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夢みたいだけど、夢じゃない。  作者: 緋色こあ
前学期~模索と結論~
11/41

11.長瀬加奈





自分は本当に人として重要な部分が欠落している。

でも、どうあがいても抜け出す事が出来ない。




酔った勢いで押し倒されて、押し倒してきた子が綺麗で自分の好きな顔だったから。

そちらから関係を求めて来たのであれば答えようと思ったし、今日はいつもより酔いが廻ってそういう気分になったから。


口元が緩んで弧を描き、彼女を強く引き寄せ体制を逆転させてキスをする。

鼓動が速まってより性急に求めたくなり、らしくもなく半ば強引に口内を貪れば、途切れ途切れに聞こえてくる甘い鼻に掛かる声により掻き立てられて。


今回もまた同じパターンを繰り返すのかと頭の片隅でぼんやりと考えた。







レズビアンの世界も、ノーマルな世界となんら変わりはないと思う。

肉体関係を求める人も居れば、心の繋がりを求める人もいる。

マイノリティではあるけれど、恋愛の形は皆一緒だ、好きな気持ちに違いはないんだろう、と思う。




男とも昔付き合った事はあったけど、自分にはどうも堪えられなかった。

友達としてなら凄く仲良くできるし二人でも遊べるし、何より楽しいと思える。

だけどいざ関係が恋人同士になれば、相手が自分へ使う色目、声色、表情が変わる。興奮して関係を求められる度に溢れてくる嫌悪感は本当に凄まじく、男と会う日には必ず体調を崩したし、一緒に居ても気を使うばかりでなんら良い思い出などは出来なかった。



あるとき女の子に告白され、試しに付き合ってみた。

するとあれだけ男相手に現れていた嫌悪感が一切現れず、むしろ自分から求めたくなるまでになった。


柔らかい唇、肌、両手に収まる身体つき、良い匂い、可愛く鳴く声。


けれどそれはあくまで性的欲求のみで、“好き”という感情から手を出した事は只の一度も無い。

浮気はしなかったが、面倒な事になればすぐに別れる事を繰り返す。








「ねぇ、あたしには君が居ないと駄目なの」



その当時付き合っていた彼女に言われた、重い一言。

君、と呼ばれていたのは自分の名前を呼ぶなと言ったから。



他にも名前以外で色々な呼び方をされた事はあったけど、君、と呼んできたのは梨乃だけ。



女として扱われる事に違和感があり、加奈という女の子らしい名前がどうしても嫌だった。

けれども、男になりたいのかと問われれば別になりたい訳じゃないから、性同一性障害ではない。

レズビアンの間では中性と呼ばれ、自分もそれが当てはまると思っていた。





「どうして離れていっちゃうの?私に飽きた?君が居なくなっちゃうのは死んだことと一緒」




目の前で大量に寄せ集めてきた薬を飲み、記憶を飛ばしてトリップして、二の腕の目立たない部分へ切りつける彼女はまるで狂人だった。

自分が離れて行こうとすればそうして自身を傷つけて繋いでいようとする。


自愛が強く、そしていつも寂しい人。

その強烈な光景は目にも心にも焼きつき情となって自分を離さなかった。



その後自殺未遂も何度かして、薬の量や傷も別の部位へと増えていった。

そんな彼女に知らず知らずのうちに引きずり込まれ、気づけば一緒になってどうすれば楽になれるのかを模索するようになっていた。









ある時、小学校からの友人、玲菜れなが自分につめ寄ってきた。



「加奈、一緒に居たら加奈までおかしくなっちゃうよ。私と来て」



その手を最初は何度も振り払った。

その手を掴んでしまったら梨乃はどうなるのかが恐ろしくて堪らなかったから。

それでも毎度諦める事無く差し出してくれた手は暖かくて。




いつもの様に梨乃の家に行けば、普段殆ど見かける事の無い両親の姿があった。




「あぁ、梨乃なら入院させたわ。加奈ちゃんのお友達が私達に教えてくれたの。しばらくは入院することになるだろうから、貴女にはもう関わらない筈よ。今まで色々と迷惑を掛けてしまったみたいでごめんなさいね」




