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夢みたいだけど、夢じゃない。  作者: 緋色こあ
後学期~終わりと始まり~
30/41

30.湯けむり旅行!




先輩には自分の気持ちを見せない。

それが精一杯だった。

これ以上大切な人を突き放す事が出来なかった。



それでも、私の本気を、梨乃を思うなら揺るがすことは絶対しない。














湯けむり旅行!














一時間半程山道を走ったバスを降りれば、宿の玄関口に仲居さんが立っていて中へと案内をしてくれる。建物に使われている梁や桁には年代物であるだろう立派な木々が張り巡らされていて、エントランスの天井はとても高い。

中に入るとふわりと檜が香り、上質な落ち着く雰囲気を感じさせた。




「うわぁー、立派な所だねー!」




咲と友里菜は見上げてすごーいと声を上げていて、その後ろで一美は梨乃に感謝を告げる。




「予約待ちして正解ね。梨乃、ありがとう」



「どういたしまして!本当に運がよかったわ」




受付を済ませ、担当してくれる仲居さんに部屋へ案内をしてもらう。風呂へは少し遠い場所となっていたが、部屋は写真通りに綺麗な畳の和室となっており文句など無い。それどころか、入った瞬間から咲と友里菜は大はしゃぎで、仲居さんは子供を見るような目で二人を微笑ましく見ている始末。友里菜がこんなにはしゃいでいる姿は珍しかった。




「ほーら、説明してくれるから聞くわよ!」



「「はーい!」」




四人仲良く座布団に座り、お風呂の場所や浴衣の場所、食事の時間などの説明を聞く。

食事処は館内に二つあり、和洋どちらも楽しめるという事。私達の予約プランだとどちらでも問題は無いらしい。


仲居さんが説明後に退室した後は、一美がお茶を入れてくれて四人で温泉饅頭を頂くことにした。




「んー、おいしー!」



「はー・・幸せだわ。もう隠居したい」



「友里菜、あんたいくつなの。ま、とりあえず一息ついて、食べ終わったらぶらりと外を回りますか!」


梨乃の言葉におーっと威勢よく腕を上げて、三人は目の前の甘味をペロリと平らげた。
















「・・・ねぇ、その木彫りの熊はどなたにあげるの?」



「え?もちろん親戚にばら撒くわ」




宿の近くのみやげ物屋。


一美が大量の木彫り熊の置物を買い漁っていて、三人は驚きを隠せない。

確かに木彫り熊はこの地方の名物ではあるが、一美の親戚って皆近場の人だよね?でも喜ぶんだろう、いやそうなんだろう一美が買うという事は。


笑顔でそれらを自宅に送る手配をする姿を見て半ば強引に自身を納得させる。一美が手続きしている間、三人で食品コーナーをぶらつく事にした。




「あたしは無難に温泉まんじゅうかなぁー」



「便乗。やっぱ食べ物は買っていくと喜ぶし」



「だよね。梨乃は親戚にあげるの?」




咲が話を振ると、梨乃は眉間に皺を寄せてうーむと悩んでみせる。

友里菜がはっとして口を開こうとするも、それを梨乃は目線で制して口を開いた。




「親はともかく、親戚には会わないしなー」



「じゃぁ一番得じゃん!自分の好きな物いっぱい買えるなんてっ」




ぎゅっとお決まりの如く梨乃の腕に抱きつく咲に、梨乃と友里菜はため息交じりに微笑んだ。

それから買い物したり、近くに偶然見つけたゲームセンターでプリクラを取って思い出をまた一つ残してみたり。




「はーい、皆幸せそうな顔してー!」




一美がデジタルカメラを斜め上に掲げると、ホットクレープを片手に持った三人が集まって、幸せそうに顔を歪ませる。撮った写真を直ぐに確認すれば、一様に渾身の変顔をしていて笑いがこぼれた。


今回の一番は一美。普段の整った顔をどう変形させればこんな面白い顔が出来上がるのか。

今から現像が楽しみだと口々に笑った。





そうしてわいわいと遊んでいれば時間の経過は早く、すぐに夕食の時間となる。

事前に伝えていた時間に和食所へ入れば、個室となっている部屋の一つへ通される。

と、ここで梨乃が一言。




「ねぇ皆、私は予約の時点である事をしておきました。ヒントは高校生に見えないこのメンバー」



「えぇ!なになに、わかるようなわかんないような」



「解った!さすが梨乃、そういう抜かりない所好きよ」




一美がにこりと笑えば、少し照れくさそうに梨乃が笑った。

友里菜は隣でその反応を見てニヤニヤと意地悪く笑っていたが、それに気づいた梨乃がひじで小突く。




「入館時に身分証明いるかと思ったんだけど確認されなかったのよ。なので予約時に入力したまま、私達は今二十一歳よ!」



「おー!さすが梨乃だっ!よし、まずは生ビールから責めますか!」



「おっけー、でもはしゃぎすぎないこと!あくまでココでは大人しくね」




一美が保護者の様に咲に語りかけると、はーいと元気に声を上げる。

これから一番楽しみなお風呂が待っているからねと言って、二杯まで!と逆に咲が指定しすれば、今度は一美が抗議の声を上げた。



夕食は一つ一つ運ばれてきて、豆腐とあられの様な菓子に餡を絡ませた創作料理や、近くの土地で取れた刺身のお造り、鍋等が並んだ。初めて食べた味もあったがどれも美味しく、四人とも残さず頂いた。


