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夢みたいだけど、夢じゃない。  作者: 緋色こあ
前学期~模索と結論~
15/41

15.酔狂




「ユウ、悪いけどこの子には手を出さないで」




加奈先輩がユウさんに向かって言葉を投げ、ユウさんはその声の主をじっと見る。

私の瞳も徐々に暗闇に慣れ、先輩のその真剣な横顔を読み取る事が出来た。

強く、冷淡さも垣間見える瞳。


暫く沈黙が続き、それを破ったのはユウさんだった。

ふっと笑みを浮かべてズボンについた砂を払いながら立ち上がる。




「ナガの手つきじゃどうにもなんないか。友里菜ちゃん、手荒なマネしちゃってごめんね」




ナガが嫌になったらいつでもおいで?と冗談っぽく口にして後ろ手を振って、そのままイベント会場の方へと足を向けて私達の目の前から姿を消した。抱きしめらていた手が離れて、先輩がこちらへと向き直る。



「友里菜、大丈夫?何もされてない?」


「あっ、えっと、はい、先輩が助けてくれたから、キスされたくらいで」


「キス、されちゃったか・・・」



質問に動揺しながらも答えれば、先輩は少し寂しそうな表情を浮かべた。

そして綺麗な指が頬に伸びてきて、そのまま人差し指で私の唇に触れる。

滑るように何度も唇を撫でられて、その行為をただ訳も解からずポーっと眺めていた。



「友里菜、今日はどのくらいお酒飲んだの?」



「え・・・っと・・。よく覚えてないです。あ、テキーラは二杯飲みました!」



私の回答の何処が面白かったのか先輩はくすくすと笑って頷く。

今度は頭を撫でられて、わたしもくすぐったくなってしまって一緒に笑った。




「そっか、じゃぁ大分飲んだんだね。今日はこんなこともあったし、帰って休んだほうがいい」



「はい、そうします。でもちょっと酔いを醒ましたいんで、そこらへんふら付いてから帰りますね」



「それは危ないよ。今すぐタクシーに乗ること!」



「うー!だってこのままタクシー乗って帰ってもモヤモヤする!なんかもうよくわからないんです!だから歩く!」




お世話になりました!と先輩に告げて颯爽と私は歩き出した、つもりだった。

やけに足元がふら付いて覚束無い。なんだか格好悪い、悪すぎる。

このままでは恥ずかしいだけだと、とりあえず先輩の前から姿を消す為走り始めた。




「ちょ!友里菜まって!」



待たない!待たないですよ、恥ずかしいとこ見られたくないですもん!

一生懸命走ってみせるが、ヒールが高い靴を履いてきたせいで上手く走れない。

半ば自暴自棄になりつつも踏ん張って走っていたら、肩をグイっと後ろへと引っ張られた。



あ、やばい、転んじゃう――



何が起こったのかわからなかった。


ただ、気が付けば先輩に後ろから抱き込まれていて。




「馬鹿!危ないだろ?」




先輩が怒っている、私に注意している。

こんな姿見たことない。

怒られているのは私なのに、どこか他人事のように捉えられて。

私はその珍しい表情をまじまじと見つめた。



「もう、無理矢理でもつれて帰る」




そう言われたと思えば、真横の道路脇に止まっていたタクシーまでひっぱられ、そのまま車内へ放り込まれた。すぐに先輩も乗り込んできて淡々と運転手に住所を告げ、ドアが閉まる。




「えっ!?先輩これからイベント行くんでしょ!?」



「暇だったから行こうと思ってただけで、酔っ払いの面倒見る方が重要」



「えー!いいです!一人でお家帰りますっ!」



「何、そんなに一緒に帰るのが嫌なの?残念ながら友里菜のお家には帰しません」



「え!?それってどういう・・・」




私の声のトーンが大きいのか、先輩は私の口に人差し指を当てて静止してくる。

それから得意げに目を輝かせる先輩。




「ウチで面倒みてあげるから、覚悟しなさいよ」




そう言ってニヤリと微笑むその姿は、なんだか梨乃の笑みを彷彿とさせていて思わずひっと短く悲鳴をあげた。


なんだかよくわからない展開になっている気がする・・・。


それでも肝心の思考回路は廻らなくて、タクシーの中では先輩に凭れかかってぐっすりと眠ってしまった。








**







「ほら、着いたよ」




ゆさゆさと揺り起こされて、そのままタクシーの外へと引きずり出される。

うーん、ここはどこだ?私なにしてたんだっけ?


