24.事態
自分は最大の理解者を手放してしまった。長く一緒に居てくれた大切な人を。
玲菜には本当に感謝している。
そして、彼女が自分にどうしてほしいのかもわかっている。
一度傷つけているのだから、もう友里菜は先へと進んでしまっているかもしれない。
それでも自分のペースでゆっくりと、もう一度だけ歩み寄る覚悟を漸く決めた。
もう十月の終わり。少し前まで緑でいっぱいだった風景もがらりと色を変え、日本の北に位置するこの地域では一番の紅葉のシーズンを迎えていた。
事態
いつものバイト先の休憩室。最近は以前の穏やかさを取り戻しつつあった。
一つの大きな要因は、梨乃が先月いっぱいで辞めていったこと。
勉強に力を入れるためと当たり障りのない理由を述べていたが、あれは何かある。そんな気がした。
友里菜が居るこの職場を辞めるメリットは謎のままだ。
「・・・なんか痩せた?」
「え?わかります?」
「うん・・・というか、やつれた?」
それにしても、友里菜はここ一ヶ月程で急に痩せた。元から痩せていたが、また顔周りがほっそりした。心なしか顔色も以前より悪くて何か不安にさせられる。
「んー、検定の勉強で最近遅くまで起きてるからですかねー」
問いかけに対する反応はいつもと変わらない。
確かに情報処理の検定も近いので勉強はしているのだろう、今年の二年生は随分真面目な子が多いし。
けれど、もしかしたら自分のせいか、梨乃と何かあったのではと思ってしまう。それは考えすぎに入るのか。
「ね、今日の夜ご飯行かない?奢ってあげるよ」
「え!めっちゃ行きたい!・・・んですけど、今日はちょっと用事があって。また別の日に行きたいです!」
「そっかー、うん、じゃあまた近いうちにね」
「はい!じゃぁそろそろ降りますね!」
慌しくリュックに荷物を詰めて、友里菜は椅子から立ち上がる。
最近はこうして断られる事が多い。学校でも会わなくなったし、バイトが終わるとそそくさと店を出て行ってしまう。やはり新しい人でも出来たのか、と考えてしまう事もよくあった。
その時だった。友里菜のリュックのベルトがテーブルの角に引っかかった。その弾みで友里菜は鞄を掴む手を離す。その口が開いたままのリュックは、真っ逆さまに足元へと落ちていった。
その弾みに詰めたものが盛大に床にぶちまけられる。
「うああ!やっちゃったー」
「随分盛大にやったねー。さ、拾おっか」
「あっ、すみません」
焦って落ちた荷物を次々に拾い上げてリュックに詰めなおす友里菜の隣で、自分の近場から散らばったアイテムたちを拾っていく。
その中に、半透明のケースがあった。
薬を入れているらしく、頭痛薬などが随分多めに入っていた。
――――あれ?
「先輩、ほんとにすみません!助かりました!」
「ん、どういたしまして。ねぇ・・・友里菜ってこういう薬よく飲むの?」
拾い上げたものを渡す時に、ドラックケースを見ながら渡す。
そしてそのまま目線を友里菜に上げると目が合うが、予想外に、いや、予想通りに表情を固くしていた。
その表情は、過去に見たことがあるものだった。
そして苦笑いを浮かべて目を反らされる。
「あー、そうなんです。最近また風邪っぽくて」
すぐさまリュックに全てをしまって口を閉めて立ち上がる。急がなきゃと平然を装うように呟いて、部屋を出て行った。
過去の情景が頭に浮かぶ気がした。
いや、浮かんだ。梨乃と友里菜の反応がシンクロしていく。
同じ名前の薬、色や特徴的な形。
最悪の状況が見えた。
**
「よっしゃー終わったー!」
土曜日の昼に差し掛かったところ。試験会場は高校三年の教室。無事終わった私達は教室を出て、先に待っていた一美と咲と合流した所だった。友里菜が両手を挙げて晴れ晴れとした表情を見せていて、顔に似合わず男らしい声を上げる。
「お疲れさまっ。二人ともどうだったー?あたしは多分いけそう!」
「咲が大丈夫なら一美も同じね。私もそれなりに勉強したし大丈夫そう。友里菜もこの通り頑張ったみたいだし」