淡々と話す母親は事務的に見えて、父親も倣って入院書類や彼女の持ち物を纏めていた。



「そうですか・・・。梨乃さん、心配ですよね」


自分がポツリと呟いた一言に母親は反応して、にっこりと笑った。




「いいえ、そのうち治るわよ。今までも私達を困らせる事はなかったし」



母親というものは皆どんな形にせよ愛情があるものだと思っていた。



「でも、早くお嫁に貰ってもらわないと手が掛かって困るわね」



そんなささやかな願いはねじ伏せられる。






お邪魔しましたと言って居間へと繋がるドアを閉めれば、ドア越しに張り詰めた会話が聞こえてきた。


「本当にあの子、どうにかならないかしら」


「高校卒業するまでは離婚せずに互いに面倒を見ると約束したが、その後は引き取るつもりはないぞ」


「何言ってるの!貴方のほうが経済的な余裕があるんですから、私は絶対に嫌よ、いらない。それに・・・こんなに手のかかる子どう考えても愛せない」




梨乃がおかしくなったのはこの人達のせいなんだと悟った。

そしてそれと同時に自分のせいでもあるのだと思った。

自分は梨乃を愛してはいなかったから。

中途半端な情だけを持って梨乃と接していたから、益々本物の愛が欲しくて、それを確かめたくなって強行手段に出る、それを繰り返していたんだと。



中途半端な想いは人を傷つける。








「加奈。私はいつも貴方の味方だからね」

「本当はずっと前から、加奈の事が好きだった」


『ごめん、玲菜には本当に感謝してるけど、自分は好きって感情がわからない』



「それでも良いよ。一緒にいてくれて、私が加奈の支えになれれば、それだけで幸せだから」




優しく微笑む彼女はまるで陽だまりの様で、本当に暖かくて。

この人にだけは、名前で呼ばれても嫌な気持ちにはならなかった。

気づけば涙が溢れていて、それを指でそっとすくって慰めてくれる玲菜の心に癒された。

自分は救ってもらった分、彼女を大切にして恩返しをすると心に決めた。











そう決めてから約一年。



玲菜を大切にしたいと思って努力してきた自分の中で異常事態が起きた。

可愛いし面白いし飾らない所は魅力的で、芯がしっかりしてそうな子だった。

可愛がってはいたがそれはあくまでも後輩としてで、今までそれ以上に見た事など一度もない。



でも友里菜は何故か引き込まれる存在であった。



昔の彼氏に暴言を浴びせた時はその剣幕に圧倒され驚いたが、自身のトラウマに向き合う強さがあった。

時折見せるふにゃりとした屈託の無い笑顔、考え事をしている時に見せる悩ましげな表情、全てが気になってしょうがなかった。



玲菜にも話をしてみれば「その子面白いね。加奈が人に興味を持つなんて珍しいから嬉しいよ」と笑って見せたが、その表情は何処と無く寂しくて嘘をついている気がしたので、もう友里菜の話はしないと決めた。



自分の中だけに募っていく想い。

そしてそんな中知ってしまった繋がり。



ガラス越しに見た、同じ制服を着た梨乃の姿を見つけた。



その自分を見つめる瞳は過去とは違い憎悪に満ちていて、こちらをじっと睨んでいた。一瞬にしてフラッシュバックする過去の記憶。そしてその後に楽しそうな口調で友里菜が言う


「転校生が来た」

「お昼ご飯を一緒に食べた」



梨乃から近づくという事はなにかしら狙いがあるのでは、と思ってしまう。

でもそれは友里菜では無い事を祈った。あの時の彼女の強い目は自分だけに向けられていて、友里菜には全く関係がないものだと。



でもそれもあえなく散る。








「・・・加奈先輩、お久しぶりですね。これから宜しくお願いします」


「よろしくね、友里菜。身体は大丈夫?」


“加奈先輩”と呼んだ声には明らかに悪意が篭っていた。

そして対称的に優しい猫なで声で友里菜へ問いかける。それだけで、彼女の狙いは解った気がした。



ただ、未だに解らない所はあった。

彼女は果たして友里菜を本当に好きなのか、という事。

自分に好意を持っている友里菜を引き離す為に友里菜へと手を出したとも考えられるし、それであれば友里菜には本当に申し訳ない。

なにより梨乃はそういった事を躊躇せずに実行してくる人間だ、その可能性は高い。


そう思っていた。






「ねぇ、なんであの女と付き合ってるって友里菜に言わないの?もう気持ちには気づいてるくせに」


自分の周りにつきまとう影。

友里菜の話をする時だけ目は笑わない。


「友里菜が可哀想じゃない。彼女も傷つけて、また私も傷つけたいの?本当に最低ね」


自分の気持ちを必ず優先していた梨乃が、友里菜の気持ちを察した台詞を吐くなんて思わなかった。



「絶対に私が幸せにする。だから早くどっか行ってよ」

顔を合わせる度に口癖の様に言われた。




それが、無性に自分の神経を逆撫でるのだ。




どうしてこんなことを気にしているのか、今まで気にした事など無かったのに。

そうだ、きっと相手が梨乃だからだ、だからこんなに嫌な気持ちにさせられるんだ。



あの梨乃が、自分を引きずり込む程の女が、友里菜を幸せになんて出来るはずが無い、絶対に自分の方が大切に出来る。


自分の方が。



そうして強い感情が湧き出した時、自分自身で驚きを隠せなかった。

友里菜の事を幸せにしたいと思っている事、それも他人ではなく、自分が幸せにしてあげたいと。

本当に自分という人間は、どうかしているらしい。



怜奈という大切なものが手元にあるのに、友里菜に触れたくて仕方が無くなるのだ。

大切にしたいものがあるのに、どうして自分の気持ちはズレていってしまうのだろう。


中途半端な気持ちではないことは気づいていた。

でも、中途半端な行動でしか自分の気持ちを伝えられない、それ以上の手段なんて取れない。





こんな事なら、恋なんて、ずっと知らないままでいたかった――――




抱きしめた腕の中の温度は熱くしっかりしているのに、手を離せば消えてしまいそうだ、と思った。








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