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夢みたいだけど、夢じゃない。  作者: 緋色こあ
前学期~模索と結論~
17/41

17.カムと理解







あくる日、梨乃は学校を休んだ。

担任は体調不良だと話してはいたが、果たして本当なのかは疑問が残る。

心配になって朝メールをすれば、微熱があるので今日だけ休むとの返信が来た。

文章はいつもと変わらなく少し安心する。


なので、昼休みは咲と一美の三人で屋上で食べた。

天気は雲は掛かってはいるが晴れていて、日陰に居ないとじんわりと汗をかいてしまいそうだ。

もう少しすると外でご飯を食べることも億劫になるだろう。もう夏はやって来ていた。

教室の窓から聞こえてくる声でがやがやしているが、屋上には私達以外居ない。




「友里菜、今日屋上で食べるって言い出したのは訳があるんでしょう?」



「うん・・・。ちょっと話を聞いてもらおうと思って」




二人ともとっくに私の様子が変な事に気づいている。

今日は梨乃も居ない。いつ話そうか迷っていたが、言うタイミングは今日しかないと思った。




「・・・私、加奈先輩が好きだったんだ。友達じゃなくて、恋愛感情だった」




予想外であっただろう二人は目を瞠って驚きを表したが、すぐに頷いて続きを催促した。

私もそのまま話を進める。


加奈先輩を好きになって、それが恋愛感情だと気づいた事。

梨乃と飲んだ日の出来事。先輩と梨乃との関係。

イベントでの出来事や梨乃の薬依存、告白したこと。先輩の恋愛観。

昨日の事までを思い出しながら、要所だけをつまんで話していった。


その間二人は黙って聞いていてくれていた。

梨乃の件は驚いてはいたけれど、私の話を折る事はせずに最後まで話終える事ができた。

一番最初に口を開いたのは一美だった。優しい声音で訊いてくる




「・・・ねぇ友里菜。私達が友里菜のその話を聞いて軽蔑すると思ったの?女の子が好きな事を言ったら離れてくと思った?」



「私が自分の気持ちに気づいた時、自分は普通とは違うんだって思ったし受け入れるのに時間がかかったから。だから・・・少なからず引かれるだろうなって思ってた」




「馬鹿!」




バシ!とキレの良い音が脳内に響いてすぐに、咲に思い切り頭を叩かれたと解った。

これが中々痛くて思わず前かがみに俯いて頭をさする。




「ユリナのバカ!私達はそんなんじゃ離れてかないよっ!一人で抱え込むのは辛いんだから、何でも良いから言ってよ。前のときみたいに、傷ついてからじゃ遅いんだから・・・」



