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夢みたいだけど、夢じゃない。  作者: 緋色こあ
後学期~終わりと始まり~
32/41

32.既成事実






幸せじゃないわ、こんなの。


両手で包み込めるような小さい顔、肌は弾力があるけど柔らかくて滑らかで、小さく熱い唇。

お互いが求めていれば凄く魅力的でその扇情的な様は私を興奮させる。性的欲求が波の様に訪れて自分の心を離さない。



その愛しい姿が今は、私を嫉妬に駆り立てる。


この潤んだ瞳で奴を煽ったの?この濡れ熟れた唇にキスをして、華奢な身体をぎゅっと抱きしめられたの?

私だけのものよ、友里菜は。私は友里菜を構成している一つ一つのパーツ全てを愛してる。

私一人が好きでいたらいいの、他の奴になんて好かれなくていい、寧ろ嫌われてしまえばいい。

そしたら、そしたら、友里菜には私しか居なくなるでしょう?



眼下で動く愛しい人。


乱れた浴衣の裾を掴んで、もう片方の腕は力なく布団の上に投げ出されて。身体にちりばめられた紫の跡は綺麗に色づいていた。潤んだ瞳からは溢れた涙が頬を伝おうとしていて、それを手で掬ってやる。

すると、またあの微笑み方を友里菜はした。




――――たかが他人とキスをしたぐらいで、私は何をしているのかしら




「梨乃・・・好きだよ」


ポツリと聞こえた言葉を聞いて、私は満足げに微笑んでみせた。

これだけ愛を伝えたのだから、友里菜も理解したのかしら。私がどれだけ友里菜を愛しているのかを。


「ふふ・・・私もよ」



どうして、どうして。




――――私はこんな愛し方しか出来ないのだろう。




友里菜の頬に、雨が数滴落ちた。


















既成事実

















短時間のはずだったのに、その時間はとても長く、永遠に終わらないものだと錯覚させられた。

こういう時に限って二人が帰ってくる気配も無かった。



じっとしていれば付けられた痣の鈍痛が強く襲ってくる。

それでも感覚的には夢うつつ、すぐにでも眠れそうで妙に落ち着いていた。

どうしてかも判っている、行為の最中に薬を口移しで何粒も飲まされた。嫌がると首を掴まれぎゅっと締められて、私は慌てて与えられた分を全て飲み込んだ。



私は今回の件で梨乃から距離を置こうなんて思っていない。軽蔑もしていなければ悪印象でもない。

純粋に受け止めようと思った。梨乃は私を愛していてくれてるのだからこう言う事をするのだと。



戻ってきた咲と一美に私が寝てしまったと告げて、梨乃は手早く私の浴衣を直して布団を掛ける。その後に髪の毛を撫でられる。きっと首筋についた噛み跡を隠しているのだ。


そして布団の中に手が入り込んできて、私の手を掴む。先程までの行為が嘘の様な、優しい触り方で。

指を絡められて、私もそれに素直に応じた。




「友里菜、ゆっくりお休み」




優しく振ってきた声に少し微笑んで、すぐに私は落ちた。














**













翌日、無事旅行は終了し午前中には地元に戻る事が出来たので解散することとなった。

解散場所に着くと、咲が不安げに聞いてくる。




「友里菜これからバイトでしょ?何で休み取らなかったのー?」



「いやー、うち人数少ないからさ、今日は変わってくれる人見つからなくて」



「折角温泉で癒されたんだから、さっさと仕事して寝るのよ!」



「ありがと一美、とりあえず頑張ってくるわー!」




そうしてまた明日学校で、と挨拶を交わして帰ろうとすると、梨乃が私についてこようとする。




「あれ、梨乃逆方向でしょ」



「うん。でも心配で」



「ちょっとー梨乃っ!いつもそうやって友里菜についてくんだからっ。今日は許しません」



「そうね、これからご飯に付き合ってもらうわよ!第一心配って言うけど職場すぐそこでしょ?」




動揺する梨乃の肩を背中越しにがしっと掴んだ二人は、そのまま梨乃を連行するために腕に自身の腕を絡める。




「え!?まって私友里菜がぁ!」



「うるさいうるさーい。友里菜、バイト頑張ってね!」




梨乃へ対して随分と冷徹な対応をしていたくせに、私へは満面の笑顔を向けてくれる二人。

そして二人とも早く行け!とでも言う様に顎を前に出してみせた。その様子から察するに、私と梨乃の間に何かあった事に感づいているらしかった。

梨乃は離してーと叫んでいたが、抵抗もむなしく押さえ込まれている。

