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夢みたいだけど、夢じゃない。  作者: 緋色こあ
後学期~終わりと始まり~
23/41

23.中毒初期



「とりあえずは、雪が降る前に温泉旅行に決定ね!」




温泉で紅葉を見ながらリフレッシュする!という高校生らしくない落ち着いた考えで、最終的にまとまった。

梨乃の家のリビングで缶チューハイを飲みつつ二人で寝転び、ノートパソコンで宿泊先の宿を閲覧しながら。

風呂上りの火照った体にフローリングの冷たい温度は丁度いい。


行く場所は何処にするか、金額的に出せる金額で、どこまでグレードを高く出来るかなど一つ一つ見ていく。

だらだらとネットサーフィンをしながら予定を考えるのはとても楽で楽しい。




「咲とか男引き連れてきそうだよね、合コンも兼ねて!とか言って」



「確かに。それは私が全力で止めさせてもらうわ」




そう言って笑う梨乃は、何だかんだで男子との接点が無い気がする。

梨乃から過去の男の話も出た事が無いし。




「そういえば、梨乃って男と付き合ってたことはあるの?」



「あ、うん。それなりに経験はあるね」



「やっぱりそうだよねー。なんか梨乃から男の話が出た事無いから気になって」




すると梨乃はニヤリと笑ってこっちを見てくる。私は何か墓穴を掘ったのか。

ずいずいっと元から近かった距離を更に狭められて、驚いた私は何よと声を上げる。




「なに、私の過去が気になる?興味ある?」



「え!?や、やっぱね、そりゃ気になるから!梨乃って自分の事あんまり話さないし!」



「そうか、気になるのか、恥ずかしがらずにちゃんと言いなさいよね」




肘で私を軽く小突き、ニヤニヤからニコニコへと屈託の無い笑みへと変わる様を見て、梨乃の機嫌が良くなったことは明らかだった。たまに判りやすい反応をしてくれる所はとても可愛いと思う。

私もドキッとしてしまう程。




「初体験は中3。普通でしょ?それから何人かと付き合ったし、セフレ関係になっていた人もいた。こっちに転校してくる前にそれは全部切ったんだけどねー」



「いや初体験早い方だよね。ってか最初の頃、男と関係もつ機会がないって言ってたくせにー。なんか咲と近いものを感じるわ・・・。てことは、梨乃は男も女も好きになるの?」