「咲・・・ごめん」



ぎゅうっと咲がくっついてきて、抱きしめてくれる。

その力はとても強くて、咲が今まで心配してくれていたことがひしひしと伝わってきた。

頭を撫でれば、怒りながらも最後は笑ってくれた。

一美はにこりと私達を見て微笑んで口を開く。




「そういう事よ。私達も変わり者なんだから、そんな事で軽蔑したりしない。」



「うん・・・ありがと、一美」



「にしても・・・梨乃はそういう裏面もあった訳か。学校の様子からは信じられないわ」



「そうなんだよねー・・・。でもこの前付き合えないって言ったし、多分もう大丈夫だと」



「普通の人ならね。だけど梨乃になると話は別だと思うけど」




確かにその通りで、思わず頭を掻いて唸ってしまう。

そこで咲は爆弾を投下した。




「でもユリナ羨ましいなー。女の子と付き合ったことは無いからわからないけど、正直梨乃は結構タイプなんだよね」



「「は?」」



「梨乃となら付き合いたいって思うし、そういう狂った愛され方されたいなって思っちゃう。あんな綺麗な子と愛し合うって最高だよ」




ニコニコと話す咲に唖然とする一美と私。

まさか咲にこっちもイケる趣味があったとは知らなかった。梨乃に不謹慎ながらもこっちに乗り換えろと言いたくなった。







**







三人での帰り道、学校を出て十分程歩いた所で電話を掛ける。

昨日は直ぐに出てくれたのに、今日は鳴らし続けても出る気配がない。




「梨乃、寝てるのかな・・・」




体調が悪いとはメールに書いてあったし、寝ている可能性も高い。

何故三人で電話しているのかというと。

昼休み、一美が梨乃について言及した。

今日休んでいることは本当に風邪なのか、もしかしたら薬に手を出している可能性があるのではないかという事。



丁度三人とも予定が無かったので、梨乃の家にお見舞いに行くことにしたのだ。

私一人で抱え込まないように、そして梨乃にも元気をつけてもらえるように。

留守電にもならずに鳴り続くコールの音に、一度諦めて電話を切ろうとした、その時だった。

コール音が止まって、がさがさと音が聞こえ始めた。




「もしもし梨乃?聞こえてる?」




電話の向こうからはがさがさと雑音は聞こえてくるが、本人の声は聞こえてこない。

声が二人にも聞ける様にスピーカーホンに切り替えれば、その雑音が大きく聞こえてきた。




「梨乃?もしもし?」



「んあ・・・・友里菜?友里菜なの?」




どうにも様子がおかしい。

やる気がないような覇気の無い声なのに、私の名前は切羽詰まったように連呼してくる。

学校での梨乃しか知らない二人は驚いて顔を見合わせて黙り込んでしまう。




「友里菜だよ。梨乃、大丈夫?具合は?」



「具合?あぁ、友里菜、ほんとに加奈なんかが良いの?私じゃだめなの?あんな女の何処が良いの?私の何処がダメなの?どうしたら愛してくれるの?ねぇ」



「梨乃・・・」



「あたしは一人ぼっち。加奈に全部持ってかれる。皆私が嫌い。嫌、嫌。もう戻りたくない」




ガリガリと何かを齧るような音が同時に響いてきて、梨乃は黙る。




「梨乃!待って、何食べてるの?」



「ふふ、ワケわかんない、眠たく、わかんなくなる」



「待って!ダメ!食べないで!今から行くから!」



「きちゃだめ」




ブツッと鈍い音がして通話は切られてしまう。

ツーと鳴る通話を此方も切ってすぐさま二人を見つめる。不安そうな表情。



「急ごう」



二人はこくりと頷く。

走って梨乃の家へと向かうバス停に着き、丁度に来たバスに飛び乗った。






**






友里菜の家は相変わらず立派な造りの一軒家だった。

チャイムを鳴らしてみるが、一向に応答する気配が無い。

金属性の飾り扉は開いていて、そこから建物本体の玄関先へと足を進めた。




「勝手に入っていいのかなぁ、両親居ないのかなぁ」




咲が不安そうに呟く。一美は緊張感のある表情で私を見つめてくる。

玄関のドアに手を掛けると、カチャリと軽い音がして扉が開く。

鍵を掛けていなかったのか。



「両親はいつも居ないみたいなんだ」



その言葉の真意を感の良い二人は見極めたのか、もうこの件については触れてこなかった。

玄関に入ってはみたが、物音やテレビなどの電化製品の音はしない。

シン、と静まり返っている。



「梨乃―!居るんでしょー?」



呼びかけてみるが声はしない。

自分の家の二倍の面積がありそうな玄関からは、真っ直ぐ続く廊下と上へ繋がる階段しか見えない。

此処から見えるだけで部屋のドアは三つ、右へ曲がって繋がっていく廊下が奥には続いていて、状況を伺うには上がって端から調べる必要があった。




「・・・入るわよ」



一美の一段低い声音に賛同して、私達は部屋に上がりこんだ。




「梨乃―!咲だよー!」



