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夢みたいだけど、夢じゃない。  作者: 緋色こあ
後学期~終わりと始まり~
33/41

33.写真







今年は未だ雪が降っていない。例年より暑い夏だったので積雪量は増えそうだ。


気温はぐんぐんとさがってきて、十二月に入ると氷点下を下回る気温が観測される事も多くなっていた。刺す様な風は冷たく、着込んでいても身震いしてしまう。ここまでくると雪が降った方が体感温度はやわらぐのに、と雪の到来を心待ちにしていたりもする。



暖かいコートを羽織り、高校からの帰り道を友里菜と二人で歩いていた。

白い息を吐き出して、色違いのマフラーをして。私は赤で、友里菜は緑。




「はー、早く梨乃ん家で暖まりたい」



「そうね。今日は昨日より寒く感じる」




陽が沈むのも随分と早くなってきて、もう帰り道には街頭が付き始めている。

人通りも少なくなった路上で私達は徐に手を繋いで家までの帰路を歩いた。





私は知っていたし、気づいていた。

友里菜は加奈と極力関わらないようにしている事も。

その理由も。



でも、私の傍に居てくれるのだから別に良い。








自宅に着いて、堅苦しい制服を脱いでTシャツとスウェットのズボンに履き替える。友里菜も私とお揃いの格好へいつも通り着替えた。

暖房のタイマーを二時間ほど早く設定しておいたので、部屋はとても暖かく、この格好でも全く寒くは無い。



友里菜はキッチンでインスタントのホットコーヒーを作ってきて、居間のテーブルに置いた。

その時Tシャツの裾から、二の腕に残る紫色の痣がちらりと覗く。




「まだその痣、消えないのね」




私が故意に傷つけているのに、こうして意図しない時に見れば酷く心が痛む。

その痣に手を伸ばして触れると、隣へ座り込んできた友里菜の手が私の手を覆うように重ねられる。




「良いの。梨乃がつけたものなんだし、離れてても愛されてるって思えるから」




優しく微笑んでそう言ってくれる友里菜に、私は何時も癒される。

駄目だと判ってはいるのに頭に血が上ればすぐに手を上げてしまう。好きだから。

大切にしたいからこそ、私の想いをわかって欲しくて手が出るのだ。


それを友里菜はわかってくれている。初めて傷をつけた時も、友里菜は笑って許してくれた。

友里菜は私の事を誰よりも好きで居てくれている。




旅行から一ヶ月近く経った今、私達はこういう愛情の形を作ってきていた。感情を包み隠さず伝える事が出来るなんて本当に幸せだと思う。

私達の関係も急速に進展した気がする。友里菜との気持ちでの距離が近くなった気もした。



来週にはクリスマスも控えていて、私は友里菜へ何をプレゼントしようかと先週から考えている。何をあげれば私の想いをもっと伝えられるのか。




「ねぇ、私のこと好き?」



「うん、好きだよ」




ぎゅっと抱きしめられる温度はとても心地よくて、私も背中に腕を回す。

こうして甘えてくる姿は本当に可愛い。




「ねぇ、今日もやろ?」



「いいわよ、薬でしょ?それとも・・・?」



抱きしめられる力が緩まって、お互いの表情を覗き合った後すぐに唇を塞いだ。













**














次の日の夕方、友里菜がバイトの時間に合わせて帰った後、私は家に一人となった。


軽く部屋を掃除して、パソコンを起動させる。

デスクトップのインターネットアイコンをクリックして、ネットへ繋いだ。そしてお気に入り画面からブログへと飛んでいく。



そのブログは私が書いているものでは無くて、私と同じ様な性格の女子が書き連ねているものだ。

好きな女の子の話、一緒に居たときについ手を上げてしまうクセ、それでも共に落ちたいと言ってくれる彼女の存在。見れば見るほど自身と酷似している部分があった。



大量ODしてどうなったかを詳細に明記していたり、リストカットにおいては画像をアップしている。

私はもうリストカットはしないけれど、その画像は私を興奮させた。自分が切っていなくてもその画像を見れば満足できるようになったのだ。


ほぼ毎日更新している日記を見れば、今日もきちんと更新していたので最新記事を開いた。




“人生で何が一番辛いのだろう。

それは周りに罵倒される事でも、社会に認められる事でも無いわ。

最愛の人に捨てられることよ。“




今日の更新はこれだけしか書かれていなかった。

そうか、あれだけ好きと書いていた彼女に捨てられたのね。



「仕方ないわ。貴女が悪いわけじゃない」



“今日は存分に狂ったら良いわ。”

