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夢みたいだけど、夢じゃない。  作者: 緋色こあ
前学期~模索と結論~
20/41

20.儚く輝け、夏








学生といえど身体はどんどん大人へと近づいている訳で、毎年夏休みが過ぎ去る速度は増してきていると思う。これはとても悲しい事。

それにしても今年は速い気がする。じりじりと暑い夏休みの半分は過ごしてしまっていた。


まぁ、いつもより充実しているからでもあるのだと思う。




「友里菜―!何ボーっとしてるのっ」




急に頬にひやっと冷たいものを押し付けられて思わず飛び上がる。

そこには先ほど買ってきたのであろうジュースを片手にニヤリと笑う梨乃が居た。




「ちょっと!脅かさないでよ!」



「ボーっとしてるほうが悪いのよっ!ホラ、肉焼くからこっちおいでー」




真夏の太陽が照りつける中、私達はバーベキューをするため市内の森林公園に来ていた。

日差しが強くてめまいがしそうだが、屋根付きの設置炉の場所取りに成功したため少しは回避出来るだろう。




「さっいくわよー!」




一美が先陣を切って肉を網の上に乗せ始め、続いて茄子やかぼちゃ等の野菜を焼いていく。

ジューと焼ける心地よい音。

いい香りが鼻を掠めて食欲が増していく。

私はとり皿に焼肉のたれを入れて、箸を割って両手に握り、かつかつと子供の様に台にリズミカルに打ち付ける。



「あー早く食べたいー」



「友里菜がっつきすぎ!さっき上の空みたいな顔してたくせにさー」




咲の言葉に皆がそうだそうだと同意して笑うが、食べたいものは食べたいのだから仕方が無い。

そして、上の空だったのは事実だろう。



あの一件から随分たったけれど、私は未だ先輩への思いを消しきれていないのだ。

たまに、ふとした時に先輩を思い出してしまう。

もう今はただの先輩と後輩として仲良くやっているけれど、それでも思うところはある。

ただ、こうして皆が居てくれる事は強い支えになるから本当にありがたかった。





「私のオススメ!友里菜、あーんして」



梨乃に焼けたばかりのウインナーを差し出されて、素直に一口齧る。

途端熱くて悲鳴を上げたけれど、口内に広がる肉汁はと旨味が凝縮されていてとても美味しかった。



「んー!おいひい」



「でっしょー?」



「うわーずるい!あたしもあたしも!」




すぐさま咲が間に割り込んで座ってきて梨乃に向かって口を開ける。

そして梨乃は仕方ないなーと言って咲にも同じ事をしてあげた。



夏休みに入ってからはずっとこの調子。



咲は本心ではどう思っているかは知らないけれど、梨乃がお気に入りなことは確かだった。

恋愛感情な訳はないよなとは薄々思ってはいるが、私に『梨乃にアタックしていい?』とこっそり訊いてきたあたり疑問が残る。









「食べたら動いて消化するぞー!」



「「「おー!」」」




バーベキューでたらふく食べた後はさっさと片付けて、広場にてサッカーしたり簡易ラケットでテニスをしたりして楽しんだ。

一美が驚く事にサッカーが出来て、反対に梨乃は全く出来ずで皆に弄られていて終始笑いが絶えない。

そのうち鬼ごっこなど懐かしいものも始まって走り回っていた。



随分はしゃいだおかげで夕方には疲れが出てきたけれど、そこはまだ高校生という若さがあって。

夜の最後のイベントを思えば自然とテンションがあがるのだ。








**









「よし・・・最初は咲、あなたよ!」



「はーい!」



陽が落ちてから暫く経った頃、私達は川沿いで花火大会を決行していた。

置き型の噴射式花火が高々と上がっていて、私の身長程の高さまで激しく吹き出している。

金色の光が音を立てて弾けていく様はとても綺麗だ。


その花火から少し距離を開けて走る構えをする咲。

その様子を見て驚く梨乃。




「えっ咲なにす・・・」



「今年こそ素敵な恋愛が出来ますようにっ!」




大きい声で願い事を叫ぶと同時にスタートを切り、真正面から花火の中へと突っ込んだ。

光に包まれた咲の体は光って見える。そうしてすぐ花火の向こうへと消えた。

私と一美は歓声を上げてその瞬間を見守って、花火の奥で無事突き抜けた咲がいえーい!と喜びを出す。



「えー!?なにこれ!怖っ!」



梨乃が驚くのも無理はないので、私は簡単に説明する。


実はこの儀式というか中学生くさい遊びは、咲と私で昔からやっているものなのだ。

今年も残り半分を切った中、それでも今年中に叶えたい願いを言って、花火の中へと飛び込んでいく。

でも別に今年に限った願いでなくともOKで、そこにルールなんてものは無い。

本人の願いを言えば良いだけ。

叶った願いもあったけど、必ず叶う訳でもない。


でも、気合が入って少し近づく気がするのだ。

いわば願掛け。



途中から一美も入って、毎年何だかんだでやっている三人だけのミニ行事。





「今年からはもちろん梨乃も参加でしょ?」



「・・・うん。する、参加したい!怖いけど」



「よーっし!じゃぁ次は梨乃にしよっ!」




咲がすぐさま梨乃を指名するが、梨乃はまだ心の準備が出来ないといって拒否を繰り返す。

