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夢みたいだけど、夢じゃない。  作者: 緋色こあ
後学期~終わりと始まり~
34/41

34.異変





十一月末頃から文具館はクリスマス特集として装飾を変え、合わせて年賀商品の入荷と慌しく動いていた。

クリスマスが一週間後と迫ってくれば関連商品の売れ行きが更に伸びる為、ラッピング用品などの補充やお客様対応に追われる。


年賀状用スタンプの検品、それから空いた時間を利用してゴムはんこを作るキットでこつこつ作ったはんこを、商品見本としてポップと一緒に飾る。



この時期は先々に待ち構えている大きなイベントに町全体が活気付いていて、何時もはまばらにしか居ない客足も午前中から絶えず訪れていた。

それでも大きな文房具店に比べれば僅かではあるが。




「今年のクリスマスは、友達と過ごします」



「今年のクリスマスも、でしょ?」




フロア長の市山さんはニヤリと悪い笑みをして私を見やる。




「そうです、どうせ去年もその前もクリスマスは独り身でしたよ。ボスはなんて酷い人なんだ・・・!」



「あっははー!だって楽しいんだもん。ちなみに私はね、ケーキ買って一人で食べるよ」



「・・・市山さん、私達きっと良いことありますよ!」




結局、互いに嫌味を言いあっているのか慰めあっているのか解らなくなってきた。

市山さんには悪いけれど、“友達”は恋人である梨乃の事。

流石にそれは市山さんにも言い出せなくてずっと友達で通しているのだ。



日曜の夕方になれば客足も徐々に少なくなり、フロアからお客が居なくなったタイミングを見計らって、私も掃除を始めていた。

すると階段からこのフロアへと上がってくる人の足音が響く。

すぐ近くでモップを掛けていたので、急いで見えないように移動してカウンター裏へ入った。


けれど、上ってきたのはお客さんではなくて従業員。それも加奈先輩。




「お疲れ様でーす。FAXこっち届いてたんですけど・・・」



真っ直ぐカウンターの市山さんへと話しかけに言って、納品内容について話し始めた。先輩はアルバイトの中でも一番長くてしっかりしているから、皆信頼して仕事を任せている。

普通は他のフロアの仕事を学ばないけど先輩だけは例外。




「ん、わかったわ。ありがとねー」



「いーえ。あ、ちょっと今西さん借りていい?」



「いいよ、煮るなり焼くなり好きにしな」




先輩の言い方に少し悪意を感じて、カウンター裏で心臓が飛び跳ねた。裏へと回ってくる足音。

いや、その前に市山さん、煮るなり焼くなりって私何やらかしたと思ってるんですか。市山さんのノリは大好きですけど。




「せ、先輩なんですか」



「いや、煮るなり焼くなり好きにしろって」



悪意の篭った笑みに心の中で悲鳴をあげた。



「いやいや!私何もしてませんって!」



「どうだかな・・・?というわけでクリスマス空いてるよね?」



「え?え、いや空いてません」



「空いてるよね?」



「私リア充なんで空いてません」




両肩をがっしりと掴まれて、完璧に作られた満面の笑みを浮かべて私の顔をじとっと見てくる。

その威圧感たるや半端なものではない。




「あ、い、て、る、よ、ね?」



「―――――っ」




私の笑顔も引きつってその行為に耐えていると、肩に乗せられた手が二の腕を伝って下りてきた。

そのまま両手を握られて、手の中にかさりと紙らしき感触が落ちてくる。

途端、先輩の表情が何時もの優しい笑みへと変わった。




「ねぇ、クリスマスの夜、ココで待ってる。来るまで待ってるから」



「っ、でも私行けないです・・!」



「いいから、待ってる」




ぎゅっと両手を握られて言われてしまえば、これ以上断る言葉が出てこない。

握られた手を握り返すことも、振り払う事も出来なくて、俯くことが精一杯。



どうしてこんなに、私を思ってくれるのだろうか。

この一ヶ月、先輩は酷く私を気にかけてくれていた。表面上では迷惑な事だと思い過ごそうとしているけど、様々な感情と同時に、嬉しさや胸を締め付けられるような思いを完全に消す事が出来なかった。



