3.転校生
金曜日は次の日が休みとあって、生徒は惰性で乗り切ろうとする。
それでも今日は皆いつもより浮き足だっている気がして、何かあったのかと未だ覚めない頭で考えながら教室へと入った。
「あ、友里菜!おはよーっ」
入り口近くの咲の席にはもう本人が座っており、あいさつを交わす。
「おはよ!ねぇ聞いた?今日転校生が来るみたいよ、しかも私達のクラスなんだよー!」
「まじか!そういえばそんな事言ってたね。どーりで皆そわそわしてるワケだ。」
転校生が来るかもしれないという事は聞いては居たが、どのクラスかも日時もまだ未定だと聞いていた。
急遽今日に決まったらしい、女の子の転校生。
どんな子なんだろうねー、と周りはその話で持ち切りだった。
話で盛り上がれば、直ぐに時間というものは過ぎて、朝のHRへ。
担任の後ろから入ってきた美少女を、私はまじまじと見つめてしまった。
髪の毛は肩下までの黄色がかった茶色のストレート。身長は170センチメートルまではいかないけれど、クラスで高い方に入る私よりはありそうだ。
手足が長く、細いんだけれどもしっかりした腕で、色白。
高校生とは思えない大人っぽい容姿。
瞳は綺麗なんだけれども、全てを見透かすような、そして少し暗い影を持っている。
「佐和田梨乃です。隣町から越してきました。部活は以前までテニス部に入っていました。宜しくお願いします。」
笑顔であいさつする彼女に、クラスメイトからは大きな拍手が送られる。
可愛い、綺麗という声がその中に混ざって聞こえてくる。
私も便乗して、綺麗な人、と漏らす。
商業高校なんて男っ気が無い場所に来るのがもったいないと思った。
「じゃぁ、席は窓側後ろね。」
はい、と返事をした彼女は、すっと綺麗な歩みで自分の席まで行って、周りのクラスメイトに軽く挨拶をしていた。
その話し方を聞いていれば、しっかりしているなぁと思えて。
これから少し、学校生活にも花が加わるな、と暢気に考えているうちに、HRは終了した。
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「復活した咲は、なんと友里菜の元カレに手を出しました」
昼休み、隣のクラスから来た一美は私に向かって第一声を投げつけた。
それは私の知らない事実で、一瞬自分の耳を疑った。咲はさっと表情が変わって一美の腕を掴む。
「・・・・は!?」
「一美っ!ダメだよっ」
咲は一美の腕を掴んだまま揺すって抗議するが、そんなことはお構いなしで一美は続けた。
「友里菜と仲良いのを知って、元々面識のない咲から伝って友里菜に繋がろうとしていたのよ。だけど咲が食っちゃって、しかも色々と手を回したみたいだから、友里菜へ連絡出来る立場じゃなくなっちゃったみたい。」
「・・・それ言わないでって言ったのにー」
半泣きになって拗ねる咲。
咲は私が元カレに暴力を受けて別れた事を知っている。
高校の前学期だったから、もう随分前の話だけど。二つ上の彼だった。
私は別れを告げた後すぐ連絡先を変えて、奴の前から姿を消した。
だけど、急な別れに納得できなかった彼は私をつけまわした。最低男。
もうずっと音沙汰がないし彼女が出来たと聞いていたから、もう関わる事がないと思っていたのに。
咲は、咲のやり方で私を守ってくれたのだ。
「咲・・・あんた、怪我してないの!?大丈夫だった?そんな事して・・・」
思わず声の調子に拍車がかかる。
ぎゅっと咲を抱きしめれば、大丈夫だよと優しい返事が返って来た。
私の頭を慣れた手つきで撫でてくれる。
「それに意外とセックス上手かったから、飽きなかったし」
「ぶっ・・・!ちょっと!そこは特に聞いてない!」
不意打ちで爆弾を投入されて思わず噴出して笑ってしまう。
そうして「だから大丈夫だよ、ね?」と言われれば、頭をかき回すしかない。
「ちゃんとそういうときは言うんだよ!大切な親友なんだからね、咲」
「わかったよーう!そうさせて頂きまーす」
「一美も、教えてくれてありがと」
一美に向き直ってお礼を言えば、いつものきりりとした表情を緩めて、やわらかく笑った。
