14.お持ち帰り
茫然とした状態で会場内へと戻ってくると、丁度二回目のドラッグクイーンのショーが始まっていた。
正直、どうにも一緒になって盛り上がれない。
先ほどまでの楽しさが嘘のように消え去って、今は虚無感と孤独感でいっぱいだった。
こうして大勢の人が集まって盛り上がっている中に一人だけ乗り切れずに居ると、一人で居るよりもかえって孤独感は増すものだ。
とりあえず空いているカウンター席に腰掛けて、ショットガンを頼む。
お金を払おうとポケットを漁っていれば、すっと目の前に一万円札が差し出された。
「自分も飲みたいから、二つで」
顔を上げればそこにはユウさんが居て、私と目が合うと微笑む。
「一緒に飲もう?一人じゃ寂しいじゃない」
「ユウさん・・・」
ありがたくご馳走してもらって、チン、とグラスを合わせて乾杯をする。
手に乗せた塩をぺろりと舌で掬い上げて、一気にショットグラスのテキーラを流し込めば、喉をアルコールの強い熱が通っていく。そしてライムを齧る。
口の中の強烈な後味がライムによって少しずつ薄れていく。
「・・・っくあー!」
おっさんさながらの声を出せば、ユウさんはくすくすと笑った。
「ユリナちゃんって見かけによらずおじさんくさいな!」
「あは、よく言われますー」
そうして一通り笑って、ふぅ、と一つため息をついた。
梨乃はあれから無事に帰る事が出来たのだろうか、あれからまた変な行動をして問題を起こしていないだろうか。心配で仕方が無い。
ケータイに電話をしてみるのも手だが、果たして出てくれるかどうか。
「リノちゃんが気になるんでしょ」
「・・・はい。どうにも様子がおかしかったから、ちゃんと帰れたのか心配で」
「大丈夫だよ、心配だったら後で電話してみると良い。それにちゃんと送ってきたんでしょう?」
「タクシーに乗せて、私も一緒に帰ろうとしたらすごい剣幕で拒まれて。酔っ払って私が誰だかもわかってないみたいだったから・・・」
不安はどんどんと積もっていく。
落ち着きがなくなって、つい何度も携帯を見たり、きょろきょろと目線を動かしたり。
そんな私を見かねてか、ポンポンと私の頭を撫ぜてくるユウさん。
「大丈夫!電話はもう少ししてからかけてごらん?きっと出てくれるよ。折角のイベントなんだから、ずっとそうして気にしているのはもったいないしね」
「うー・・・そうですね。そしたら後で電話かけてみます!」
「うん、そうしよう。ユリナちゃんも今日の出来事を忘れるために飲まないとー!」
そうやって元気に励ましてくれるユウさんのおかげで、少し心が軽くなった気がした。それに、くしゃりと髪の毛を触って撫ぜてくる手は何だか先輩に似ていて、安心する。
大人しく撫ぜられて、励ましてくれるユウさんにお礼を言うと気にするな!と笑いながらテキーラを更に頼み始める。
「えぇっ!また飲むんですか!?」
「あったりまえじゃん!おごっちゃるから潰れるまで飲んでしまえ!」
結局そのテキーラも自分の体内へと吸収されていった。
それから暫く飲みながら話していると、握り締めていた携帯からバイブの振動が伝わってきた。
見れば、そろそろ電話しようと思っていた相手からの着信。
先程送ってから三十分程の事だった。
「梨乃から電話来ました!」
「マジか!入り口の方が静かだから、そっちで電話しておいで」
ユウさんに促されて、私は急いで入り口付近へと走っていく。
そして通話ボタンを押すと、少し慌てた様な声で梨乃が話し始める。
『もしもしっ友里菜?』
「梨乃!今何処なの!?」
『どこって・・・私の家なんだけど』
その言葉にホッと胸を撫で下ろす。どうやら無事家には帰ることが出来たようだ。
「よかったー。今日は早く寝なよ!」
『あっ待って!私どうして先に帰ってるんだっけ?記憶が曖昧で・・・』
「あー・・・結構飲んでたからね。それで先に帰らせたんだよ。一緒に帰ろうとしたんだけど、梨乃が私をタクシーに乗せたくないって聞かなくて、結局梨乃だけ帰ることになったの」