私は先輩の目を見てしまうと意志がぶれてしまう最低な人間で。


こうしてわかりやすく求められる事に毎度耐えるのは辛い。

梨乃への罪悪感と、先輩へ申し訳ない気持ちと、昔に置いてきたはずの先輩への想いがぐちゃぐちゃに交差する。






先輩が立ち去ってからモップ片手にカウンターまで出てみると、市山さんがにやりと笑って此方へ振り返る。

もちろん私達の会話は全て聞いていたのであろう。どこまで気づいているのやら。



「あなた達、中々上手くいかないわねー」

















**

















月曜日、いつものように学校へ登校すると、教室には梨乃の姿が。



「梨乃!おはよ」



「あ、おはよー」




ぼうっとしていた様で、声を掛けられて驚いたのか上ずった声で挨拶を返された。

表情が無くて、瞼が重そうだ。




「どうしたの?珍しくボーっとして」



「あぁ・・・なんだか良く眠れなくって」




額に指を当てる仕草はまさに体調が悪そうで、声にも全く覇気が無い。梨乃がだるそうにしているなんて珍しかった。




「なんだか顔色も良くないよ。今日は無理せず帰ったほうが良いんじゃない?今日バイト無いし帰り寄るよ?」



「・・・そうするわ。我慢してクリスマスに身体壊しちゃ馬鹿みたいよね」




途端身体がピクリと反応をしてしまう。

クリスマス、という言葉に過剰に反応してしまうのは昨日の先輩のせいだ。もちろん、メモに書いてあった場所には行くことはない。


ふいに視線を感じて梨乃を見やると、梨乃は鬱々とした表情で私を見ていた。私の表情を読取る様な、据わった目で。その目はいつも暴力を振るう前に見せる目だったので、一瞬にして冷や汗が出る。




「梨乃、どしたの?」




「・・・なんでもないわ」




ぷい、とそっぽを向いて興味なさげに告げる梨乃に違和感を感じた。学校だからとは言え、あまりにも態度が違い過ぎる。

本当は寝不足だけで無く、何かあったとしか考えられなかった。


机の中に入れかけていた教科書をもう一度鞄の中へしまい、カタンという弱い音と共に梨乃が立ち上がる。

その様子があまりにも不安定で、私はとっさに梨乃の腕を掴んだ。




「いいわ、ココで。学校終わったら来て」




ぶっきらぼうにそれだけ告げられて、固まった私の腕を簡単に振り切って教室から出て行く。

その様子と、姿が見えなくなった教室のドアを暫く唖然と見つめてしまっていた。




そんな事が朝にあったのだから、今日一日は授業が耳に入って来ない。今朝の梨乃の態度が気になって仕方が無かった。

一美と咲に何か知らないかと尋ねても全く心当たりは無いというし。二人も梨乃をとても心配していたが、放課後はどちらも用事があって来れないという事だったので、私一人で梨乃の家に向かう事にした。




チャイムを鳴らして暫くするとドアが開く。

そこには今朝の雰囲気を微塵も感じさせない、何時もの笑顔の梨乃が居た。




「お、お帰りー!」



「梨乃!大丈夫なの体調?」



「うん、寝たら良くなったわ」




朝はかなりしんどかったんだけどねー、と笑う梨乃を見て、私の考えすぎだったかと驚いた。

それでもあの様子は変で、今はこうして笑っているけど我慢しているのではという不安は消えない。

居間に入れば暖かい紅茶が用意されていて、大人しくカップに口づける。




「ねぇ梨乃、何か嫌なことがあったんじゃなくて?」



「え?そんなの無いわよ。何変な勘違いしてるのよー」




冗談っぽく言い返してくる声は何時もの梨乃で、少し安心する。

ここまで言うのだから何も無いのだろう、今朝は酷く具合が悪かったから自分の事で精一杯だったのだ。私は梨乃の言葉を信じる事にした。



ソファで座る私の隣にやってきた梨乃に、紅茶ありがとう、とキスをする。梨乃は嬉しそうに「どういたしまして」と可愛らしく笑ってくれた。

それから二人でくつろぎながら、撮り溜めしていた番組を見て、梨乃が晩御飯にと作ってくれていたシチューを美味しく頂いた。




「あ、ねぇ友里菜、これからクリスマスまでの一週間、ウチに泊まっていかない?」



「良いね!じゃぁ明日一旦帰って一週間分の荷物を持ってくる!」



「ふふ、気合十分じゃない」



「だって絶対楽しいもん」




今日の梨乃は終始ご機嫌で、私に対して一切痛い事はしなかった。最近は会えば一度はあったので珍しく、そして何だか新鮮に感じた。




梨乃が二人の時間を大切にしようとしてくれている気がしたから。

私も答えなきゃ、梨乃が幸せでいてくれる様に。




クリスマスへ向けてのカウントダウンが始まった。






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