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夢みたいだけど、夢じゃない。  作者: 緋色こあ
前学期~模索と結論~
16/41

16.夢見





先輩のキスは、本当に優しかった。

自分の身体がとろけるような感覚に陥って、どうしようもなくドキドキして、心臓が痛くなりそうだ。

優しい匂いに包まれて、もうどうにでもなれと思った。

心が満たされるとはこの事か。

優しい表情、そっと頬に触れる綺麗な手。自分の名を呼ぶ声。幸せだった。


『無防備なんだよ』


そう言われた気がしたが、何の話なのかはさっぱりわからない。

とりあえず両思いになれたのだから良いか、深く考えるのは止めよう。




「先輩・・・」




名前を呼んでみれば、ぼんやりと目の前の光景が歪んできた。

先輩も気づけば何処へ行ってしまったのか、姿が無い。

その時点で“あぁ、これは夢か”と気づき始めた。


夢とはいえ、先輩とチューしてる夢見ちゃうなんて自分は相当キてるのかしら。

ってかただの変態なのかな、いやでも夢の中だけでも死ぬほど幸せだったからよしとしよう。



「・・・・」



ぼんやりと視界が拓ける。

ん?なんか目の前に人がいる?

まだ私は寝ぼけてるのか?



「・・・・」



間違っていなければ、いやまた夢かも知れないけど。

目の前で私を見ているのは・・・




「おはよう、友里菜」



にっこりと笑うこの殺人スマイルの持ち主は、確実に夢の中の先輩といっしょ・・・



「ぎゃああああ!!!!」




がばっと起き上がれば頭がズキリと痛んで呻く。

この痛みは夢じゃない、そうだ、私先輩の家に泊まったんだっけ?

私の可愛げの欠片もない悲鳴に先輩は一瞬ニヤリと笑った後に、すぐさま寂しそうな表情をして目を伏せた。




「友里菜ひどい・・・。そんなに自分の事、嫌い?」



「好きです!あっいやそうじゃなくて驚いただけで」



焦って説明している自分の情けなさに涙が出そうだ。

それを証明するかの如く先輩は嬉しそうにニヤニヤしているじゃないか。

朝一でこんなトラップしかけてくるなんて本当にドSだ。



「――っ!顔洗ってきますっ!」



居たたまれなくなって布団をがばっと捲って立ち上がった。











自分が起きたのはもう昼近くで、それまで先輩は私をそっとしておいてくれたらしい。

さっさと起こして帰らせれば良かったのに、先輩は何だかんだ言いつつ本当に優しい。

しかもご飯まで用意してくれていていた。サンドイッチに野菜たっぷりのスープ。


私は笑われた事もすっかり忘れて美味しくご馳走になった。




「そういえば、先輩って一人暮らしだったんですもんね」



「うん。もう生活には慣れたけど、最初は何も出来なくて焦ったよ」



「その苦労があるから今しっかりしてるんですね」




そうでもないよ、と先輩は謙遜するが本当にしっかりしていると思う。

掃除洗濯炊事は完璧そうだし、面倒見が良くて温厚な性格。

それに綺麗でスタイル良くてカッコいいってもう何者?



あ、いやでも一つだけ・・・




「先輩、チャラかったんでしょ」



「え!?そんなの誰に聞いたの!?」



「昨日のユウさんって人」



「あー・・・ユウか・・・」




否定しないって事は遊び人だったという事実を認めた事になる。

目の前の先輩は片手を額へ持っていってうーんと唸っているので、これは確実だろう。

にしても、そんな過去を今の先輩からは見い出せないけど。




「その様子だと、マジでチャラかったんですね」



「いや、もう昔の話だよ」



「へぇー」



「ちょっと!そんな嫌そうな目で見ないで!・・・あのね、昔はホラ、前に言ったと思うけど好きとかが解らなくて。それでちょっと自暴自棄になって遊びまわってた時期があったんだ」



