2.揺らぎ
「そりゃ性格が原因でしょ」
午前の授業が終わり、私の教室で各自持参してきた弁当を食べ終わってのんびり話していた所。
綺麗な黒髪、二重のネコ目、いかにもインテリ美女が眼鏡レンズ越しに、私の目を見て言い放つ。
インテリのくせに妙な色気があるのは本当に疑問で、セーラー服が良く似合う。
咲と雰囲気は間逆。
私の周りには何故変わった美女達が集まるのだろうか。
隣には咲が座っていて、そうだそうだと頷いている。
私がモテない理由、それはずばり。
「「絶対中身に問題あるよねー」」
「うるさいわ!つーか別にそこまで男オトコってガツガツしてないし!」
「そういうところよ!言葉にトゲがあるし、突き放さずに少しは笑顔を振りまけないの?!」
びしっと私を指差して断言するこの女は、もう一人の親友の三田一美。
隣のクラスで、生徒会副長、頭脳明晰、理系脳。中学からの付き合い。
咲が可愛い系で、一美は美人系。
「えー。あたしそんなに器用じゃないもん。」
「融通利かない重たいだけの恋愛ブスになりたい?今から磨かないでどうすんの。」
にっこりと微笑んで、優しい口調で辛辣な言葉を吐く咲は本当に腹黒いと思う。
そうだな、と同じく貼り付けたような笑みを浮かべる一美も同等だ。
なんだかんだと心配して言ってくれているのはありがたいけれど、尋問を受けている様な気分になるのは気のせいか。
「うー…。なんかさ、男に媚びるようなのは好きじゃなくて」
「確かに咲は媚びるの上手だけど、やり方はそれだけじゃないわ。」
「へー。例えば?一美みたいな学生らしからぬ色気で攻めるとか?」
「あ、あたし超ニャンニャンになるから参考にならないよ」
「・・・さいですか」
普段は優等生でカッチカチな子が急にニャンニャンしだしたら、それはそれで萌えるんだろうな。
どこでそういうことをしてくるのだか、何だかこの二人の遍歴は恐ろしいものがある。
「でも、一美とか咲みたいなギャップがあれば良いのかなぁ?」
「そう!ギャップは重要。何か無いの?」
ギャップ・・・!?私ってギャップなんてあったっけ?
もんもんと考えてみるが、一向に出てこない。
「・・・・アニメ好きとか?」
「「そんなん萌えねぇよ」」
「あーでも友里菜って、考え事してる時の表情が一番かも」
「ん、それはわかる!」
「「喋らなければいいよね!」」
「・・・もう何も言わないで、傷つくから」
丁度予鈴がなって、昼休みが残り五分だと知らされる。
次の時間は移動教室なので、もっと言いたがっている二人をはぐらかし逃げることに成功した。
午後の授業は2限しか無い割りに、昼食を食べた後では異様に長く眠たく感じる。
漸く授業が終わったと思えば、たまにしか当たらない面倒なトイレ掃除当番が回ってきていて落ち込んだ。
けれども真面目な子ばかりのメンバーに助けられ、意外とスムーズに掃除を終わらせることが出来、私は晴々とした気持ちでアルバイト先へと足を向けた。
**
「先輩って、ギャップってありますか?」
「なに急に」
来る途中で買ってきたレモンティーの紙パックにストローをさして飲みながら、さり気なく聞いた、つもりだった。
先輩はチョコチップを食べていた手を止めて、左手を口元にやりながら、うーん、と唸る。
私は構わずレモンティーをちびりちびりと飲み進める。
目は考え込んでいる先輩を凝視しているけれども。
今日も相変わらず綺麗でかっこいいなーとか、聞いておきながら別の事を考えちゃうのはどうしようもない。
「以外と運動が得意だ」
「それは見た目からして得意そうですよー」
するとまた同じくうーん、と唸る先輩。
この調子だと、きっとまともな答えは出せずにネタに走るよなぁ。
「・・・例えば、恋人の前だと変わるとか?」
あえて“恋人”と尋ねたのは、先輩に彼氏と言うのは少し違和感だったから。
先輩はふっと険しかった表情を緩め、そういえば、と言わんばかりにさらりと告げた。
「あー、確かに変わるかも」
「え!?先輩居るんですか!ってか先輩の場合彼女か彼氏か分かんない!」