電話越しの声は先程とは打って変わって沈んでいて、いつもの梨乃には近いけれども元気が無い。
先程の薬の作用とはまた違うが、それもODの症状なのだろうか。
『そんなこと言っちゃったんだね・・・ほんとにごめん』
「良いよ、大丈夫。それより梨乃は身体大丈夫?」
『いや・・・今さっき吐いて少し楽になったかな。でも気持ち悪い』
吐いたという事は、少なからず飲んでいた薬を吐き出したということだろう。今の梨乃はちゃんと話が出来るし気はしっかりしているようだ。
『あっ、ねぇ、友里菜はいつ帰るの?早く帰らないと危ないよ!』
「私は大丈夫。そんなに酔ってないし、そのうち帰るつもりだから」
その後も名残惜しそうに話を広げてくる梨乃に収集が着かなくなると判断した私は、それじゃぁまたフロアに戻るから!と告げて少し強引に電話を切った。
とりあえず安心した。
あんな状態だったからものすごく不安だったけれど、あの声の調子だと大分回復しているみたいだし。
具合が悪そうなのも心配だが、先程のように意識が混濁してる事よりはまだ安心できた。
ずっと気を張っていたようで、電話の後はどっと酔いがまわってくる感じがする。
そういやショットも飲んでるし、酔っ払うのは当然だよなぁ。
ふわふわと物事を考えられなくなってきた頭で、とりあえず何事も無く済んだのだから良しとした。
今日は心ゆくまで飲むぞ!
**
「ユリナ、酔っ払ってるぞー」
ユウさんに言われて目線をやるが、くらくらと目が廻って焦点が中々合わない。
この人は酒強いなぁ、同じ位かそれ以上に飲んでいるのに変わらない。
「んんー。酔っ払ってないです、ホラ、げんきげんきっ」
背筋をしゃきっと伸ばして強がって、すぐにまたソファーに凭れかかってしまう。
意識はまだまだしっかりしているが身体のほうは大分フラフラだ。
そんな私を見てツッコミを入れてくる人、笑う人。どちらにしても楽しいから何でも良かった。この人たちはユウさんの友達で、先程紹介してもらった人たち。
計五人でダンスフロアの端で騒いでいた。
「あー・・・そうだ、皆さんってどんな子がタイプなんですか?もっと勉強したいんで教えてください!」
先程からこのようなレズビアントークを繰り広げていたので、私も酔った勢いともっと知りたいという欲求から遠慮せずに聞いていた。
「そうだね、自分は受身だから、カッコいいボーイッシュな女子に弱いかなー、攻められたい」
「ドMだなぁ!やっぱりネコだと攻められたいもんなんだね」
「あたしはタチだから女の子を攻めたいけど、ちょっと強気な子が好きかも。落とした時の優越感がたまらない」
「お前は絶対Sだなー」
好みは皆それぞれらしい。それはセクシャルと呼ばれるものが違う事も大きく関係している。
セックスの時に攻められる側か、攻めたい側かということらしい。
そのことをタチとかネコとか、両方できる人はリバとかって言うのだと教えてもらった。
「ユリナちゃんは、女の子はどんな子がタイプなの?」
「んー・・・。最近まで気になっていた人は、ボーイッシュでカッコいいんだけど顔がとっても綺麗で、面白くて優しい人なんです」
最近まで、というのは嘘で今もずっと好き。
だけどもそれを言えば根掘り葉掘り聞かれてしまいそうなのであえて言いたくなかった。
「ねぇ、それってかなりレベル高い人だよね」
「ユリナちん、もしや面食い?」
「いやいやいや!別にそんな事はないかと思いますけど!」
そんな感じでトークに花が咲く。
でもそれに比例して酒も進んでしまい、正直これ以上飲むとどうなるかわからなかった。
どんどんと頭の回転も鈍くなる。
もうここら辺で帰る方が良いかもな。
「・・・私、そろそろ帰ります!」
「えぇ!?未だ一時過ぎた所だよ!今日は朝まで盛り上がろうよ!」
そうだよ、折角知り合えたんだし楽しもうよ、と皆に言われて嬉しくなって流されそうになる。
でも本気でこれ以上は危険だと私の中で警告音が鳴り止まない。