「あー・・・ちょっとだけ信じておきます」



「なにそれ!百パーセントで信じてよー」




そうか、先輩はそういう人だもんな。

複数人に感けても先輩の心は動くことはなかったのだから。


先輩の言葉は本当なのだと解っていたが、先ほどからかわれたのでその分のお返しをちょっぴり込めた。




「よし!そんなチャラい先輩にお世話になってしまったので、早々に帰ります」



「チャラいは余計です。なにも気にしないでゆっくりしていけばいいのに」



「ダメです。そんなチャラい先輩を更生させた彼女さんと会って下さい」



「だからチャラいは余計」




ぺしっと肩を叩かれて、叩き返しながら玄関へと向かう。

ヒールのある靴を履いて、先輩に振り返れば同じくらいの身長になった気分。

先輩の家に居た、それは本当に夢みたいな時間だった。昨日から今日にかけては本当に濃い日で、多分忘れる事はないだろう。



もう、この気持ちに別れを告げなければならないのだから。


先輩は二人きりになっても、決して自分に恋愛的な目線を向けてはこなかった。思いを寄せる人間に対して簡単に手を出す事はしなかった。


それが、先輩の今の気持ちであるのだ。




「ありがとうございました」



「うん。・・・ねぇ友里菜」



「はい?」




「もう、これからは今日みたいに友里菜の気持ちをからかったりはしないから。だから・・・ちゃんとした相手を見つけてね」




「――――」



当たり前じゃないですか、と返そうと思ったのに言葉が出ない。

ぐっと奥歯をかみ締めて、上手く作れたのかはわからない笑顔を向ける。




「・・・・はい。それじゃぁまた、バイトの時に」




パタンと閉めたドアの向こうは、もう二度と入ることの出来ない空間となった。













**




しばらく弄ってなかった携帯電話を見れば、バッテリーが残り僅かという事と、着暦が何件か入っているとの情報が画面に表示されていた。

着暦は七件。それは同一人物からのものだった。

自宅に帰ってすぐに充電ケーブルを差し込んで、充電が開始された事を確認して折り返しの電話を掛ける。


三コール目でコール音が途切れた。



「もしもし、梨乃?」



「友里菜?もう、何回も掛けたのに出てくれないから心配したんだよー!」



「ごめん!ちょっと酔っ払いすぎて昼まで寝てて気づかなかった」



「ばかー!まだ高校生でしょ!」




電話ごしの梨乃は本当に心配してくれていたみたいで、最初こそ早口で怒ってはいたもののすぐに柔らかい声質へと変化した。聞こえないように安堵のため息を付く。


本当のことを言うべきか、言わないべきか。

迷いながらも言うべきでは無いとは解っていた。言えば少なからず何か面倒事が起きる。

そうして自分の中で結論を出した時だった。




「ねぇ友里菜。昨日は何処で寝てたの?」




先ほどの柔らかな声とは一変、急に射るような冷たい声になった。

友里菜は私が隠している事に気づいているのか。




「え・・・?」



「私、今日の午前中に友里菜の家を訪ねたの。そうしたらお母様が出てきて昨日の夜に出かけたっきり帰ってきてないって教えてくれた」




まさか、来ていたなんて。

それほどに心配させていたのだろうか。昨日私を残して帰ってから気がかりだったのだろうか。

どちらにせよ、知られているのでは隠し様がなかった。



「ねぇ、怒らないからちゃんと答えて?私達“友達”じゃないの?」



「友達、だね」



「そうよ、友里菜は私の大切な友達。だから、何かあったなら教えて?何でも聞くよ」




梨乃の言う“友達”は私が望んでいた関係。

それを敢えて提示してくるという事は、私の思いに歩み寄ってきてくれている証拠だった。




「・・・昨日帰り際に襲われかけて、そこを先輩に助けてもらったの」



「っ!何もされてない!?大丈夫!?」



「うん、すぐ助けてもらったから。だけどその時私は泥酔していて、それを見た先輩が危ないからって心配して面倒見てくれたんだ」



「・・・・。したの?そういうこと」



「まさか、してないよ。酔っ払ってたけど記憶はしっかりしてる。」



「嘘よ!だって家に行ったんでしょ?友里菜の気持ち知っててそんな躊躇するような」



「信じてよ!それに」




梨乃の声に被せて強く言うが、その後が途切れる。

つないで一気に言おうとしていたのに、もう溢れてくるものは止められなかった。




「・・・私は正式に、振られたのよ」




言葉にすれば、ついにポロポロと零れ落ちる涙。

声が震えてしまわないように歯を食いしばるのが精一杯だった。


そう、私は振られたのだ。


先輩の中に居るのは別の人で、やはり自分は全く及ばなかった。ただそれだけ。

だけどそれは心の中をぽっかりと空にさせて、悲しみしかない闇を作る。

苦しい、寂しい。


もうあの人の心中に自分は居ないのだ。

自分は必要のない存在となってしまうのだ。




でも、どれだけ苦しくても、梨乃に落ち込んでいる所を見せるのは自分の心が許せなかった。

泣き付いて話してもどうすることも出来ないし、梨乃の気持ちを知っていて先輩への想いを言う様な無神経なマネをする訳にはいかない。梨乃まで辛くなる。




「そうだったんだね。・・・ごめん」



「ううん。気にしないで。私はまた寝るわ。それじゃぁ」




一方的に電話を切って、ベットへと携帯電話を投げた。

そして投げられた携帯電話の後を追って、自分もベットの上へと倒れこんだ。














**




いつもだったら“これで邪魔者が消えた”って自分に廻ってくるチャンスに胸が高鳴るのに。

きっと大喜びで、すぐに慰めに行って自分を売るのに。



何故私は、それが出来ずに泣いているの。



どうしてまた弱い私に戻ってしまっているの?



友里菜は振られたと言ったが、それはきっと本当だ。

声は震えまいとして強くはあったが、張り詰めた声と息は電話ごしで泣いていることがすぐ解った。

本当に加奈を好きだったから、だから隠しきれない程の喪失感に襲われる。

考えたくも無いのに思考はそればかりに偏って、ぐるぐると頭を巡る。




「どうして・・・」



どうして自分も一緒に振られた気分にさせられるのだろう。

世界中に見捨てられるような強烈な孤独感に苛まれるのだろう。




「友里菜」




名前を呼んでも、自分の声が届く事はもう無いのかもしれない。











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