第二話③
実家に到着すると、兄はまだ到着していないようだ。いつもの通り実家の前に車を停めて子供達を降ろす。その声に気が付いたのか、隣家のおばさんが顔をのぞかせた。おばさんと言っても、もう80歳近いはずだ。物心ついた時からすでに『隣のおばさん』だったことを思えば、近所の付き合いも数十年になる。
「おばさん。こんにちは。」
「こんにちは。今日はお子さんたちも一緒なのね。」
「はい。あとで兄も来ますので、今夜はちょっとうるさくなるかもしれません。」
「あらあら、にぎやかでいいじゃない。お母さんたちも喜ぶわよ。」
そう言っておばさんは庭先の洗濯ものを取り込み始めた。今でこそ隣近所との付き合いは希薄になった時代だが、私が子供のころは家族ぐるみで旅行に出かけたりと、交流は多かったような気がする。思えば、ここまで人間同士の付き合いが希薄になったのはいつからだろうか。
挨拶を済ませると、真っ先にポストを除いた。しかし、期待に反して中は空っぽだった。いささか落胆し、実家の鍵を開けて中に入った。
「海斗と美咲は、家中の雨戸を開けて網戸にしてきて。」
「「は~い!」」
二人は家中を駆け回り、次々と窓を開け放った。住宅地だが風通しはいいため、こうしておけば自然に空気が入れ替わる。実家に来た時のルーチンワークだ。防犯のために雨戸も鍵も閉めたままになるし、火災予防で換気扇なども切るため、どうしても空き家は空気が動かずに淀んでしまう。台所の換気扇を回すと、一気に空気が動いたのを感じることができた。
順番に仏壇へ線香を灯し、四人でそろって手を合わせた。こうやって一家そろってここへ来るのも久し振りのような気がした。
「さてと、お義兄さん達が来る前に少し片づけちゃいましょうかね。一緒に泊まるんでしょ?」
「そのつもりだよ。」
僕の言葉にうなずくと、美雪は子供達を連れて布団を干しに行った。私は先日の片付けの続きをしようと、洋間に座り込んでゴミ袋を広げた。いくつかごみを分別したところで、私は思い立って洋間の棚からCDを取り出し、プレイヤーの電源を入れた。母が亡くなってから実家の電話線もテレビ回線も外してしまったため、ここには娯楽が少ない。父が好きだったジャズやクラシックのCDを聞くことが、ここでの数少ない楽しみになっていた。スピーカーから流れてくるモーツァルトの音楽に乗せて、私は再び家財の山と戦うのだった。
昼前になって、外に車が停まる音がした。窓から外をうかがうと、見慣れたミニバンが停車していた。兄が到着したようだ。
「よぉ。遅くなったな。」
兄は屈託ない笑顔でそういうと、右手に持った買い物袋を掲げ、
「お昼買ってきたから休憩にしようぜ。」
そう言うのだった。休憩も何も、まだ何もやってないのにと突っ込みそうになったが、いつの間にか昼になってしまっていたようだ。私はここまで片付けた分を端にやり、兄たちを出迎えた。
「お久しぶりです。お義姉さん。」
「お葬式以来ね。元気そうでよかったわ。」
兄とその妻である愛さんは、高校時代の同級生だそうだ。その頃に付き合い始めてそのまま結婚したのだから、純愛といっていいだろう。長女の真涼ちゃんは中学校2年生。長男の章信君は小学校5年生だ。葬式から半年しかたっていないのに、また大人ぽくなってきたと感じた。ちなみに、妻の美雪は愛さんの幼馴染で、小学校から高校までずっと一緒だった。当然、兄とも面識があり、二人の結婚式に参列した美雪を見て、すっかり参ってしまったのは別のお話だ。
「章信!」
「あ、海斗!」
二階で布団を干していた章信が、兄たちの来訪に気が付いたらしい。落ちるのではないかと心配するくらい身を乗り出して手を振っていた。
「落ちるんじゃないぞ。」
