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夢みたいだけど、夢じゃない。  作者: 緋色こあ
前学期~模索と結論~
12/41

12.週末の予定








「おはよー」




自身の声に反応した咲がばっと振り返って「おはよう」と言いかけ、その表情をみるみるうちに歪ませていく。



「どうしたの、そんな生気の無い顔して」



どうやら今朝鏡で見た自分の顔は登校しても変わっていないようで、きっとやつれた様に見えるのだろう。

只でさえ最近元気が無かったのに、まだ治りきらない風邪と土日の出来事のせいで最悪のコンディションだった。




「うん、風邪も引いたし、色々あってもうどうしていいかわかんないわ・・・」


「そんなキツイ事あったの?今日はここ最近で一番酷い顔してる・・・」




心配そうに覗き込まれて、両方の手で私の頬を覆ってくる。

その行動にも大した反応を返せない自分は相当まいっているのだろうか。いや、まいっている。

話すタイミングを見計らっては居たけれど、今こうして心配されて今すぐ話そうと思ったのだから。



「うん、なんか話せば長くなるんだよね。・・・簡単に言えば、一人からは異常な程に好意を持たれていて、もう一人は私が好きで告白したんだけど曖昧に返されて、うん、もうよくわかんない感じ」



「うわ。ってか何で好きな人いたって教えてくれないのー!しかも告白までするなんて、友里菜相当その人の事好きなんでしょ」




だって二人とも女だし変わり者だし、いや自分もその中にもう入ってるんだけどさ、カミングアウトする勇気がまるで出なかったんだもん。

心の中で子供の様に拗ねてはみたが、その続きを聞きたがる咲の様子だと、言わなかったことを咎めるよりも相手がどんな人なのかを聞きたいらしい。




「あぁ、だって最高な人だと思ってたからね・・・。でも彼女居るみたいだし。だけど告白に対して明確な答えは出してくれないし」



「うーん、迷ってるんじゃない?今を捨てて友里菜を取るか、彼女と関係を続けていくか」



「普通に考えればそうかもねー。でも、その人と彼女の繋がりも特殊な関係みたいで他人が介入できる間柄じゃないみたいだし」




そう、簡単には崩れない関係のはずだ。

先輩も怜奈さんを大切にしたいと私の前でしっかりと断言していた。それに恋愛の感覚が解らないとも。

でもあの時、先輩が私を抱きしめてくれたときの言葉が今も頭の中で鳴り響く。


“友里菜が梨乃に取られると思うと、胸が苦しくなるんだ”


果たしてそれはどこまで深く捉えていいのだろうか。

告白の返事も結局流れてしてもらえなかった。


突然の先輩の行動に驚いて唖然としていれば、しばらくぎゅっと抱きしめられた後我に返ったように私を引き離して、そろそろ帰ろうか、と普段通りの明るい声とともに立ち上がった。

