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夢みたいだけど、夢じゃない。  作者: 緋色こあ
後学期~終わりと始まり~
35/41

35.前へ進む、ということ





友里菜が好きだ、本当に。



また好きだと言ってくれる可能性はある筈だ。


恋愛感情とはこんなにも自分の心を占領するものだなんて知らなかった。友里菜の前だと冷静さを保てなくなるし、変に緊張してしまう事も知った。それに戸惑いながらもこの気持ちに反する事無く進んでいるけど。




教室の窓辺から空を見上げれば厚い雲が掛かっていて、朝から薄暗いまま。雪は未だ降っていないけれどクリスマス前に一度降るだろうとの気象予報が発表されていたっけ。

木々の葉も枯れ落ちて、今は随分と殺風景で冷たい景色に感じ取れた。窓下にある校内の木々達もこの前まで色鮮やかで綺麗だったのに、今やその面影は無く寂しげだ。




人肌恋しくなる季節、なのかな。


ぼんやりと教師の話を聞きながら、そんな事を考えていた。

















前へ進む、ということ















友里菜の首の根元に付けられた痣を見た時、ゾクリと悪寒が走った。

過去の出来事がフラッシュバックしてきて胸が締め付けられたが、どこか冷静な自分が「あぁ、また同じ事を繰り返したのか」とあっさりと認めて理解した。



最近、友里菜は自分と話すと、ほんの一瞬だけだが泣きそうな顔をする。心の中で様々な葛藤をしている事は十分に想像できたし、それでも自分に今までと変わらず接そうとする努力が見えた。自分が優しくする度、その表情は増えていく。


ごめんね、とそのたび思う。けどもう止める事はしない。




ただ、自分がもう少ししっかりしていたらと思うことは増えた。

玲菜ともあれから連絡を取ってないけれど、彼女が背中を押してくれなければ今の自分は居ないのだ。




「もう少し、早くに気づいていれば・・・」




無駄に人を傷つけずに済んだのにと、柄にも無く後悔する。






十二月も半ばに入った頃。


いつもの様に帰宅して、冷蔵庫の余り物を集めてスープを作って食べて、テレビを見る。熱心に見ることは殆ど無くてBGM程度に流し見をするのが常だが、今日に至ってはどの番組も煩わしく感じられて電源を切った。


静まり返る部屋の中、時折上階から生活音が聞こえてくる。



はぁと一つため息を付いて読みかけの小説を書棚から引っ張り出し、しおりの挟まれたページを開いた。そのまま三ページ程読み進めたが、やはりどうにも乗り切れなくて本を閉じた。




今日はなんだかやる気が起きない。


ごろりと寝転がって天井を見上げて、ここ最近の出来事を思い出す。そして今日の帰りに見たデパートのクリスマス特集を思い出した。なんだか、一人取り残された感じがする。



そんな事を思っていたら、急に携帯電話のバイブレーションが部屋に響きだした。

三回震えて切れたのでメールだろう。寝転がったまま鞄の中に入っている携帯電話を引っ張り出すと、送り主の名前を見て思わず目を瞠った。



玲菜だ。



急いでメールを開けば、そこには一文だけ。今電話できる?とあった。

一瞬迷ったが覚悟を決めて、暗記している番号をプッシュしていく。暫くすると呼び出し音が掛かる。そしてその呼び出し音が三度目を鳴り終わる前に切れた。




「もしもし、加奈?」



「うん。久しぶり」




電話の向こうの声は、以前と変わらずしっかりしていた。その変わらない声に、先ほどまで緊張でがちがちだった心が少しほぐれた気がした。




「元気だった?」



「うん、玲菜は?」



「元気だよ。いきなり電話しちゃってごめんね」



「いいよそんな。・・・何かあったの?」



「あー、うんとね。加奈、最近上手く行ってるかなーって気になって」




えへへ、と照れくさそうに笑う声が続く。その雰囲気に自分の緊張は完全に解けた。

思わず自分も笑うと、玲菜の声も心なしか和らいだ気がした。



今の玲菜には全てを話すべきだと思った。


そうして、玲菜と別れてからの自分の行動、気持ちを素直に話した。玲菜は話を切る事無く聞いてくれて、それが嬉しくて自分もどんどん掘り下げて話していった。




「加奈、随分と話すようになったね」



「馬鹿にするなよー、誰にも話してなかったからさ、つい」



「うんうん、解ってる。それに友里菜ちゃんのことが本当に好きなのも伝わってきた」



「・・・ありがと」



「あのね、今日電話したのには意味があるんだ。というのも私になんだけど。加奈と別れた後はやっぱり辛くて色々考えた。けどね、やっぱり私の行動は間違ってなかったと思ったの」




