クリーニング代はうな重で
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夜の夜風が身に染みる。後悔なら数えきれないほどあった。何故あの時、アイツを引き止めなかったのか。何故俺は、ただ見ていただけだったのか。何故いま も、こうして俺はこうやって、一人夜の街を歩いているのか。答えなんて初めからどこにもなくて、それでも俺は答えを探す。切れかけた電灯に羽虫がたかって いる。それはまるで、この眠らない夜の街に集まる哀れな人間のようで、俺はただ、一人静かに、佇む。
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「みたいな40代渋めのおっさんが主人公の小説を書く」
「先輩好きですねハードボイルド」
「男は皆ハードボイルド・ボーイ・ミーツ・ガールなんだよ!」
「語呂で行ってますよねそれ」
「雰囲気伝わればいいじゃん」
俺の後輩の中村さんは、今日も今日とて家にいる。今日は特に用事が思い浮かばなかったけれど、なんとなく来てみたとのこと。用事がないのになんでくるんだ よと普通の事を尋ねると、いつもの鋭いローキックが飛んできた。涙が出ちゃう、男の子だけど。
それにしても毎度毎度、鋭さが増してきているのは気のせいだろうか。的確に急所を攻めてくる感じ、もはやK-1ファイターのそれである。膝を抱えて部屋で転がっていると、中村さんは普通にいつものように部屋に上が り込んでくる。最近あんまりにもよく訪ねてくるから、勝手にやかんでお湯を沸かし、自分の家から持ってきたマイカップにお茶を入れ始める始末である。何なんだ一体。何なんだこの状況は。
「で、今日は何をする予定なんですか?」
「いや、普通に小説書くつもりだけど」
「一日中ですか?」
「一日中ですよ」
「そのうち体にコケでも生えそうですね」
「俺は盆栽かなにかかよ!」
「盆栽だったら価値が出るんですけどね」
「やめて?! 盆栽じゃないお前は価値がないみたいなこと言うのやめて?!」
仕事場ではあまり話をしないのに、家の中ではこうやって不思議と話が弾む。楽しくないといえば嘘になる。ただ、先日の出来事を思い出してしまう。昔書いた 恋文を読み返して、俺は無様に中村さんの目の前で号泣した。武士の時代だったら切腹モノの醜態を晒して、更には中村さんに抱きしめられたまま、彼女の胸の 中で号泣した俺である。そんな心の傷も言えないそんな中、正直どう振る舞っていいか、わかりかねていた。
「良かった、元気そうですね」
「俺はいつだって元気だよ」
「そうですね」
「……えっと、この前の服さ」
「はい」
「クリーニング代、出すから」
「いりませんよそんなもの。もう洗濯しちゃいましたから」
「で、でもさ」
「私がいらないといったから、いらないんです」
自分の家の中なのに、なんでかとっても居心地が悪かった。油断をすると、頭の片隅に先日の出来事が蘇る。なんだか無性に情けなくて、虚しくて、ため息すらでなかった。長い沈黙が部屋の中を満たしていく。何か言おうと思うんだけれど、何を言えばいいか思い浮かばない。その沈黙を破ったのは、中村さんのこの一言。
「先輩、おごって下さい」
「え」
「クリーニング代はいらないので、代わりにご飯おごってくださいよ」
「え、ああ、別にいいけど」
「先輩の失恋で飯がウマい」
「やめてくれないそういう言い回し!?」
少しの間が空いて、中村さんが愉快そうに笑った。釣られて俺も少し笑ってしまった。笑ってしまったら、なんだか全部どうでも良くなって、まあいいかって思 えるようになってしまった。全部有耶無耶になった気もするけれど、きっとそれでいいんじゃないかなって、そんな気がした。
「よーし今日は最高級な天然モノのうな重なんてどうですか?」
「な、なるべく財布に負担のないものがいいなあ」
「大丈夫です! 私の財布には全く負担はありません」
「クリーニング代の方が安くない?!」
「冗談ですよ。昔馴染みの美味しくて安いうなぎ屋があるので、そこいきましょう」
「もうどうにでもなれ」
末代までの恥を、うな重一つでチャラに出来るなら安いものだ。そう思うことにして、俺は降参したと意思表示。今宵何人の樋口一葉が犠牲になるか分からない が、まあたまには美味しいものを食べるのも悪くないだろう。靴を履いて、家の鍵を閉めて、中村さんの案内のもと、俺達は歩く。前を行く中村さんがふと、振 り返った。
「先輩の恋はバッドエンドに終わったかもですが、私にとってはそれが正規ルートです」
意味がわからんというと、また鋭いローキックが飛んできた。
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