「まぁそうなるね。でも最近は男より女に目が行くわ。それに男とは中学以来まともに付き合ってないかも・・・」



「すごいなー。とりあえず私には出来ない芸当だよ」



「ふふ、でも友里菜を好きになってからは一度も浮気してないのよ?これは褒められるべきじゃない?」



「いやいやその前に付き合ってないからね」




そりゃ梨乃の事だからそれ相応の経験はあるんだよな、と思った。

それに、梨乃はそういう時に男と同じような雰囲気を醸し出すと思う。経験上そうなるのかな?攻め方というか、なんというか。思い出すだけで恥ずかしいけど。


そして私も私で、好きで居てくれた期間は他の関係を持っていないという事に少し嬉しく思ってしまう。




「・・・でも、浮気してなかったのは素直に嬉しいかも。梨乃もしっかりできるのね」



「当たり前でしょ!友里菜、やっぱあたしと付き合う?」



「いや遠慮しておく」



「どうしてよー!無理強いはしないけどー」




ぶつぶつと不貞腐れて文句を言う梨乃が何だかとっても可愛く見える。

ごめんごめんと笑って、頭をがしがしと撫でれば「仕方ないなー」と笑みを返してきた。

こうして冗談を言い合えるのは、梨乃がしっかりしてくれているお陰だと思っている。だから、私はそんな梨乃を友達として大好きだし、大切にしたい。









**









「ふぁ・・・そろそろ寝よっかぁ」




ほろ酔い気分で気持ち良くて、眠気もゆっくりとやってきていた。酔い醒ましに飲んでいたミネラルウォーターを枕元に置く。

あくびを一つして、梨乃が用意してくれた布団へ入った所だった。




「あ、ちょっと待ってて」




そのまま寝室を出て行って、パタパタと早足に遠ざかったかとおもうと、何か小さいケースを持って戻ってきた。

そのまま私の布団の上へと座り込むので、私も体を起こして梨乃と向き合う。




「ん?なした?」



「ねぇ友里菜、怒らないで聞いてくれる?」




そのまま半透明のケースを私に差し出してくる。

それを渡されるがままに受け取って中身を覗けば、一つ一つアルミ包装された錠剤がいくつか入っていた。

私はとっさに、過去の大量摂取した梨乃を思い出す。




「梨乃、これ・・・」



「あのさ、友里菜。最近気持ちが沈んでて、自分の感情に膜が掛かったように冴えなくてボーっとする事、多くない?」



「それはあるけど・・」



「無理にとは言わないけど、適量ならその気持ちを抑えて気持ちをすっきりさせる安定剤、飲んだほうが良いと思うの」



「安定剤・・・?」




私にはそういう類の薬なんて無縁だと思っていた。

だから、梨乃の提案に私は驚きを隠す事が出来ない。それに、梨乃の言う事はまさに今の自分に当てはまっていた。




「放っておいて悪化させたら、昔の私みたいに大量の薬がないと生活できなくなっちゃうの。だから私、友里菜には言いにくかったんだけど、飲むのをオススメする」



「でも、私は今普通に生活できてるし、そんなに思い悩む程落ち込んでもないよ?」



「だから今のうちに改善するべきなのよ。私も最初はそう思ってやり過ごしていたけど、些細な事がきっかけでどんどん悪化したの」



「悪化・・・」



「もし嫌だったらいいわ。でも、あの人が私達に余計な事言ってきた時から、友里菜ずっと塞ぎこんでるよね?」




手元にある薬たちが、手を動かすごとに向きを変えてカシャカシャと音を立てる。

塞ぎこんでいる、か。確かにそうかも。何かもう、全部どうでもよく思えてくる。




「少しだけだけど、ちょっと多めに薬飲んで遊んじゃうってのもアリだよ?」




その言葉が私には麻薬に思えた。

今の私には、それを真面目に否定する気持ちが生まれない。


正直、もうどうなってもいいと思っていた。

それで気持ちよくなれるなら、落ち着けるなら、少しでも楽になるなら。

どうせ今日だけのモノ。自分はそんな薬なんて持ってないし、今日だけの、少し危ない遊び。




「・・・なーんて、流石にそれはダメだよね」



「いいよ」



「え・・・?」



「しよーよ、今日だけ。トリップしちゃおう」




私の言葉に驚いた梨乃が目を瞠る。

言い出した梨乃は多分冗談だったんだろう。見つめられて、自分の顔が無表情になっている事に気づいてにこりと微笑んでみせた。軽い気持ちだということをアピールしたくて。




「ね、あたしもたまには、どうにかなりたい」



「・・・友里菜」




ドラックケースを開けて、中から薬を取り出す。いくつ飲んだら気持ちよくなれるんだろう。10錠?20錠?

とりあえず効能がわからない。逆さにしてケースから薬を全て布団の上へと空ける。




「これ、いくつ飲んだら気持ちよくなれる?」



「・・・うん。じゃぁ・・、このくらい。お酒飲んでるから」




梨乃も漸く分かってくれたらしく、10錠程の薬を拾い上げて、私の手に握らせた。

私は何も言わずにそれらを全て開けて、裸になった薬を左手へと落としていく。そうして全て出し終えると、口の中へと放り込んだ。


枕元のミネラルウォーターで一気に流し込む。




「ふぅ。これでオッケー?」



「うん。たぶんそのうち回ってきてフワフワしてくるわ。明日になったら何したか忘れてるかも知れないけど、私が様子見ててあげるから安心して」



「ありがと、梨乃はしなくていいの?」



「今日は友里菜を見守ってる」



「じゃぁ、変な事しないでよ?」



「ちょっと、いきなりその心配なの!?」




そこで梨乃が笑ってから、今まで張り詰めていた少し重たい空気が晴れた気がした。

飲んでからすぐにはやっぱり効かないらしい。先ほどとは全く変わらない。

でも飲んだ、ついにやってしまったという事でなんだか感情が高ぶって、何かと梨乃にちょっかいをかけた。




「もー!さっきまで眠たいって言ってたのに!」



「あはは!だって楽しみじゃん!寝るのもったいない!」



「そうして暴れられたら困るから、少し睡眠導入剤も混ぜたんだけど」



「ええー!?ちょっと梨乃!その配慮はいらない!」




当たり前でしょ!と笑う梨乃に、『くすぐる』という唯一の弱点を選択して攻撃する。特にわき腹が弱いのは随分前に承知済みだ。思い切りくすぐってやれば、途端に高い悲鳴のような笑い声に変わり、すぐにごめんなさいと謝ってくる。




「ふふ!もう梨乃の弱点は把握済みなんだよっ!」



「いやー!マジ変なとこエスだよね!手加減ナシ!」




そうしてしばらく笑っていた時だった。

急に、くらりと眩暈を感じたのだ。



それは酒によるものではない気がした。高揚していた気持ちが、徐々に落ち着いてくるのを感じる。

だからと言って具合が悪くなるわけじゃなかった。眩暈もフワフワしていて心地良いというか、落ち着くのだ。




「んぁ・・・?何かきたっぽい」



「マジで?どんな感じ?」



「んー・・・気持ちいいかも。フワフワしてて、きもちわるく無くて、何でも出来ちゃいそうなかんじ?」



「よかった、ちゃんと効いてきたみたいね。眠たくはない?」



「まだ気持ちいいだけかなぁ。でも眠ろうと思えばすぐできそう」




言葉にした通りだった。このままだらだらしていたら直ぐに眠ってしまいそうな気がした。

それは嫌だ。折角のこの感覚、もう体験できないかもしれないんだしもったいない。

思っていたときには身体がすぐに動いていて、私は立ち上がっていた。




「よーし!寝るのもったいないからおきよ!」



「えぇ!騒ぐの!?」



「うん、だって今超きもちいいー!だから梨乃、はやくっ!」




驚く梨乃を横目に寝室の入り口へと足を踏み出す。が、ふらふらと足元が覚束無い。酔っ払っているときの様な動機や高揚感は感じられないのに、立っている感覚はしなかった。というか、身体が軽い。