お礼がてら満面の笑みで三人に手を振って、私は職場へと足を進めた。














「おはよーございます」



コンビニで買った昼食の袋を提げて、休憩室のドアを開ける。

今日はこの時間からは出勤する人が居ないのか、休憩室はもぬけの殻だった。


身体がだるい。昨日は随分飲んだ後に薬を入れたから余計に悪かった。

まぁ、それでも二日酔い程度だから良いとするか。







昼食を食べて同じフロアのトイレに設置してある鏡を覗き込んで、肩に掛かった髪の毛を上げると、そこには未だ生々しい噛み跡が残っていた。

随分と派手に変色していて、治まってきた痛みがぶり返すような気がした。




「これ・・・いつになったら消えるのかな」




別に消えなくても良いのかもしれない。

消えてしまったら梨乃が悲しむ気もするし。



シャツの袖口をめくりあげれば、肘上すぐの所にも同じく痣がある。

こちらはまだ首筋よりも内出血は少なくてホッとため息を付いた。




その時だった。


急にトイレ入り口の扉が開いて、人が入ってきたのだ。

あわてて捲り上げた袖口を引きおろして、掛けていた髪も耳から下ろして振り返ると。




「せ、先輩」




今一番会いたくない人がそこに居た。




「びっくりした!お疲れ様です!」



「こっちもびっくりした。おはよー」




はにかんだ笑顔を見せてくれて少しホッとする。どうやら痣は見られていないようだった。

トイレは狭くて個室も一つしかなく、手洗い場も十分なスペースが無い。

なので端へ寄って先輩が入りやすく空間を作る。


ありがと、と一言かけられて先輩が中へと入ってきて、個室のドアに手を掛けた。




「ねぇ友里菜」



「はい、何です・・・っ!」




返事をして個室へ振り返った。急に腕を掴まれて、有無を言わさず個室へと引きずり込まれたのだ。

力強く引かれた反動で個室内へ入ったと同時に先輩にぶつかるが、そのまま抱きしめられた。

驚きで刹那何が起こったか判らなかったが、現状を知って慌てて身体を引き離す。




「き、急にどうしたんですか!?」



「隠せたとでも思った?コレ」




首元の髪の毛を払われて、痣の部分にそっと触れられる。

先輩は全く気づいていない素振りをしていたので私は気づかれていた事に驚きを隠せなかった。

その真剣な表情ときつい口調に我に返り、慌てて言葉を探し出す。




「これは、犬に噛まれただけで梨乃じゃっ」



「別に梨乃がつけた、なんて言ってないけど?」



「っ・・・」




先輩の前だとどうして墓穴を掘ってしまうのだろう。

言い返された言葉へ反論出来ず、先輩の目を見ていられなくて所在無げに目を伏せた。




「別に怒っている訳じゃないんだ」




頭をポンポン、と撫でられる。どう見ても怒っているようにしか見えなかった表情が、次に目線を上げた時には不安まじりの目で微笑んでいた。




「友里菜に傷ついて欲しくないんだよ」




優しく頭を撫ででいた手は頬へと移る。優しく触られて、私の好きな香水の匂いが鼻を掠めた。

その暖かいぬくもりと優しさに包み込まれて、私は思わず表情を崩してしまう。



先輩のその優しさに、私はどうしても揺すられるんです。

胸がぎゅうっと締め付けられる思いにさせられるんです、望んでなんかいないのに。


思わず泣きそうになるのをぐっと堪えて、奥歯を噛締める。

収まらない高ぶりが本当に憎らしくて仕方が無い。




「先輩・・・私は全然大丈夫ですよ」



「あっ、ゆりなっ!」



「でも、心配してくれてありがとうございます!」




不意を付いて個室の鍵を開けて、そのまま勢い良く飛び出した。心配してくれた先輩を無下になど出来ないからきちんと御礼は言う。逃げながらだけれど。



このまま一緒に居てしまったら、私の決意が崩れてしまうから。







帰り際、更衣室で荷物を取ろうとロッカーへ行くと、自分のロッカーへ薬局のビニール袋が掛かっていた。

中を見れば、冷却シートと使い捨てカイロが入っていて。それと四つに折りたたんだメモが一つ。



“まずは腫れが引くまで冷やして、それから身体を暖めるんだよ。無理はしないで”



その字は先輩のものだと直ぐにわかった。

その気持ちが嬉しくて、でも誰にも気づかれたくは無くて。

ビニール袋をぎゅっと握りしめるしか無かった。








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