全く覚醒する気配のない頭を抱えて連れられたのは綺麗なマンション。

デザイナーズマンションとかいうやつなのか、洒落た作りになっていた。



「あと少しだから、もうちょっと頑張れる?」



「はい、大丈夫です、歩くぐらいならできます・・・」



黒にシルバーのラインが入ったドアを開ければ、清潔感溢れる玄関。

そういえば先輩のお家だ、と今更ながらに思い出し、お邪魔しますと靴を脱いで先輩の後に続く。



「よし、そのまま寝るのは嫌でしょう?浴びれるならシャワー入る?」



「はい、まぁ・・・」



でも面倒くさいなぁ、シャワー浴びるのだるい・・・

そうして何も言わずにうじうじしていれば、先輩が一つため息を付く。

顔を上げれば先輩はにっこり笑っていて、自分の足元に来て膝をついて見上げてきた。その笑顔はまさに梨乃。



「無理矢理脱がされたいの?」



その言葉を聞いた瞬間、一瞬にして全神経がフル活動する。

顔に血液が上っていくのが解かった。



「っ!ちゃんと入りますごめんなさい!」



慌てて脱衣所に急ぎ足で入ってドアを閉める。


先輩ってあんな事言うような人だったっけ!?

いや、言う人だけれども。

だけど私の気持ちを知っててからかってくる事は無かったし。

そしてあの笑顔はっ・・・反則ですよ先輩!


私が悶々と考えていると、居間からは先輩の笑い声が聞こえてきた。



「ふふ、冗談だよ!でも具合悪くなったら言うこと!酔っ払った時の風呂は危ないから!」



私はなるべく感じの良い声になるように心がけながらも「はーい!」と大きく返事を返す。

そして早々にお風呂場へと足を踏み入れた。

先ほど覚醒した為か、具合悪くなる気配も意識が飛びそうになる気配も無く無事にシャワーを済ませることが出来た。それでも視界はくらくらと廻ってはいるのだが。

出てくれば、Tシャツと柔らかな素材のサルエルパンツとバスタオルがセットで置いてある。


あ、先輩の服・・・着ちゃっていいのかな。


今更ながらこの状況にドキドキと胸が高鳴り始めたが、すぐにココまで来る過程を走馬灯の様に思い出した。


やばい、先輩にめちゃめちゃ迷惑をかけちゃってる・・・しかも多分敬語使ってなかったりもしてる・・・


胸の高鳴りは様々な意味で爆発しそうだった。

とりあえずは服を着て、バスタオルを首に下げながらそっと脱衣所の扉を開けた。

先輩は居間のソファーで本を読んでいたのだが、扉が開いた事に気づくとこっちを見て、微笑む。



「どうした?具合は大丈夫?」



先輩が神様に見えた。なんて優しいんだ。



あぁ、どうして私は好きな人に迷惑ばかりをかけてしまっているんだ。

先輩の声に私は頷いて、それから急いで先輩の元へと駆け寄って思い切り頭を下げた。




「先輩っすいませんでしたっ!」



「えぇ!?どうしたの急に!」



「先輩の好意に甘えてつれて来て貰って、しかもこんな酔っ払いを相手にちゃんと見ててくれて、さっきシャワー浴びた時にちょっと正気に戻ってきて、いやもう本当にごめんなさい!」




まくし立てるように随分と早口で思っていた事を吐き出すと、先輩は唖然として私を見ている。

それから持っていた本をパタリと閉じ、急に堪えていたかのように笑い出す。



「ぶっ・・・!あはは!何だよ急に!そんなの気にしないでよ」



「だって・・・だってー!」



「わかった!わかったから!じゃぁ今度学校近くのアイス奢ってよ、それで許す!」



「いやでもほんとうに」



「もういいって!気にしないの!わかった?」



「・・・・はい」




私が渋々納得すれば、先輩はそんな私を見てまた笑い始める。

そんなに笑わないでと抗議をすれば火に油を注いだかのように更に酷くなるので手のつけようがない。

しばらく黙って収まるのを待てば、悪かったと頭を撫ぜられた。



先輩は一人暮らしをしている。両親が転勤族で高校二年の春に東京へ行くことになったが、高校はここで卒業したいという思いから残る事を決めたそうだ。

そんな先輩の家は綺麗に整理整頓されていて、寝室にはリラックスできるアロマの香りが広がっていた。

先輩はどうも香りフェチらしい。



「私も寝る準備してくるから、先に眠っててね」



先輩が部屋を出て行ってから少し部屋を見渡した時に、コルクボードの飾られている様々な写真に惹かれて眺めていた。制服を着ている写真、中学の頃だろうか今より幼い顔で柔道服を着ている写真、楽しそうにはしゃいでいる写真。

その中の一つの写真が目に留まる。

その写真には二人が仲が良さそうに寄り添って写っていて、先輩の隣に居る人物は一度だけ見たことがある。あのカフェから出てくる時に見た人だった。



「・・・・・・あ」


そうだ、先輩には彼女が居るんだ、それなのに私・・・







**






仕度が終わってから、友里菜を連れて行った寝室のドアを開いた。

あそこまで酔っ払っていたのだ、もうベットで寝ているだろう。

自分は居間にあるソファーで寝るつもりではあったが、どうにも様子が気になった。


扉を開けば友里菜は寝ておらず、しかも入るやいなや腰掛けていたベットから勢いよく立ち上がった。




「どうしたの?」



「先輩ごめんなさい、私やっぱり帰ります」



急に決意を固めたかのように告げられたと思えば、着替えを持ってきますと寝室を出ようとする。

慌てて入り口で両肩を掴んで引き止めた。



「待って!今度はどうしたの?」



「だって先輩、彼女さん居るのに、こんな事になれば後々面倒をかけてしまうだろうし、そうなるのは本当に嫌で・・・」



そう言って友里菜は自分から視線を逸らしたが、その視線の先にはコルクボードに貼り付けていた写真たちに向けられていた。きっと二人で写っている写真を見つけて思い立ったのだろう。