私は彼女のブログに初めてコメントを残して、電源を落とした。




それから暖かいコーヒーを飲んでいると、カチャン、と玄関のドアが開けられる音がした。

友里菜が忘れ物をしたのかと思ったが、この足音は違う。早足で五月蝿いこの音は。


今のドアが勢い良く開け放たれて、現れたのは自分と同じ背丈の派手なワンピースの女。




「あら、梨乃いたのね」



「おかえり、お母さん」



「ちょっと荷物を取りに来ただけだから、すぐ出るわ」




そうして急に現れた母は、ずかずかと歩を進めて、居間から繋がっている母の部屋へと姿を消した。

一ヶ月以上見ていなかったけれど、相変わらず雰囲気も口調も変わっていない。母の姿が見えなくなった瞬間に、我慢していた嫌悪感が思い切り顔に出た。



いつも荷物を取りに来てまた戻るだけ。

今や私にとってただの金づるの女だ。



昔はずっと母で居てほしいと心から願っていた。だからこそ母に認めて貰えるように勉強も習い事も死に物狂いで取り組んだ。

結局、私を子供として大切に見てくれることは無かったけれど。




閉められたドアをボーっと眺めていると、部屋の中から彼女の短い悲鳴が聞こえてきた。一緒にドサっと何かが落ちる音もしたが、私はソファーから微動だにせず様子を伺った。


そうして鮮やかなブランド物の大きいバックを片手に出てきたのは物色し始めてから十分程経った後。

私を見るなり、入ってきた時とは間逆の、取り繕うような笑顔を向けてくる。




「梨乃ーごめん、お母さんちょっと部屋の物出しすぎちゃった。適当で良いから片付けておいてくれないかしら?」



「いいよ。後でやるから」



「ふふふ、やっぱり梨乃は利口で良い子ね。お母さん急がなくちゃいけないから、あとは宜しくね」




私の返事に満足した様で「また来るからね」とお決まりの台詞を残して部屋を出て行く。

どうせ家の前に男の車でも止めているのだろう。本当にただの女。

入ってきた時と同様に慌しく出て行ったのを確認した後、開けっ放しになっているドアの鍵を閉めて、チェーンも掛ける。




「・・・・はぁ」




あの女が来ると、たった数分であろうとどっと疲れてしまう。

それに面倒事まで置いていかれるなんて。

そのまま放置してやりたいけれど、それで評価が下がって自由に使える金が減るのは避けたい。

嫌々だが覚悟を決めて、母の部屋の扉を開けた。



この部屋に入るのはいつぶりだろう。最近は部屋の存在すら忘れていた。

部屋の中はとても質素で、飾りものなども無く箪笥や棚があるだけ。



ただ、半開きになっているクローゼットの下からは崩れ落ちたのであろう書物が散らばっていた。

それらを一つ一つ手に取ってクローゼット内の棚へと詰めていく。昔の雑誌だったり、仕事関連の本だったり、それはもう様々な種類が羅列されていた。



丁寧に片付けて、散らばった数も残り僅かとなった時。

重要性の感じられない雑誌をひょいと持ち上げたとき、間に入っていた数枚の紙が床へと散らばった。




「うわっ、なによ・・・写真?」




良く見れば、この家で小さい頃に飼っていた犬の写真だった。どうしてこんなものが。

写真を一枚ずつ拾って、表を見ていく。そこには立てたばかりの家の写真や、庭で行っていたガーデニングの風景などが写っていた。



次に見た写真は、私と母が笑顔で写っていた。

母は私と手を繋いで、庭で満開に咲いている花達の前で撮ったものだった。


確か、もうこの時には家族は崩壊しかけていたのだっけ・・・。

もし自分にも子供が出来たら、私は絶対に同じ思いをさせたくない。




母の笑顔をまじまじとみるが、老けただけでその表情は先ほど見たものとあまり相違ない気がした。特別何の感情も抱けない表情。


そして次に、そんな母親と一緒に笑顔を向けている私を見た。

小学校の高学年だろうか、身長は昔から高かったけれど、この時はまだ母の肩くらいしか無い。

その頃の私の笑顔を見て、何か違和感を覚えた。

どこかで、こんな笑い方を見たことがある。




―――これって・・・・



そうだ、何処かで見たわ、とても身近で。


記憶を必死に巡らせたが、すぐにピタリと停止した。該当する人物はすぐ近くに居た。




「・・・・そんな・・・」




その“違和感”が何か判った時、私は声を抑えることが出来なかった。

物凄い勢いでこみ上げてくる涙を受け止めるので精一杯だった。






ふと、あのブログに書いていた一文を思い出す。私は捨てられることはない。



でも、私は“捨てられる”まで待つ事は許されないのかもしれない。









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