21.静寂という音
友里菜に振られた。
まぁ、今までも何度か振られているけれど。
それでも諦めないし、自分のものになってくれるまで追いかけるつもり。
今まで告白すればすぐに付き合える事が殆どだったから、今回は私の中で特例だわ。
それに、恋愛感情以外の人に対する“情”は全て偽者だと思っていた。そんなの私の常識。
そうして今まで生きてきた。
けれど最近、こんな関係も有りなのではと思い始めている私がいた。
21.静寂という音
『梨乃!』
あの日、血相を変えた三人が自室へ飛び込んできた。
その事はうっすらながらも覚えている。
誰にも必要とされない自分が惨めで哀れで、必要とされている人が羨ましくて嫉妬して。
友里菜の事を思えば思うほど胸が痛んで仕方が無くておかしくなりそうだった。
何故あんな奴がいいの?って心の中で何度も叫んだ。
腕を切っても切っても足りなくて、普段なら程々の傷みと血を見れば心地よくなって落ち着くのに、この日は違った。
薬も傍にあったものを片っ端から飲んでいって。
中途半端なトリップじゃ満たされないと、特に良質な効果をもたらしてくれるものを無意識で選んでいた気がする。
そうして徐々に意識が朦朧としてきて、倒れるように地面に寝転んでいたら急にドアが開いた音がした。
名前を呼ばれた。三人の表情を見た。
そこから先は覚えていない。
気づいたときには自室のベットに横になっていて、横を見れば三人の姿があって。
無茶しないの!と一斉に怒られて寝起きながらに驚いた。
声のボリュームが大きいから驚いた訳じゃない。怒るという行為に驚いたのだ。
今までの私の乱れた姿を見た人はよそよそしくではあるが心配そうな素振りを見せた。
そして誰にも言わないからと言っておきながら、少し経てばクラス全体に話が広まる。
あいつは変な奴だと、徐々に関係が切れていく。
いくら長い期間親しくしていようとも、最終的な反応は例外なく一緒だった。
今回もまたそうなると必然的に思っていた。
だから、こうして私を心配して怒ってくれている事に驚きを隠せなかったのだ。
そうして驚いている私に向かって一通り怒った後、三人はふっと表情を緩めて“目覚めて良かった”と言った。
三人にもう大丈夫だからと言って帰した後、自身の腕に綺麗に巻かれた包帯を見て、どうしようもなく気持ちがこみ上げてくるのがわかった。
こんな事は初めてだった。
私に対して直接感情をぶつけてきてくれて、嫌な顔一つせずに自分を見守ってくれている。
親にもこうして怒られたことなど無かった。
今までの恋人にも。
自分の失態を見ても一歩も引かず寧ろ突き進んでくる彼女達は、何故だかとても暖かくて強い存在に感じた。
いや、暖かいというより熱い。
その熱が大量に心の中に入り込んできてまた驚く。
最後にこの熱に触れたのははたして何時だっただろうか、なんてうっすらと思いながら。
私は耐え切れずに、傷口をきゅっと握って暫く泣いた。
**
それから、自分の中の絶対値であったはずの価値は変わっていった。
夏休みに入って昼間も学校から開放されれば自由な時間がぐっと増える。
特に予定も入っていなかった私はどうやって暇を潰そうかと考えていたが、そんな考えはすぐに押しつぶされた。
友里菜達が皆で遊ぶスケジュールを立てたと言って提示してきたから。
最初は唖然としていたが、その計画をこつこつ考えたのかと思えば自然と笑いがこみ上げてきた。
ちゃんと遊ぶ日は私のバイトが入っていない日になっていて、友里菜も随分大胆な事をするものね、とおかしかった。
まるで小学生みたいな計画表だったけど、それがあたしにとって最高の夏休みの幕開けになる。
海へ行ったり、皆で宿題をして復習したり、バーベキューに花火に。
それは本当に楽しくて仕方が無かった。
そのなかに友里菜が居てくれる事がまた嬉しくて。
恋愛としての気持ちが届かなくても、友達という大切な存在として一緒に居られるならばこの気持ちに区切りをつけて諦めることも出来るのでは、と思えた。
それに、咲と一美への思いも強くなっていて。
一緒に居て話すだけでこんなに楽しくて落ち着く人が出来たことが自分にとって驚くべき変化だった。