「ちょっと友里菜!待って!」



「わっ・・・」




梨乃が後ろから私の体を支えてきたが、その支える力に身体が負けて、梨乃の方へとそのまま倒れてしまった。ボスっという布団の音。痛くはない。


その倒れこむ感覚すらもとても気持ちがよかった。

寝返りを打って梨乃の方へと身体を向ければ、梨乃はいてて、と少し顔を歪めている。




「あ!梨乃だいじょうぶ!?」



「大丈夫、ちょっと背中をぶっただけ。もう、危ないから大人しくしてなさい!」



「うー・・」




梨乃がむくりと起き上がって、私の両肩を押さえて仰向けに転がされる。

その梨乃の手が暖かくて、なんだかとても気持ちよく感じた。

その温度がほしくて、人肌が急に恋しくなって。


肩を押さえる梨乃の腕を掴んで引き寄せた。




「わっ!友里菜!?」



「あったかくてきもちいい・・・」




気持ちいい。ぎゅっと抱きしめれば腕への収まりが良くてまるで抱き枕みたい。

暴れてくるのがちょっとうっとおしくて、両手をなんとか押さえ込んでより強く抱きしめてみると途端に大人しくなった。



聞こえてくる心臓の音。

あぁ、こんな音を聞きたかった。大切なものをずっと聞きたかった。

あの時抱きしめてくれた温度もこんな温度だった。



いや、この温度だった気がする。

あったかい、大切なもの。




「せんぱい・・・」













友里菜がその名を呼んで、寝息を立て始めるまでは直ぐだった。

その表情はとても満足そうで、口元はほんのりと弧を描いている。その表情にまた胸が締め付けられる。


友里菜にこんなに強く抱きしめられたのは初めてだった。柔らかい肌に、程よく細い腕。友里菜の匂い。

手を出したくなる気持ちをぐっと堪える。

今の友里菜に手を出した所で、私は全てを失うだけだ。

お互い納得の上でしたい。そんな願望が頭を支配する、柄にも無く。



「・・・ほんと、友里菜は可愛くて困る」




まさか本当に薬を飲むなんて思わなかった。

それほどに参っていたのだろうか。

軽い賭けのような気持ちだったし、下手をすればまた距離をおかれてしまうかもしれないと思っていたのに。



友里菜にとってあいつはそんなに重要な存在なの?

でも、あいつは所詮あの程度の人間なのよ?別れた女にまで世話を焼かすようなダメ人間なのよ?




「今のままじゃ、どうやっても諦めきれないよ」




元々完全に諦めるつもりは無かった。隙があれば、友里菜の一番になりたかった。

ねぇ友里菜、誰よりも大切にするかわりに、少しだけ壊してもいい?











**










頬に急に違和感を感じて、それからすぐに痛みを感じた。

ばっと目を開ければ、目の前には梨乃の顔。




「――っ!いひゃい!」



「おーはーよーう!」



「お、おひゃよう・・・」




ぱっと手を離されて、容赦ない痛みにすぐに両頬を手で覆う。

梨乃は満足げに私の事をじろじろと見て、組んでいた腕を放した。




「あ、れ?あたし昨日いつ寝たんだっけ?」



「あたしに抱きついてきて、せんぱいーとか言ってそのまま寝やがったのよ!しかも凄い力で抱きついてるから抜け出すの大変だったんだから!」




そうだ!思い出した。確かにあの時からの記憶が一切ない。

あたしあのまま寝たのか・・・。




「うっ・・。ごめん!ほんとごめん!」



「このあたしを加奈に置き換えるなっつーの!」



「うわー!ほんとにごめんなさい!悪気は無かったんです!」




布団の上で慌てて身を起こして土下座体制に持っていき、ひたすら頭を下げる。

これはやらかした。しかも梨乃を先輩と錯覚したなんてタチが悪いにも程がある。




「我ながら凄く反省してます。故意にやった訳じゃないの。本当です」



「まったくもー。今度やったら友里菜を食ってやるからな」



「・・・・わかりました」




とりあえずは許してくれたらしい。というか、私は次にこんな事したら身の保障は無い。






そういえば。

慌てて起き上がったのに。身体は辛くない。

薬と酒を飲んだはずなのに想像よりも良くて、若干だるい程度だった。

以前深酒した時よりも全然身体は軽かった。






昨日は短時間だったけど、とても良かったのを覚えている。

何だか自分が開放された気になって、もやもやしていたものが全て無くなって。お酒を飲むと特有の身体の高揚があるけれど、薬が効き始めてからは少し収まってとても丁度良くなっていた。

――――想像以上に気持ちよかった。






そして次の日は残らずに、この程度。

身体への負担を懸念していたが、あのフワフワとした心地よさの反動がこの程度で済むのか。

だったら、たまには。少しだけなら。









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