友里菜らしい気の使い方だった。



「気にしないで良いよ、きちんと言うし、その程度で怒るような人じゃない。それに、今友里菜を帰して何かあった時のほうが困るよ。だから、お願いだから今日は家に泊まっていって」



それは本心だった。

怜奈はこういった事情があったときちんと話せば理解してくれるし、多少の事で感情的になったりはしない。

きっと解ってくれるはずだと。

諭すようにゆっくりと告げればじっと目を見つめてきて、自分も視線を返す。

そして自分の言葉を信用してくれたらしく、わかりましたと頷いた。



「っ、先輩は何処で寝るんですか?」



「あぁ、居間のソファーで適当に寝るから気にしないで」



「そんなのダメですっ!私がソファーで寝ますから!」



「いいよ!客人なんだからベットで大人しく寝てください!」



「絶対ダメです、それは絶対受け入れません、絶対です」




絶対を連呼する彼女は今回は譲る気がないのか、頑なに拒み続けるので埒が明かなくなってきた。

どうしようかと流石に困り対策を考え始めた時だった。




「・・・じゃぁ先輩、一緒にベットで寝ましょう」



「・・・え?」



「いっ、いや嘘です!それにやましい理由じゃないですから!ただの提案のつもりで!」




すぐさま否定し始める友里菜の顔は真っ赤だった。きっと友里菜も対応策を考えて閃いたから呟いて、言った後にその言葉の深い意味に気づいたんだろう。

慌てる友里菜は本当に可愛くて、抱きしめたくなる衝動に駆られる。でもそれはぐっと堪えて。



「そしたら、一緒に寝ようか」




きっとこんなことも今日だけだろう、だから、少しだけ我儘を言わせて。

脳裏に怜奈の顔が過ぎったが、それでも罪悪感は少ししか出なかった。

一緒に眠るだけ、ただそれだけなのだから。




「・・・へ?」



「よし、そうと決まれば寝るよー!」



「ええええええ!!??」




固まる彼女を片目に捕らえながらもシングルベットへとダイブする。

シングルなので幅はないが、自分も友里菜も細身だから全く問題は無いだろう。

ごろりと転がって友里菜の方へと向き直れば、友里菜はまだ固まったままで此方をじっと見ていた。

その表情が何とも形容しがたくて、怯えているような、照れているような、どちらにしても不思議な表情で思わず口元が緩む。


わざとらしく布団を捲って、隣に空いたスペースをポンポンと叩いた。




「ホラ、こっちおいで?」



「ああああ!先輩の馬鹿!」




頭を抱えて悶絶する彼女についに堪えきれずに笑い声が飛び出して、からかい過ぎた事を謝る。

一通り落ち着いてから、漸く近くに寄ってきて、ベットの端にちょこんと座る。



「横になって」



「・・・あーもう、先輩のせいで緊張して死にそうです」



「何もしないから安心しなさい」



「いやそれは大前提でわかってるんですよ、だけど緊張するものはするんです」



そう口ではは言いつつもふかふかのベットには敵わないようでゆっくりと横になり、歓声に近いような声を出して微笑んだ。


「先輩のベットふかふかーきもちいー」

「でしょ?これはかなりのお気に入り」


横になれれば急に安堵感がこみ上げてくるのか、もう目を瞑って呼吸を整えはじめたので、リモコンで電気を消した。




「おやすみ、友里菜」



「おやすみなさい・・・」



先程までのテンションとは打って変わってもう声を出すのも億劫そうだ。

急にはしゃいでみたり落ち込んでみたり、友里菜に酒を飲ますと面白い。酔っ払いのくせに遠慮を忘れていない所とか、急に落ち込む所とかは素面の時とあまり変わりは無いが。

それでも隣で寝ている彼女の寝顔は可愛くて、見ているだけで癒されていく気がした。




「・・・友里菜?」




少ししてから友里菜に声を掛ければ、もう反応は無くすやすやと寝息を立てている。

静かな部屋に響くやすらかな寝息は、とても穏やかに時間が流れている象徴のようだった。

カーテンの隙間から差し込んできた月明かりがぼんやりと友里菜を照らしていて、整った顔がより綺麗に映えてみえた。



「友里菜」



もう一度呼んでみるが反応は無い。

無防備に投げ出された両腕、流れて少し顔に掛かっている髪、纏っている自分の服。

細身の身体に柔らかそうな肌、触りたくなる頬。

隣に居る人物は、見れば見るほどに自分の心を揺さぶってくる。

そんな友里菜を起こさないように起き上がり、覆いかぶさるように友里菜の頭の横へと両手を置く。




「無防備なんだよ、ばか・・・」




そっと、優しく、想いを篭めて触れるだけのキスをした。









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