彼女の正義感というか、筋の通し方は本当に好きだ。
「うん、当たり前でしょ。」
やっぱりいつも思う。この二人は、本当に大切な友達だ。
私には大切な人たちがいるから、寂しくないのかもしれない。
さっ早くご飯食べるよ!と一美に促されてやっとお弁当に箸を伸ばす。
その時、視界の端に入った人影がそのまま私達の所へと近づいてくるのを感じた。
そして声が掛かる。
「あの、良かったらお昼一緒にして良いかな?」
見ればあの美人転校生がすぐ目の前に立っていた。
両手で自身の弁当箱を持って、少し遠慮しながらも微笑んでいて。
一瞬驚いて三人とも固まったが、すぐに咲が口を開く。
「マジで!?やったー!もちろんだよっ」
ニコニコと席を一つ詰めれば、ありがとうとお礼を言って梨乃が空いた席へと座る。
一美もニコニコ笑って迎え入れ、当然私も一緒で。
転校初日から話せるなんてラッキーな事に変わりは無い。
「こんな変態の集まりと一緒に居てくれるなんて、いいの?」
私が咲と一美を交互に指差して告げれば、彼女は笑顔を私に向けてもちろん!と答えた。
嬉しそうに微笑む彼女はまさに天使そのもの。
「なんだか遠目で見ててとっても楽しそうだったから、是非友達になりたくて」
「なんか・・・穢すなよお前ら」
「大丈夫よ、元から私達穢れてなんていないから」
いつもより大きい声で笑う一美をじとっと睨みつけ、ようやく自分の弁当に手を着け始めた。
彼女は、やはりしっかりしていると思った。
色々と自身の事も話してくれた。
両親の転勤でこちらへと引っ越してきたらしく、以前も商業高校へと通っていたので同じ商業のここに編入を決めたらしい。
中学時代はテニス部で、高校もやっていたけれどウチでは考えていないんだとか。
梨乃はスポーツをやっていた人に多い、さばさばしていてノリの良い性格だった。
「へー。ってかさ、めっちゃモテたでしょ」
「全然。女子高だったから、男子とは関わる機会がなかったしね」
「「「もったいない・・・!」」」
「でも、女子からは告白されたりしたよ」
三人同時に発した言葉に面白くなったのか梨乃が笑いながら言うが、その驚きの一言にまたも三人で「マジで!?」と同じ反応をする。
「そんな事ってありえるの?聞いた事無いわー」
「女子高だからね。しかも私達の高校はそういう子が多くて、女子同士で付き合ってるカップルも居たし」
「信じられない・・・この高校では考えられないわね、皆男おとこって感じだわ」
一美の発言に私と咲はうんうんと頷く。
確かにウチの高校では聞いた事がなくて、隣の工業高校の男子を狙っていたり、学校祭で捕まえた相手と合コンしてみたりだ。同じ商業高校でもここまで違うのか。
私も女子同士には驚いて、そういう世界もあるのだな、と関心してしまった。
その影にちらほらと先輩が居たのだけれど。
というか、女の子に告白されたことはわかったが梨乃は断っていたのだろうか。
それとも、そう、もしかしすると付き合っていたのだろうか。と素朴な疑問も浮かんだが、初日から追求する事は無いだろうと言葉を飲み込む。
「女子を好きになるのかー。なんか秘密めいた感じだよね」
「友里菜、女子に転向したら?そういうの似合いそうだし」
急に指をさしてくる一美。似合いそうってワケが解らない。
「なにその理由。確かにあたしは男オトコって色気づきませんけど」
「だから、女だったらいけるとか」
「な・・・!よし、じゃぁ彼女作るかな。手始めに一美、やらせろ!」
「なんであたしよ!」
「言い出したのが一美なんだから、責任とりな!」
ぎゃぁぎゃぁと騒がしくなり、食事が全く進まなくて。
穢すなよとか言っておきながら、その本人がえげつない事を言っているので引かれてないかと梨乃を見れば、じっと目があって、そしてにっこりと微笑まれて何だか照れてしまった。
そのあとも何だか見られている気配がずっとあり、その視線が痛い。
漸く食べ終えれば、もう予鈴が鳴る時間。
「なんだか新鮮だったねっ!またご飯一緒しよー!」
咲に私と一美も賛同する。
梨乃は嬉しいと言って承諾してくれた。
今日からお弁当を始まりにして友達関係を築ける事になったのだ。