「でしょー。何だかちょっとミステリアスな感じでしょ。こういうところギャップじゃない?」
た、確かに、と半分納得しながら答える。
恋人・・・いるのかな。上手くかわされた。
もう一度問い正して聞きたいけれど、こうして立ち回るという事は触れられたくはないのだろう。
先輩は本当に自分のペースに持っていくのが上手い。
もっと色々知りたいのに、先輩はプライベートの事は教えてはくれない。
「・・・私、モテない理由は中身だって友達に断言されてしまって」
はぁ、と大きくため息をついて、またストローへ口をつける。
すると先輩は、間髪居れずに言った。
「そんな事ないでしょ。今西さんって可愛いのに飾らないし、話すと面白いし。自分はそういう今西さんが良いと思うし。それってギャップじゃない?」
ね?と綺麗に笑う瞳に見つめられる。だから気にすることないよ、と。
その言葉に胸が熱くなって、ぎゅっと締め付けられる感じがする。
「そんなこと言ってくれるんですか!嘘でも嬉しいです・・・しかも、友達には喋らなければ良いって言われたのに、先輩は間逆に取ってくれるんですね・・・すごい」
「待って、嘘じゃないから!何で落ち込むの?!」
先輩は落ち込んでいるのだと捉えたけれど、そんなことは全然なくて。
間逆だった。
なんだかとても嬉しくて、どんな反応して良いか判らなくなったから俯いただけ。
俯いてモゴモゴ答えるしか出来なかった私は、沈んでるように見えたみたいで。
見かねた先輩が、私の頭をくしゃりと撫でる。
よしよし、と言って何度も。
先輩に触れられたのも初めてで。
ふわりと香る、私好みの香り。
「先輩、いい匂いする・・・」
「でしょ。この香水気に入ってんの」
同じ女の人の手なのに、暖かくて少し大きく感じる手が動く度に胸が高鳴って。
急激な自身の変化に戸惑いを隠せなくて、目の前の紙パックを握る手と一緒に、強く瞼を閉じた。
いつも来客はまばらなことが多いが、今日に関しては特に暇。
商品棚にモップをかけていると、フロア長の市山さんが声を掛けてくる。
世話焼きで色々な話をしてくれたり、相談できたりする職場の良きお姉さん。
「今西さん、今日はなんだか機嫌良いねー」
「え、そうですか?」
「うん、さっきから顔がニヤけている。」
「・・・・・めっちゃキモチワルイじゃないですか私!」
顔に出てしまうのはもう仕方ない。だって嬉しかったんだから。
市山さんはそんな私を見て、おもちゃを見つけたと言わんばかりにニヤニヤしている。
そうだ、この際だから一つ。
「あ、そういえば一つ、市山さんに相談してもいいですか?」
「おー、どうしたの?」
「実は、高校の友達に気になる人がいるみたいなんです。でも、それが男の子じゃなくて女の子みたいで。見た目はボーイッシュなんですけど・・・。だからこの気持ちは勘違いとかじゃないのかなって。」
すると市山さんはなるほどーと頷いて、数秒考え込んだ。
「男の子と重ねてるだけかも知れないけど、もしかしたら恋愛対象として本当に気になってきてるのかもしれないね。」
「恋愛対象・・・ですか。」
「そう。この人は女の子だから、そんな感情は持つはずないっていう先入観は誰にでもあるでしょ?だけど、それでも、他の友達とは違う『好き』って気持ちがあるのなら、きっとそれは恋愛感情なんだよ。」
「じゃぁ、レズって事・・・ですか?」
「そうやって世の中は括りたがるけど、恋愛に性別は大した関係ないと私は思うよ。好きになった人が男か女かの違いだけで、その気持ちが悪い気持ちなんかじゃないよ。好きなものは好きでしょ?」
「なるほど・・・。なんだかすごくしっくり来ました。やっぱ市山さんってすごい。今までどんな経験を積んできたんですか!?」
「ふふ・・・!」
なんだか市山さんが女神に見えた。
確かに、女の人だからって先入観で、ただの憧れだって思おうとしていたのかもしれない。
私はきっと、先輩の事が気になってるんだ、と思う。
今までに経験した事の無い事で、戸惑いはまだ強いけれど。