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原稿を火葬しよう!


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 肌に突き刺さるような、冷たい雨の降る1月の午後。女の子が一人死んだ。


 踏切から電車に飛び込んだらしい。ニュース でそう報道されていた。体を強く打ったと言っていた。よく使われる業界用語だ。大きな欠損があり、治療が不可能という意味。


きっと原型もとどめていないの だろう。事故のあった駅の名前は、普段私が利用している最寄り駅だった。暫くの間「救出作業」の為に電車は停止するという。多くの人が足止めされているの だろう。きっと飛び込み少女は、ここ一時間で一番多くの人に恨まれた人間になれたかもしれない。


 私は名も知らないその子のために、葬式をしてあげたいと思った。


  でもあいにく私は彼女の名前も知らないし、縁もゆかりもないし、葬式のあげかたも知らないし、そもそも葬式なんてするほどの金銭的な余裕もなかった。


だから私は、小説の中で少女の葬式をあげることにした。肉塊になったであろうその子を、元の愛らしい姿に戻し、少し脚色という名の死化粧を施して、沢山の華と いっしょに棺桶に入れてやる。


今日みたいに芯まで凍えるような寒い夜ではなく、心まで暖めてくれるような春の朝に、沢山の野花が咲いた森の中に埋めてあげる。そして私はその前で手を合わし、哀れな少女に最後のたむけになる言葉を投げかけた―


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「みたいなセンチメンタルジャーニーな文章を昨日の夜書いた」

「うわぁ、やっちまいましたね……うわぁ」


「二回も『うわぁ』っていうなよ。人並みに傷つくぞ。どうしようこの文章」

「どうしようといわれましても、お祓いして火葬してあげたらどうですか?」


「俺の文章は悪霊かなんかかよ。お祓いって塩まいとけばいいんだっけ?」

「ファブリーズがいいとも聞きますが、ここはオーソドックスに塩で行きましょう」


  俺は台所からお徳用食用塩の袋を引っ張りだして、あとで掃除が面倒にならない程度に塩を原稿用紙に撒いた。こんな文章でも、書いていた昨日の深夜はノリノ リだったから恐ろしい。そして何が恐ろしいかって、未だにちょっと燃やすのは惜しいかなと思っている自分が、うっすらと心の隅に見切れているところだった。


いや、考えてもみろ。ここでこんな文章をこのまま残してでもみろ。数年後忘れた頃に発掘し、何の気なしに読み返してでもみろ。芥川龍之介スタイルでこの世からグッバイするハメになるぞ。そして心ない目の前の中村さんに文章を発掘され、死してなお死ぬより辛い「黒歴史晒しの刑」に処されるぞ。だからこそ、今この文章は、自分の手で葬らなければならない。


中村さんは無言でマッチを手渡してきた。コイツ、なんでうちの家のモノの位置とか知ってるんだ。まあ いいや、今はこの黒歴史を灰燼に帰す事が最優先だ。俺はマッチを擦って、火をつける。そして大きめのどんぶりの中に入れた原稿用紙にポトリと落とした。


燃え上がる原稿用紙、黙々と上がる煙と、紙が燃える独特の匂い。なんかドラマみたいだな―とかちょっと悦に浸りかけていると、唐突にけたたましいアラート音 と、無機質な女性の声が鳴り響く。


「火事です 火事です ウィーウンウィーウン 火事です 火事です」

 

 慌てふためく俺をよそに、中村さんは肩をすくめた。


「家の中で換気扇も回さずに燃やすからです」

「それ分かってたんなら言えよマジで!」

「いや、やるとは思ってなかったんですよマジで」


 それから俺はアラーム音に怯えながら、家の換気をして、換気扇を全力で回した。一月だというのに家中の窓を開放したものだから、寒くて寒くてしょうがない。


俺は何をやっているんだろうと泣きたくなった。中村さんは勝手に毛布を押し入れから引っ張りだしてくるまっていた。だからなんでお前はうちの家のモノの位置とか知ってるんだ。


アラート音は十五分位で無事に収まった。タイミング悪く近くに来ていたおまわりさんにめっちゃ怒られた。

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