足で付いてくる娘の手を更に引っ張って歩いていく。娘が「ママ、早いよう」と言えば途端に目の色を変えて怒り出す母親。

ノイローゼなのか、その乱暴な物言いと行動は傍目からでも酷く、娘は今にも涙を流しそうな表情をした。けれど、彼女は泣かなかった。ぐっと我慢をして、母に文句も言わずに必死で付いていく。


その光景をぽかんと見ていた時、梨乃がボソッと言った言葉を私は思い出す。




「・・・自分だったら、絶対にあんな顔はさせない」



「そう、流石ね友里菜。私だったら、大切な人にあんな顔をさせたくない」




写真から梨乃へと視線を投げると、梨乃の表情は固くなっていた。怒っているようにも取れるけれど、その目は悲しそうで、じっと私を見返してきた。きっと過去の事を思い出している。



「梨乃なら大丈夫だよ。子供だけに限らず、私達を大切に思ってくれてるよ」




梨乃の髪を梳く。さらさらと流れるようなストレートは手の中をすり抜けていく。捕まえることの出来ない様な気がして、すこし寂しくもなる。




「友里菜、それは違うのよ」




ぎゅっと握られた手の力に驚いて鼓動が高鳴った。

梨乃は私を見ている。その瞳は最近見ていたものとは格段に違う。刺すような、冷たい目。



「梨乃・・・何が言いたいの?」



梨乃は私に言いたいことがあるのだと知る。

何故か?そんなの簡単だ、梨乃が泣きそうな顔をしていたから。


心臓が急激に運動を高める、胸が痛い。呼吸が苦しい。

こんな感覚は久しぶりだった。




「梨乃・・・」



「写真の続きを見ていって」




続きなど見たくなかった。何か、とても重大な事が隠れているのではと心がざわついて仕方が無いのだ。

それでも梨乃の目を見れば進まざるを得ない。そう感じて、漸く写真へと視線を落とす。


次に出てきたのは、中学生の入学式の時だろう、緊張した様子の梨乃が映し出されている。そうして次は学校行事、次は・・・


次々写真へ目を通す。



「私、全く気づかなかったのよ」



次の写真は少し若くなった。小学校のランドセルを背負っている。楽しそうに笑っている。



「今まで、友里菜の表情にずっと違和感を覚えていたのに気づかなかった」



次の写真で最後。


自宅、だろうか。今はもう花は植えられていないけれど、花壇の形は今と同じだった。

小学校高学年だろうか。相変わらずいつも変わらない笑顔で写る母。

その横で手を繋いで写っている梨乃の姿。一見すると微笑ましい写真。



「友里菜さ、私と話しているとき、どんな顔してるか知ってる?」



「え・・・」



写真から目が離せない。

梨乃はどの写真も笑っていた。でも、どうしてもそれがひっかかっていた。

それはこの写真に一番如実に現れていた。

口元は笑っている、目も細めて笑っている。けれど、どこか寂しげというか、悲しそうな・・・




「私はこの写真の当時、もう殆ど諦めていた。けれど両親を嫌いにはなれなかったし、まだ少し希望もあった。“大切にしたかった”から」



隣に座る梨乃を見る。表情は、固いまま。




「友里菜、貴方はこの表情で私を見ているのよ」
















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