「友里菜も随分やつれちゃったけど、これでまた元にもどるわね」
「ほんとねー。苦手科目ってのは知ってたけど、結構根詰めてやったんでしょ?」
一美が少し心配そうに友里菜を覗き込んでいて、咲もその言葉に便乗する。
確かに友里菜はきちんと勉強していたけどね。
二人が心配していたのは知っている。
ただ聞いても友里菜があっけらかんと笑って返すから特段それ以上は言えなかったみたいで。友里菜が最近痩せたのは検定試験に向けて気を張って勉強していたからだと思っているし、本人も都合よくそう言っているから。
「あったり前でしょ!でも食べ過ぎて前より太らない程度にしまーす」
調子に乗って食べたら反動がやばそうだよねー、と三人で雑談している中、私は会話に混じらずに微笑ましく友里菜を見ていた。
やつれていても友里菜は可愛いし綺麗。
それにはけ口が出来たお陰か、見た目こそ痩せてはいたが精神はわりと安定している様に見ていて思う。前みたいにボーっとする事も減ったし。
楽しくトリップしている間は何も考えなくていいのだから。
それに飲まない日だって多くあるし、その日は勉強に集中すれば良いだけの話。最近は忙しくしていたし食欲が抑えられているみたいで、晩御飯を食べない事もよくあるみたい。
その中でも私の最大の嬉しい事は、頻繁に私の家に来るようになった事。
一緒に勉強したり、飲んで遊んだり。私と友里菜でしか共有できないこの遊びは本当に麻薬だった。友里菜は最初こそ躊躇いはあったものの、すぐに何事も無いように飲んでは楽しがっていた。
友里菜は変わった。
危険とかやってはいけない事だと理解をした上で、それを楽しむようになっていた。
考えたくない、ぐずぐずしたくない、弱い自分から目を背けたい。
そんな感情が入り混じって、最近は落ち込む感情を忘れたかのように、その感情を麻痺させた様に笑う事が多くなった。
学校での明るく純粋そうに笑う友里菜も好き。けれど、飲んで遊んでいる時の友里菜はそんなもんじゃない。くだけておかしくなったように笑う友里菜はうっとりする程綺麗だった。私しかしらない、私だけの友里菜。
ココまでは完璧に私の思い通りだった。
後は、私を好きになってもらう事だけ。
加奈の事を過去の人間にしてあげるだけ。
バイトを辞めて時間を作れるようになったから、友里菜がより家へと来やすい様になる。金ならわりとある家だから薬を調達するのにも何ら問題はない。親は金だけは自由に与えてくれるから。
**
学校帰り、いつもの様に友里菜を家へと招いてテレビをつける。今日はDVDを見ようと約束していて。
あくまでそれがメイン。
「友里菜―、試験終わったし、今日はやらない?」
「んー?いいよ、今週は勉強ばっかで全然やってなかったね」
「じゃぁ今持ってくるわ」
「え?でも今日DVD見るんでしょ?見てからじゃないと忘れちゃうよ」
「別に今日のは忘れてもいいの。それに体験談なんだけど、飲んでから見た方が色々と面白い」
私の言葉に友里菜は納得した様で、こくりと頷いてソファーに座り込んだ。
私はディスクと薬を持ってきて、キッチンでグラスにジュースを入れる。
そして錠剤を薬包紙に包んで、ジュースと一緒に差し出す。
「ありがと・・・あれ?いつもより多くない?」
「たまには良いでしょ」
「えー、この前みたくまた健忘おこしちゃうよ」
いいからいいからとぐいぐい勧めると、何かあったらちゃんと面倒みてよねとお願いしてきて、薬を数錠手に取り口に放りこんだ。それを確認して思わず微笑む。
友里菜の健忘が発生するときは、決まってある睡眠導入薬を一定量飲んだ時に出ていた。
それに気づいて何度か調整して渡していたけど、今までは確実にコントロールできている。
そして今日は、その量に少しプラスして飲ませる事にした。
私は軽めに飲むわねと告げてキッチンに戻り、整腸剤を取り出して適当に飲んだフリをする。
何も飲んでないのにドキドキと胸が高鳴る。
興奮が抑えきれない。
はやく、薬が効きますように―――。