梨乃が怯むなんて珍しいと、私達三人は極悪人のようにニヤニヤしながらどうにかして梨乃を行かせる様に仕向けた。


いくら梨乃でも三人に詰め寄られれば諦めたようで、少し間をあけて花火を見据える。




「皆ほんとドSだよ!ばーかばーか!」



「何その言い方!まぁたまには良いじゃない!頑張って梨乃!」




一美の声に頷いて梨乃は大きく深呼吸をした。



願い事、何を言うのだろう。

きっとそれは皆気になっていて、梨乃の声を聴こうと耳をそばだてた。


彼女の口元が大きく動き始める。





「来年も、このメンバーで花火が出来ますよーに!」





ぐっと足に力が篭ったかと思えばすぐに走り始める。

いつにもまして真剣な表情で、その顔を覆うように両手を顔の前でクロスさせる。

そうして吹き出す花火の中へとジャンプして飛び込んでいった。



体がキラキラと光って、まるでスローモーションのようにゆっくりと入っていく。

その光景を、私は幻想でも見ている様な不思議な気持ちで眺めていた。



彼女の言葉が頭の中で反響していて。


梨乃の願い事、それは私達が願っていた事で、夢でも見ているのではないかと思ってしまったから。





「はぁー!やっぱりめっちゃ怖かったわ!」




花火の後ろからひょこっと顔をだした梨乃に、私達三人は一斉に群がって抱きついた。

その勢いに思わず怯む梨乃だったが、そんなこともお構いなしで抱きつく。

抱きつかれた本人は状況が把握出来ないようで驚きに何度も瞬きをしていた。



「梨乃―!来年もその次も花火するぞー!」



「そうよ!来年はもっと派手にやるしかないわ!」



「大好きだよ梨乃―!」



「おぉ!?なんかよくわかんないけどそうしよっか!」




あはは、と笑って梨乃は皆を受け止めた。

こんな青春が出来て私は心底幸せだと思う。

最高の友達が居てくれることは本当に嬉しい事なのだ。










「さ、次は友里菜ね」



一美が「今年こそ紳士な男を捕まえるぞー!」と叫んで花火に突っ込んでいった後、最後にのこったのは私。確か去年もそれじゃなかった?と一美に言ったが、気にするなとはぐらかされて、とすぐ私の番に廻ってきた。


ゆっくり深呼吸をして、大きい声で叫ぶ。




「新しい恋ができますよーにっ!!」




花火に向かって走っていく。


私は前に進むんだ。


勢いよく吹き出している花火の中に、飛び込んでいった。

ある夏の夜。星空が花火に負けないくらいに輝いていた。
















**














「ほんと今年の夏は楽しかったね~」




夏休みも終盤を迎えた頃だった。


相変わらず楽しい毎日を送っていて、ほんとうに今までで一番の夏休みになったと思う。

今日のバイトは梨乃と一緒で、二人で先に会ってから職場まで歩いて向かう所だった。




「まだ終わってないわよー。それに来年は皆就活で忙しくなっちゃうから、今年を越えるのは難しいかもしれないけど」



「んー確かに。でもさ、梨乃が花火のときに言ってくれた事、あたし達はめっちゃ嬉しかったんだよね」



「あぁ、皆一斉に抱きついてきたから何事かと思ったのよ?!」




思い出して笑う梨乃につられて自分も笑う。

確かにあの時の結束力は普通に考えればおかしいのだ。

それでもあの時は皆嬉しくて、気づいたら体が動いていたという感じだった。




「今までさ、友達って所詮表面上だけって思ってた。けど、ここは違うなって思って。あたしのあの姿見たら普通は嫌がるし引くでしょ。それなのにこうして助け出してくれたから」




ゆっくりと話してくれる梨乃は随分としっかりしていて、この関係を大切に思ってくれている事が何より嬉しかった。今までの梨乃だったら考えられない事だろう。




一生の思い出になりそうだと、ずっとあの日から思っている。

自分の中でとても大切な日になった。

強く決心することも出来たし、なんだか漸く少し歩き出せた気がした。





そうして前に進もうと思っていたのに、現実というものは本当にずるい。









「あの・・・。友里菜ちゃん?」




十字路に入った時に急に声を掛けられた。

横を見れば同い年位で、落ちついた雰囲気の女の人が立っていた。


私の名前を知っているみたいだけど、私はこの人が誰だか思い出せないでいた。



―――でもこの人、どこかで




「梨乃も一緒だったのね」



穏やかに梨乃にも話しかけているが、梨乃は嫌悪感を露わにしていてぎっと睨みつけていた。

そうして、苦しそうに、はき捨てるように呟く。



「・・・玲菜」



梨乃の呼んだ名前には聞き覚えがあった。



『玲菜』




まさか・・・!


急にあの雨の日のカフェが頭の中に蘇った。鮮明に覚えている、忘れるわけが無い。

あの時、先輩と一緒に傘に入っていた人。優しく暖かな雰囲気を作っていた、持っていた先輩の大切な人。




「先輩の・・・彼女さん」




すると玲菜は私の目を見て、少し寂しそうな表情を浮かべた。

目の前に居る彼女には、以前のような幸福感は感じられなかった。




「そうだったけど、もう別れたわ。」



「え・・・?」




私の中に、説明の出来ない焦燥感が降って湧いた。










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