「いやー、正直これ以上飲むと皆に迷惑かけちゃうと思います・・・」
「んー。じゃぁ自分も帰ろうかなぁ」
コップに入っていたお酒を一気に飲みきって言ったのはユウさんだった。
ユウも帰っちゃうの!?と皆残念そうにしているのを見て、私も慌てて止めに入った。
「え!ユウさんは居てくださいよ」
「んー。どうしようかな。でもとりあえずユリナちゃんが心配だから、途中まで送っていくよ」
それからまた戻ってくるわ、と皆に告げて事なきを得て、立てる?と手を伸ばされる。
その手にしがみつくように立ち上がったが、予想以上に酒が効いているせいか足元が酷くおぼつかない。
一気に頭もぐらぐらしてくる。
「ほら、大丈夫?ゆっくり外にでよ」
優しくエスコートされて、申し訳なくなってしまい謝るが気にするなの一言で返されて。
やっぱ大人の女性は違うな!と変に関心しながら店を出た。
目の前にタクシーが来ているのでそれに乗ろうと足を向けたが、私に手を貸してくれているユウさんは何故か左方向へと歩みを進めていく。
「あっ、ユウさん、私コレに乗って」
「ううん、ちょっとこっちにおいで?」
そのまま支えられながらも連れて行かれたのは賑わう通りとは逆の通り。
先程からユウさんはこちらを振り向かない。
なんだか嫌な予感がして、向かう足を止めた。
「ユウさん、もう」
「ねぇユリナ、今かなり酔っ払ってるよね?この後少しどこか行かない?」
ぐっと強く手を引かれてビルの陰に引き込まれ、倒れこみそうになった私の身体はユウさんに抱きしめられた。その力に酔ってくたくたになった身体は抵抗出来ない。
―――やばい
「っ、ユウさん私っ」
「ナガの事忘れて、自分と付き合わない?」
その目は先程の優しい目とはまた違う、色のある目。
「それは、私ユウさんの事知らないし、まだ」
「ごめん、こっちは今日会っただけで一目ぼれしちゃったんだよね」
恋に早いも遅いも関係ないでしょ?
ぐっと身体を抱く手に力が入ったのを感じて、本気でまずい事を感じ取り逃れようとして後ろへ下がればそこには壁が立ちはだかる。
上手く身体を誘導されていたことに今更気がついた。
「やっ・・・!ユウさ・・」
抵抗の言葉を言う前に唇を塞がれる。
それは酒のせいかとても熱く、すぐに舌を絡め取られて弄ばれ、鈍っていた感覚を呼び覚ますかのように生々しく脳へと伝わってくる。
必死になってそれに堪えていれば、今度は腹部が一瞬ひやりとして、そのあと直ぐに熱い手が侵入してきて、服の中へと手を入れられたのがわかった。
「っふ!・・・・や」
その手を拒もうと必死に両手で掴んで抵抗を心みるが、どうしても力が入らない。
そのまま上へと徐々に上がってくるユウの手。必死な抵抗は身を結ばない。
唇から首筋へとキスが落とされて、首筋をつぅと舐められてビクリと身体が反応する。
耳を齧られて、囁かれる。
「抵抗してもムダだよ。大人しくしてたら気持ちよくしてあげるから」
その情欲を含んだ言葉にゾクリと身体が震えるのがわかった。
身体はその耳元での声の響きに色を感じて震えるが、気持は全く違う、恐怖が混ざる。
「やだ・・・っ!」
もう力も入らない。その手の侵入をこれ以上拒む事は難しかった。
駄目かも――――
そう思って、ぎゅっと強く目を瞑った時だった。
「ユウ!やめろ!」
急に声がしたと思えば、自分に纏わりついていた手がふっと離れる。
見ればその場に倒れこむユウさんの姿に、誰かに押されて倒れたことはすぐにわかった。
そしてユウさんは倒してきた人物を見て目を見開く。
「っ、お前、何で・・・」
誰・・・?
自分のすぐ横に居る人物をゆっくりと見上げた。だが暗がりな事と涙目になった自分の視界からは、近くにいるのに顔がはっきりと見えてこない。
でも、鼻をくすぐるこの大好きな匂いは・・・。
「せんぱい・・・?」
「うん、そうだよ、友里菜」
自分の身体を抱き寄せた優しい香りは、加奈先輩のものだった。