花火の時は、願い事として何を言おうか迷った。
また友里菜への気持ちを言って意識してもらおうか、それとも諦めようか。
けれど、私が今ここで笑っていられる事が、一番大切な事なんじゃないのかって思った。
「来年も、このメンバーで花火が出来ますよーに!」
皆に一斉に抱きつかれて、その時の皆の嬉しそうな表情を見て、私も嬉しくなった。
こういうのを青春って言うのね、きっと。
私は大切なものを一つ、掴めた気がした。
**
休みも佳境に入った頃、気づけば薬を飲む回数が随分と減っていた。
急に止められるモノではないし、止めようとも思っていなかったけど。
意識しなくても減っていることに驚いた。
少し前に進んだのかな、と柄にも無く純粋に考える気持ちの余裕が出来ていた。
けれど、そう良い事はずっと続かないらしい。
今、目の前にはその元凶となるであろう玲菜が居るのだから。
「・・・玲菜」
目の前に居る彼女はいつもと雰囲気が違う気がした。
加奈と居る時の包み込むような暖かさは感じられなくて、とても悲しい顔。
そして玲菜がわざわざ顔向けしてくるなんて、悪い予感しかしない。
「先輩の・・・彼女さん」
友里菜の引っ張り出した様な声に、玲菜は淡々と答えていく。
「そうだったけど、もう別れたわ。」
「え・・・」
「別れたのよ。もう彼女を引きとめられなかった」
何が言いたい。
別れたくせにどうして友里菜の元に来た?加奈と付き合うなとでも威嚇しに来たの?
でも、私が知っている玲菜はそういった事をする女じゃないはず。
あるとすれば・・・。
「加奈、好きな人が出来たみたい」
確信した。
彼女は友里菜に置き土産を渡すつもりなのだ。
好きな人と周りくどく言うのも、敢えて冷たい態度を取るのも、すべては友里菜に気づかせる為に。
ただ言いたい事を直球で告げないのは、友里菜へのちょっとした仕返しだろう。
許せなかった。
玲菜も元々好きではない。でも玲菜じゃなく、そうさせた加奈が許せなかった。
きっと玲菜から別れを告げたはずだ。あれだけ友里菜を突き放しておいて結局思いを捨て切れなくて彼女に気づかれて。そうして自分の恩人を易々と手放した。
周りが大切にしてくれている事をあの女は解っているの?
そんな加奈の煮え切らない態度、偽善者ぶりが本当に許せなかった。
「好きな、人・・・」
「そうよ。悔しいけど、もう私じゃ無理ね。だから、狙うなら今よ?」
「やめて・・・!」
割って入れた自身の声は思っていたよりも随分と低いものだった。
それ以上友里菜に吹き込むのはやめて。
友里菜をまた苦しめて、そうして私から離すようなことしないで。
「それ以上言わないで!とっとと消えて!」
睨み付けて叫べば彼女は此方を見ていた。
暫く絡み合う視線にじっと耐えて玲菜を見つめる。
私の動揺は、怯えは声に出ていない?表情に出ていない?
すると玲菜は、私の動揺を知っているかの様に優しく笑った。
その笑みは何かを含んでいたが、同情なのか哀れみなのかは知る由もない。
ただ心の中を見透かされたという感覚は否めなかった。
「それだけよ。じゃぁね、二人とも」
そう言い残すとくるりと踵を返して、彼女は元来た道をこちらに背を向け歩いていく。
その背を睨みながら見送って、その間友里菜も動かずに後ろ姿を見送っていた。
友里菜を覗き込めば、動揺を隠さずに強張った表情。
「友里菜・・・」
「ねぇ梨乃。あの人は何を言いたかったんだろう」
「・・・気持ちが整理できなくて、友里菜に八つ当たりしにきたのよ、きっと」
私の言葉に友里菜は頷いてはくれなかった。
ただ黙って顔を上げて、そうかな、と微笑んだ。
彼女の戸惑いが私の中に入ってくる感じがして、思わず友里菜の手を握る。
その手を引いて歩みを進めた。
「私がついてるわ。行こう」
渡したくない、こんなにも友里菜を困らせておきながら、のうのうと友里菜の大切な人で居る加奈が許せない。
私だったら絶対にこんな辛そうな顔をさせない。
私だったら。
最初は私が一方的に手を引いて歩いていたけれど、そのうち友里菜も私の手を握り返してくれて、私はその温度に一方的な愛しさを募らせた。