普段食べない料理に興味津々で、感想や驚きを言い合って食べる姿はまさに高校生だっただろう。

個室だからこその会話を存分に楽しんだ。









**









「き、きもちぃー・・・」



念願のお風呂。

大浴場はひろびろとしていて四つ程風呂の種類があり、露天風呂は二種類となっていた。室内風呂に煌々とした明るさは無く部屋よりは数段明度が落ちる。それがまた上質さを引き出していた。



先に露天風呂に移動してきた友里菜と梨乃は、手前にある源泉湯へと浸かっていた。直接肌に当たる風は随分と冷たいものだが、それが湯で火照る身体を冷ましてくれて良い塩梅だった。


食事の時間のピークと重なっているのか、室内にもそれほど人は居ない。

そして露天に至っては二人しか先客は居なかった。

その二人も、しばらくすると湯から上がり室内へと戻ってゆく。




「おー、貸切になっちゃった」



「泳いでいいわよ?」




梨乃は冗談で言ったつもりだったが、やった!と声を上げて友里菜は身体を移動し始める。

ぱしゃぱしゃと小さな水の抵抗音と共に気持ち良さそうに足を動かした。




「ふ、まさか本当に泳ぐとは思わなかったけど」



「でしょ。梨乃の顔みたらすぐに解ったよ」




離れていく友里菜を追おうと梨乃が立ち上がって、大股で水を掻き分けて進む。

そうして大きな岩陰に隠れた友里菜を捕まえると、もう一度肩まで湯に浸かった。




「最高だね、こうして大切な人達と旅行できるのって」



「うん。ここに転校してきて本当に良かったなってよく思う。それに友里菜にも出会えたし」



「あたしも、梨乃が転校してきてくれて良かったよ」




蒸気した頬を持ち上げて微笑む友里菜の表情に、また梨乃は恋をしてしまう。

そっと友里菜の頬に掌を添えて、キスをする。




「旅行中はこういう事が出来ないのだけ、不満だけど」




その言葉どおり不満そうに頬を膨らまして呟く梨乃の頭に手を置いて、お団子にしてある梨乃の髪をわしゃわしゃと崩してやる。するとすぐさま短く声を上げて手から逃れた。




「もー、言うと思った!」



「だってー!もっとベタベタしたいわ」



「可愛いこと言いやがってー」




友里菜の腕に自身の腕を絡ませてまだ拗ねた声を出す。

その仕草がやけに子供っぽくて、友里菜も絡められて腕に力をこめて絡め返した。

湯とはまた違う温度が腕から伝わってくる。



口を開いたのは梨乃だった。

今度は拗ねた声などではなく、いつもと同じような話し方で。




「ねぇ・・・友里菜。この前、本当に加奈とは何もなかったの?」



「え・・」




急な質問に唖然とした友里菜の瞳は、次の瞬きの後には明らかに困惑したのが見て取れた。

たとえ一瞬の動揺でも、それを見過ごす事など梨乃には出来ない。




「ちゃんと話してほしい。お願いだから」



「いや、ほんとに特別何かあったわけじゃ・・」



「いいから!」




梨乃が声を張り上げた直後、室内浴場へ続く扉が開かれた。チリン、と扉に付けられた鈴の音にはっと我に返り入り口を岩陰から覗けば、咲と一美が入ってきた合図だった。




「あ!そこに居たのかぁ!誰も見当たらなかったから焦っちゃったじゃん!」



「あー、ごめんごめん。この場所眺め良くってさ」




咄嗟に友里菜が咲へ理由を説明するが、その時の表情を梨乃は不審に思わずには居られなかった。


強張った表情が緩んで、助かったとでも言いたいような、安堵の笑みを浮かべていたから。




胸に軋むような痛みが走ったけれど、それは出してはいけない。

先ほどまでの話はまるで無かったかのように話して笑って、四人で十分風呂を満喫したところであがることとなった。




その後も変わらずで、部屋に戻って購入してきたお酒とツマミで飲みなおし始める。

四人での会話は白熱し始めて、咲が過去の男達のクセや夜を共にした際の具体的な話を急に語り始めたり、一美が絡み酒の如く一人ひとりに絡んできては諭すの繰り返しだった。


それもまた楽しくて、特に一美の酔っぱらい姿は素面時の面影など全く無く、口悪く絡んでギャグを連発してくる度に腹を抱えて笑った。友里菜も同じで荒い呼吸をしながら更にネタを重ねてくるので、部屋は一時笑い地獄と化していた。




楽しい時間の最中でも、梨乃はどうしても友里菜の動揺した表情が脳裏に焼きついて離れなかった。

それでも疲れて酒も入った身体では何も良いアイディア等出てはこず、そのまま眠りの闇へと落ちてゆく。






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