玲菜の言葉を、今までよりも集中して聞き取る。




「加奈は加奈の意志で幸せになって欲しいって素直に思った。それで私はきっぱり気持ちに区切りが付けられたんだ。今は幅を広げて色々な友達と遊んだりしてるし、その中で新しい恋がしたいって思ってる」



「そっか。それで今日、自分の中のけじめをつけようと思った」



「うん、その通り。お互い、ちゃんと過去のものと思えるようにしたくって」




素直に、玲菜が前向きに行動してる事を聞いて嬉しかった。

それから玲菜が最近気になっている男のことを教えてくれて、それはアリだとかナシだとか女子らしい話を繰り広げて。本当にお互いが過去のものになったんだなと実感した。



寂しさは無かった。寧ろ清々しくて、自分に降りかかっていた靄が晴れた気がした。



二人とも今は片思いの段階だから、どちらが早く恋人を作るかな?とか他愛の無い話ばかりだったけど、そんな会話が全て貴重なものに感じられた。




「「今までありがとう」」




その言葉を笑って言える様になった自分たちは、また一つ進めたのかもしれない。










**












市山さんは、どうやら自分たちの思いに感づいているみたいだ。

だからといって何か言ってくるでもなく、噂をするでもなく見守ってくれている様だ。そしてさりげなく気を使ってくれているあたりが上手い。



そんな市川さんに「煮るなり焼くなり好きにしな」と言われて遠慮なく友里菜にクリスマスのお誘いをした。


無理だと言うものの顔を赤らめて俯く友里菜が可愛くて、握った手を振りほどかないで居てくれたことは嬉しかった。自分はもちろん待つつもり。たとえ友里菜が来なくても。




無事今日の働きを終えて外へと出る。寒さは昼よりぐっと増してはいるが、雲が晴れて上空には星空が広がっていた。


冬の第三角形みたいな名前の星あったよな、とぼんやり考えて視線を向かう道先へ落とすと、二十メートル程先を歩いている友里菜の姿を見つける。

寒そうにマフラーをぐるぐる巻いているが、揺れる手は素手のままに見えた。




「友里菜!」




駆け寄りながら名前を呼べば、驚いたのか目を丸くして振り返る。




「ね、となりのバス停まで一緒に帰ろ?」



「え!えーと・・・」



「うん、そういう事で、寒いでしょ?」




友里菜の手を取って自分の手袋を一つ友里菜に渡す、といっても有無を言わさず右手につけてやる。え?え?と動揺する友里菜を尻目に、次に友里菜の左手を取って、手を繋いだ。




「え?せ、先輩っ」



「こうしてれば両方あったかいじゃん」




繋いだ手をぎゅっと握り込めば、友里菜は口をぱくぱくさせて何か言おうとするが、お構い無しで歩き始めれば言葉が見つからなかったのかまた俯いて大人しくついてきた。


暫く歩いていれば、漸く友里菜が口を開いた。




「あの。先輩何度も言いますけどクリスマスは・・・」



「うん?だから待ってるよ」



「だから行けませんってば」



「こなくてもずううーーーっと待ってる」



「いや!マジで帰って下さい」



「ってことは行って待ってても良いって事だよね?」



「違います!」



「朝凍死してたらごめん」



「うわー先輩の馬鹿―!!」




揚げ足ばっかりとるなー!と叫ばれて、思わず笑いがこみ上げる。笑っている場合じゃないです、ほんとに待たなくて良いです!と何度も念を押されるが、それもことごとく断る。


すると友里菜もこれ以上は不毛なやりあいだと悟ったらしく、うーっと唸ってから静かになった。




「なにライオンみたいに唸ってるの。可愛いんだから」




友里菜もいい加減観念したらしく、自分の言葉に勢い良く笑い出した。




「ライオンって!可愛いよか怖いじゃないですか!」



「子供ライオンですー」



「解りにくいわ!あと“可愛いんだから”って言い方がとてもわざとらしかったんですけど」



「えー本気だったのにー」



「棒読みだとまるで説得力ないです先輩」




ぐだぐだ話しながらも歩は進む。

その間、友里菜はずっと手を繋いでいてくれた。それが嬉しくて、漫画でありがちな「本当に時が止まってくれればいいのに」というフレーズを思い出して苦笑いする。

好きだよ、友里菜。

握った手に気持ちを込めた。









**










「ちょっといいかしら」




その声を聴き間違える事は無い。


週明けの放課後、別館のPC教室の掃除から開放されて歩いている時に後ろから投げかけられた声。



振り返れば、固く閉じた唇に、強い力で此方を見つめる梨乃が居た。




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