そう声をかけると、海斗は舌を出して反抗してきた。二人とも少年野球チームに所属しているため、とても仲が良い。高校か大学で一緒にやりたいと常々話している。また、真涼ちゃんは中学では演劇部に所属しており、舞台役者か女優をやりたいといっている。母親に似て目鼻立ちが整った美少女で、本当に芸能界入りしそうな気がしている。5つ年下の美咲のことをことのほか可愛がってくれる面倒見のいいお姉さんでもある。
兄たちが到着したので、仏間のテーブルに用意された惣菜を並べ、早めの昼食を取ることにした。子供たちの近況を報告した後、当然話題は例の手紙になった。先日届いた手紙を順に見てもらったが、やはりみんなが同じように思ったのは、自体が母のものであるということだった。
「章忠さん。送った横浜の住所って、今もだれか住んでるの?」
「いや、わかんないです。お母さんが横浜に住んでた時があるってのも、住民票追っかけていて初めて知ったくらいだし、そもそも横浜に縁があるなんて聞いたこともなかったです。」
「そうよね。美雪ちゃんも聞いたことないって言ってたし。どんなところなんでしょうね。」
その時、食事が終わって携帯ゲーム機で遊んでいた真涼ちゃんが、
「そんなん、Gouglemapで見ればいいじゃない。」
画面から目をそらさないままつぶやいた。Gouglemapとは、世界的有名なIT企業が作った世界地図のことで、地図はもちろん航空写真や3D切り替えで立体的な画像を見ることもできる。家にいながら世界旅行が体験できるような優秀なツールだ。
私はさっそく携帯電話を取り出し、Gouglemapを開いた。手紙の送り先である横浜の住所を打ち込み、現地画像に切り替える。このシステムを作るために、天井に360°カメラを付けた車が世界中を走り回っているのだ。しかも、二度三度撮影したものは、過去の画像を見ることもできる。まったく恐れ入るシステムだ。全世界の画像を集めるのなど、想像もつかない果てしない作業であるだろう。
入力した住所の画像には、横浜の住宅地が映し出されていた。比較的大きな家が多いが、普通の住宅地だ。該当する住所の建物を見たが、そこには一軒の屋敷が写っていた。表札が見えるので拡大してみると、『川上』と書かれた表札が見えた。しかし、川上という名字に覚えはない。
「兄さん。川上さんって記憶にある?」
余り物のおにぎりを頬張っていた兄が、キョトンとしながら首をひねった。
「いや、覚えがないな。おふくろの友達かなんかか?」
その時、対戦ゲームで美咲に負けたのだろう。真涼ちゃんがため息をつきながら携帯ゲームを放り出した。
「お葬式の時の台帳見たら? 参列客の中にいたかもよ。」
「おぅ、そうだね。さすが真涼ちゃん、よく気が付くね。」
「別に、大したことじゃないし。」
と、言いつつも、褒められたことはまんざらでもないようだ。まったく、これがツンデレというやつなのだろう。そう思いながら、仏壇下の引き出しから、母の葬儀の時に書いてもらった弔問台帳を取り出した。
母の希望もあって、葬儀は親族とごく親しい人だけで行った。参列したのもせいぜい40名くらいだ。そのおかげで台帳はすぐに調べ終わったが、川上という名前を見つけることはできなかった。
少し落胆しつつ、私はコップに注がれていた麦茶を飲んだ。その時、外で原付バイクのエンジン音が聞こえた。いったん、家の前で停まったようだが、すぐにどこかへ行ってしまった。
「郵便屋さんじゃない?」
美雪に言われて、私は外へ出向いた。昔ながらの塀に備え付けられた郵便受けの中に、一通の封筒が届けられていた。一度、深呼吸をしてから取り出すと、風流な小鳥の絵をあしらった封筒には、母の名前で私宛の名前が書かれていた。
二度目の返信が来たのだ。
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