「いるなら返事して!」



一階の部屋を一つずつ、申し訳ないと思いつつも確認していく。どの部屋も綺麗に整頓がなされていて生活感は乏しい。

居間、キッチン、風呂場、寝室を確認したが、梨乃の姿は見当たらなかった。

ただ、最後に確認した風呂場に数滴落ちていた血液を見て、思わず固まってしまう。


その血痕は良く見れば続いていて、数メートル先にもポツリと落ちていた。




「・・・二階だ」




階段にわかりにくいが数滴落ちていて、それはまだ新しい。

私は急いで階段を駆け上がってすぐ近くの部屋を開け放った。

後を追って駆け上がってきた二人も追いついて、部屋の中を確認する。



そこには腕から血を流して倒れるように横になっている梨乃が居た。

フローリングには剃刀がいくつも散乱しており、その全てに血が付いている。

そしてその近くには、薬のシートが乱雑に置かれていた。




「梨乃!」




急いで駆け寄って様子を伺う。

腕の傷は手首にも付いていたが、二の腕の裏には傷がいくつもあった。

スカートで隠れているが足を伝って血が流れていて、裾を上げればふくらはぎにも傷がある。




「梨乃!しっかりして!」



「んあ・・・友里菜?友里菜ぁ」




うつろな目だが私と気づいたらしい。

でも呼び方は甘えたような声で全く覇気が無く舌足らずだ。

近くに落ちていたシートを見れば全て中身が入っていない。




「梨乃トイレに連れてこう!まだ吐き出せるかも知れない」




咲の言葉に感化されて、三人で梨乃を持ち上げて運ぶ。

ありがたい事に二階にもトイレがあったので、そこへ梨乃に負担にならない様に運んだ。




「私が吐かせるね。こういうの慣れてるから」




咲は多分大丈夫だと言ってニコリと笑う。

私と一美は頷いて、梨乃を任せてトイレのドアを閉め、のみ水とティッシュをドアの前に置く。

咲の両親は医療関係の仕事で、咲も応急処置等は学んでいる。それに、彼女は色々な場面でこういった事に遭遇しているらしく、彼女に任せるのが一番適任だと思った。




「咲に任せれば大丈夫ね」



「うん」



「友里菜、これからあの部屋を片付けるけど・・・大丈夫?顔真っ青だよ」



「・・・大丈夫。ちょっと動揺しただけだから」




部屋に戻って床に付いていた血を拭き取り、剃刀は手を切らないように気をつけてカバーを着けてビニールに入れる。

落ちていた薬を見れば、以前イベントの時に見た薬名のシートもあった。

私が他のシート名も見ていると、一美が近くへ来て一緒に覗き込んでくる。




「これ、殆ど坑鬱剤と眠剤だ。あとは風邪薬もあるわね」



「わかるの?」



「ウチの母親が飲んでた時があってね。その時坑鬱剤の名前を調べた事があったの」




リスロンとかアモキサンだとか、私からすれば薬の名前からでは全く効能はわからなかった。

殆どのシートが空になっていたが、逆に殆ど減っていないものもある。その名前を見ても規則性は無いように思えた。

ブロンと書かれた瓶を手に取りながら、一美は続ける。




「梨乃はきっと常習者ね。薬の内容で飲む量を調節してる。ただ今日はわからないけど・・・」




部屋を粗方片し終わり、一息ついたところで咲の声が聞こえてきた。

一緒になって梨乃を固定して、以前来て覚えていた梨乃の自室へと運ぶ。

梨乃は意識はあるようだが、具合が悪そうにぐったりとしている。

そのままそっと横にして、梨乃から聞き出した部屋から救急箱を探し出す。




「薬のほうは多分大丈夫だよ。飲んでからそんなに時間が経ってなかったみたいだったし、結構吐き出せたから」




傷のほうも咲が主導となって見たが、数は多いけれど縫うような深い傷は無さそうだった。だからと言って浅いものでもなかったけれど、止血して手当てすれば大丈夫だと咲は言う。

そっと傷口を消毒して一つずつ丁寧に薬を塗り包帯を巻いていった。梨乃はその間目を開けたりしていたが、手当てが終わる頃にはすやすやと寝息を立てていた。




「病院、連れて行く?」



「ううん、それはやめよう。本人に病院にいこうって言ったら全力で拒否されちゃったしね」



病院へ行こうと言えば強く首を横に振って「パパとママに嫌われる、いい子にしてないと嫌われる、言わないで」と何度も呟いたらしい。

以前イベントでトリップしていた時も私を母親と重ねて呟いていた事もあり、梨乃の中には両親への畏怖と底知れぬ孤独感があるのだろうと推測できた。




「・・・不安だよ、ほんと」



梨乃の寝顔は苦しみから解放されたように安らかだった。

その表情を見れば自然と心が痛んだ。


どうしたら梨乃は幸せになれるんだろうか。嫌な事全てを包み隠して幸せを見るのではなく、根底から。

三人は暫くの間黙って梨乃を見つめていた。









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