私も動揺して、そうですね、と一言返した後は何も言えずにそのまま別れて帰宅してしまったのだ。

先輩を諦める為に告白したのに、あんな風に言われて抱きしめられてしまうと断ち切る事など出来なくなってしまう。




「二人とも、私が知ってる人?」



「うん、一美もばっちり知ってる。特に好意を持ってくれている人はね」



「え、めっちゃ気になる、マジ教えてほんとお願いだから」



いずれは咲と一美には言おうと思っていたので、あとはタイミングだけだった。

ありがたい事にまだ梨乃が来ていない。

言うなら今かも知れないと教室の入り口に目をやると、ドアの端からもう少しで教室へ入ってくる梨乃の姿が見えてしまった。



「あー・・・」


聞かれると不味いな。

咲に向き直ると、咲にだけ聞こえるように声を潜めて咲の肩を叩いた。




「“梨乃”にはこの話、しないで。後から全部話すから」



「・・・嘘でしょ」




はっとしたように咲は目を大きく見開いて自分を見つめてくる。どうやら解ってくれたらしい。

その反応に私はこくりと一つ頷いた。

咲は教室に入ってきた梨乃へ背中を向けており、その表情は自分だけしか見ていない。

梨乃に見られれば何を話していたのかと訊かれてしまうだろうし、隠しきれる自信がない為好都合だった。



「あっ、二人ともおはよー!」



元気に駆け寄ってきた梨乃に笑顔で挨拶を返すと、続いて咲も挨拶を交わす。

その表情はもういつもの柔らかい笑顔に戻っていてホッと胸を撫で下ろした。



でもまだ大きなイベントは残っている。
















「さっ、友里菜バイトいこー!」




放課後ロッカーで帰る準備をしていた時、梨乃が元気良く後ろから駆け寄ってきて肩を叩いてきた。

学校の梨乃は相変わらず可愛らしい行動ばかりで、ため息が出る程歪みが無い人柄を演じきっている。



「そうだね、今日も頑張りますか!」



今日は梨乃も出勤だ。

そして、昨日会ったばかりの先輩も一緒だった筈で、三人揃う。働くフロアは違えど休憩室で顔を合わせることはまず間違い無いだろう。


私は正直、この時間がやってくるのが心底嫌で仕方なかった。

学校の門を潜って外へと出れば、ずっと言われるであろうと身構えていた質問が投げかけられる。




「ねぇ、昨日加奈先輩とはどうだったの?」




ずっと聞きたかったんだろう、梨乃の口調は随分と早口だった。

私は梨乃に視線を返さずに、慎重に伝える言葉を選ぶ。

昨日の先輩との出来事を伏せるべきだという事は必然で、梨乃が知ると面倒な事になるのは解っていた。

それに余計な事を言えば、つい梨乃が先輩と付き合っていた事をきいてしまいそうで、それを梨乃の口からは何故か聞きたくないと思った。




「いや、彼女さんが凄い大切だって言ってたよ、彼女さんには勝てる気がしない」



「ふーん・・・そっか。じゃぁきっぱり振られたんだね」



「・・・まぁ。しばらくはこの傷は癒えそうにないわ」



「・・・・・・」




独り言の様に呟けば梨乃は何も言わず、隣で私の表情をじっと伺っていた。嘘だとバレているのだろうか、それとも慰める言葉でも捜しているのだろうか。

その痛いほどの視線に耐え切れなくなってついに梨乃へと顔を向ければ、無表情。

でも目は据わりじっと睨まれているような威圧感があって、冷や汗出ていく感覚が身体を駆け抜ける。



「じゃぁ、私と付き合ってくれる?そんな辛い気持ちなんて忘れさせるよ」



その一言に胸が痛んだ気がした。

自分の気持ちはどこに転がっていくかわからない。

だけども、自分のせいで梨乃の気持ちを左右させる事もしたくはない。




「・・・・ごめん。梨乃は好きだけど恋愛ではない、と思う。今は自分でもよく解らないんだ」


素直に言葉を吐き出す。

梨乃はまた暫く黙った後、いつもの優しい口調で言った。




「そう。でも、私は諦めないよ。友里菜を誰よりも好きだから」










**









休憩室に行けば、加奈がもう着替えてテレビを見ていた。先に声を掛けたのは私じゃなくて、友里菜。



「おはようございますっ」


「お、おはよー」



緊張した面持ちで友里菜が挨拶をすれば、何事も無かった様に加奈が笑顔で挨拶をする。

その後に私も無難な挨拶をすれば同じ反応が返ってきた。

横目で友里菜を見やれば、その緊張の糸が切れたみたいで表情が緩んだのが解る。




―――友里菜、本当に振られたのかしら




私は先程の友里菜の反応が気がかりで仕方なかった。

振られたなら曖昧に言葉を濁さずにはっきりと言うはずだと。

それに昨日は私が惜しみながらも背中を押して見送ってあげたのだから、何かしら友里菜からアクションがあってもおかしくはないのに、彼女は自分から切り出すまでは触れようともしなかった。


ただ振られただけでは無い事は明白だった。


昨日は意地でも家から出すべきではなかったか。

いやでも何れは加奈に話さなければ友里菜の気が済まなかっただろうし、伝えるのであれば早い方が傷として残らないからタイミング的には良かったのだと踏んでいたのに。

そして加奈は好意を寄せていたとしても、怜奈を手放すような事は絶対に無いと確信していたから。






「あ、今日早めに降りなきゃいけないんだった!」



三人で当たり障りのない雑談をしていれば、友里菜が思い出したように慌てて席を立つ。

そういえば今日は忙しいと嘆いてた事を思い返し、それは気まずさから出た嘘ではないことは判断できた。

本人も私と加奈を置いて先に仕事に行くのは嫌だった様で、席を立った後も名残惜しそうにして、それでも足早に出て行く。


笑顔で見送って足音が遠ざかるのを確認して、目の前の加奈を睨む。


「雨で旅行も台無しだったんでしょ?」


問いかけに全く応じるつもりは無いのか、テレビから目を離さない。




「ねぇ、あんた昨日友里菜に何言ったの」



「別に大した事じゃない」




平然と言ってのける加奈の態度が癇に障り、さらに頭に血が上る。

思わずドン、とテーブルを叩けば、だるそうにしながらもやっと梨乃の目を見た。




「何言ったって訊いてるの。あんた友里菜と浮気するつもり?やっぱり只の遊び人」



「お前には関係ない」



「大アリよ。中途半端な事しないで。友里菜に希望を持たせるような事言ったりしないで。人の幸せまで奪うつもり?・・・・誰も幸せに出来ないくせに!」




私の叫びに加奈は大きく目を瞠った。


この人は人を幸せに出来ない事を悔やんでいるのは知っていたから、きっとそれだ。

加奈はそのコンプレックスとも取れる感情の欠落をとても気にしている。

だが表情に出したのは一瞬で、すぐさま睨むような目つきに変わる。


そして鼻で笑って。




「それはお互い様だろ?違うか?幸せと苦しめる事を一緒にしてる奴には言われたくない」




お互い様―――愕然とする私を一瞥して、ガタン、と勢いよく加奈は席を立つ。


テーブルの足を大きな音を立てて蹴り、ドアを閉める音、遠ざかる足音も荒々しい。

その態度は中々に威圧的で、温厚な加奈が相当怒りを露わにしたことを意味していた。





「・・・どうにかしないと・・・」



友里菜が取られる。

どうしたら・・・。




頭を抱える。加奈が友里菜を本気で好きになるなんて想像もしていなかった。本当に大誤算だった。

これ以上加奈と友里菜が一緒に居る時間を作ってしまえば、二人の距離は縮まってしまう。


せめて、加奈の過去を知ってくれたら。


遊び人で薄情で淡白だったあの当時の事を。


ただ、自分が言うだけではあまりにも説得力に欠ける。

彼女を此方に引き寄せるには周りの協力も必要になってくるのか。

しばし頭を巡らせて考える。



その時ふいに、先日見つけたガールズイベントの告知を思い出した。












**













「おーつかれっ!」


「ひいっ」




バイト終わりに店をでた直後、後ろから飛びつかれてとっさの出来事に悲鳴をあげてしまう。

こんな事をしてくるのは一人しか居ないと振り返れば、そこには満面の笑みで可愛く笑う梨乃が居た。




「いやー!めっちゃビックリした!」


「ボーっと歩いてる友里菜が悪いんですよっ!まぁそんな事より・・・今週の土曜の夜、空いてるよね?」


「え、いやバイトは無いけど・・・」


「実はね・・・。女の子だけのガールズイベントがあるんだけど、行かない?」




ガールズイベント?

女の子限定で盛り上がれるDJイベントを想像してみる。




「それってDJイベントみたいなので女子限定ってやつ?」



「うん、そうそう!凄い楽しいんだよー、踊ったり、ダーツしたり、可愛い小物を買ってみたり。販売ブースもあるから飲んで食べて騒げちゃう!」



「まじで!?それめっちゃ楽しそう!」




そういったイベント事は嫌いではないし、女子だけなら男の目を気にせずにはっちゃけられるというものだ。たまにクラブには行く事はあったが、レディースデー的なものがあるとは知らなかった。


でも、梨乃がいう“女の子限定”というのは・・・。



「・・・もしかして、そういう人達が集まる所?」



一番気になるところを突けば、笑顔のままで大きく頷く梨乃。



「やっぱりか・・・」




「でも、そういう所だからって偏見を持って欲しくなくて。友里菜にもちゃんと見てもらって、そんな世界があるんだと知って欲しくて。普通の子たちと変わらないから」




そう話す梨乃はいたって真剣で、どうすれば伝わるのか考えながら必死に話してくれていた。

確かに自分が知らない未知の世界は見てみたいとは思う。

けれど、自分は先輩以外の女を好きになれるかは全くわからない。

もしかしたら今回限りで、女の子を好きになることは一生無いのかもしれないのだ。




「・・・あたし、先輩の事は好きだったけど、イコール女の子が好きってなるわけじゃないと思うからなぁ・・・場違いな感じがして」



「そんな事ないよ。女に興味ない子もイベントのショータイムが見たくて来る子も居るし。それに・・・」



「それに?」



「加奈先輩、よく行ったりしてたらしくて。今はもう来ることは無いと思うけど・・・友里菜、まだ諦められないんでしょ?」



「っ・・・それは」



「加奈先輩はここ数年は有名な人だったから、知っている人が居ると思うわ。正直私は加奈先輩が嫌い・・・。友里菜の前にいる加奈先輩は完璧な人かもしれないけど、あの人の本性を友里菜は知らない。きっと話を聞かせてもらえれば、友里菜の中でも気持ちの整理がつくかもしれないから」



「加奈先輩の本性・・・?」





加奈先輩は温厚で誰にでも優しいイメージがある。それに学校でも人気はあるし、年下からも好かれているから後ろめたい面があるイメージは全くない。

この前聞いてしまった人を愛せないという事を話してくれた時も、それでも大切にしようと思っている先輩の強い気持ちが見れた。


あの先輩以外にどんな一面があるというのだろうか。

先輩は梨乃に気をつけろと言ったけど、梨乃も先輩に気をつけろと同じ事を言う。

私は梨乃の破天荒さを見ているから、先輩の言葉が正しいとはうっすら思っていたけれど。

どちらの気持ちも信じようとするのなら、互いの言い分を聞いて偏った見方をしない事が一番だとは解っていた。



それに、先輩の事が、どうしても気になってしまって。

そこに行けばもっと知る事ができるとなれば、胸が高鳴る。




「・・・わかった、行くわ!何だか楽しそうだし、なんか騒ぎたい気分になってきた!」



「わーい!友里菜とイベント行けるなんて超楽しみー!」



梨乃が抱きついてくるのを両手で阻止してわき腹をくすぐる。

自分も楽しみになってきているのは事実だった。



そうして私は、土曜日にイベントデビューすることとなったのだ。












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