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異世界初日、とりあえず……

いつまでも覚めない夢の中、必死になって、頬をつねってみたり、叩いてみたり、色々したけど。


結局、夢から覚めませんでした(涙


はあ~っと大きくため息をつき、洞窟の石の上にしょんぼりと腰掛ける。


ついでに、直前の記憶をたどってみると……。


料理学校の仕込みや明日の授業の準備などを終えて、帰路についたのは夜結構遅い時間だった。

そして、アシスタント仲間と遅い夕食からの飲みに入って、家に帰ったのはほぼ深夜。


そのまま玄関で倒れ込むように崩れたまでは思い出した。


……ということは、もしかして、そのまま天国に召されてしまったとか。


短い腕を組んでうーんと思い悩んだ。


「もちかちて、とつぜんち?」


あああ! 舌足らずな幼児語しか出てこん!!


そういえば、と記憶の中をたどると、やっぱりそういう結論しか出てこない。


「うああ!」


ちょっと大きな声を上げると、近くで横になっていた銀ぎつねさんが、びくっと飛び上がった。

ああ、ごめんよ。驚かせちゃったね。


けれども、私も今、絶賛、大混乱中なのよ。


「そっかあ。そういうことか」


思い起こせば、短かったけど、楽しい人生だった。高校を卒業して料理学校に入って、美味しいものの作り方も沢山覚えた。交通事故で両親を早い時期になくしていたし、兄弟なんかもいなかったから、向こうの世界に未練があるかというとそうでもない。


ただ、唯一、心残りなのが、あちこちの料理書に書かれている、あの料理、この料理。沢山の有名シェフが作り上げる渾身の一品。


そういうものをいつか食べようと楽しみにしていたのに。


がっくりと肩を落としながら、今の自分の状況を見返す。


それにしても、こんな急展開になるなんて、と一人たそがれていたら、ただならぬ雰囲気を察したのだろうか。傍にいた銀ぎつねさんが慰めるように自分の傍へと寄ってきた。とりあえず、もふもふに抱き着き、頬をすりすり。 


……ああ、癒される~。


じゃなくって!


やっぱり、この様子を見ると、どうしても異世界転生したとしか思えない。

あまりにも現実味がありすぎる周囲の様子をみて、そう確信したのだが、どうしてもぬぐえない疑問がある。


そもそも、この子の親、どこ行った?!


自分で言うのもなんだけど、こんな幼児を洞窟に一人残しておいていい訳? 


異世界に生まれ変わったとしても、こんな森の奥の洞窟にたった一人、幼児を放置するような親なんてロクなもんじゃない。前世でも親に恵まれなかったけど、今世でもそうらしい。


……優しいお父様とか、お母様とかいればよかったのに。テンプレ通りなら、イケメンのお兄様とかいて、すっごいシスコンでさ。


現実はやはり小説のように都合よくいかないものなのらしい。例え、ここが異世界であってもだ。


しょんぼりと項垂れながらも、もう一度、モミジのような手を広げてじっと見る。この手のサイズ、舌足らずな言葉、一メートルにも満たないような身長。


どう見たって、3~4歳児くらいじゃないか。


ハイハイを卒業してつかまり立ちをして、ようやく歩けるようになったくらいの年だ。


異世界転生したんだったら、ほら、お貴族の美しい両親がいて、とか、なんかチートがあったりとかさ、少しくらい、そういう美味しい要素があってもいいんじゃないか。


「ふぁいあ!」


「みじゅ!」


もしかして、チートとかあるんじゃないかと手をかっこよくさっと振り上げながら、呪文を唱えてみても何も出てこず……とほほ。


チートすらないような感触に、なんとなくお先真っ暗な気がしてきた。


とりあえずは、心配そうに身を寄せて来るキツネさんを見て、それでもほんの少しだけ、ほっとしている自分もいたりして。


そして、生まれてから今までのこの世界での記憶もすっぽり抜け落ちているから、さらに謎は深まるばかり。


かろうじて思い出せたのは、『エリス』という名前だけ。


男の子だか、女の子だか、よくわからない名前だけど、とにかく、それが自分の名前なんだろう、という所まではわかった。


そして、もう一つ、確認しなければならない大切なことがある。


私は、がばっと自分の襟元から中を覗く。


「うーん、わからにゃい」


ぺったんこの胸に、ぽっこりお腹。


男か女か定かではない。まあ、そりゃそうだ。胸のある3~4歳児なんて気味が悪い。


そう、性別を判定するのなら、見るべき所はもちろん……あそこだ。


そ~っと股間におそるおそる手を伸ばす。あるのか、ないのか、それが問題だ。


そして、やっとわかった結論。


「……なかった」


よかった。男の子じゃない。


女の子の記憶のまんま、男に生まれたら困るもの。


そんな様子を銀キツネは、ものすごく怪訝な顔で眺めていた。 


性別がわかって、ほっとした瞬間、ぐーっと腹の虫が鳴った。気づけば、太陽は空高く昇っていて、体内時計はもうすぐお昼なんだと強く強く主張してきた。


「ごはん……おなかすいちゃった」


そう、もうすぐランチの時間なのに違いない。こんな状況でも腹時計はきちんと時を刻んでいるんだな、と変な関心をしたりして。いつもなら、料理学校で美味しいまかないをかきこんでいる時間なのだ。


学校のまかない料理は美味しい。だって、ほら、フルで料理を学んだ食べることだけに熱心なアシスタントが腕によりをかけて作ってるんだよ? 


あああ、ご飯、今日のまかないは何だったんだろう……。


右も左もわからない異世界で生き残っていけるのだろうか。そもそも、こんな幼児で、どう食料を見つけられるというのだ。


一瞬、気持ちがぐっと落ちこむが、ここで負けてなるものか!


「とにかく、ごはん、みちゅける」


そうだ。こんな所で、しょんぼりしていても何にも意味がない。私はすくっと立ち上がり、ぐっと拳を握りしめる。


「おいちいごはん。じぇったい、いりゅ」


舌足らずな所がなんなんだが、幼児の決意を甘く見てはいけない。 


この後、どう展開していくのか、まったくわからないけど、とにかく、『腹が減っては戦はできぬ』のだ。


力強い足取りで(ほんとは、よちよちしてたけど)、洞窟の入口に向かう私の後ろから銀キツネさんが慌てたように追いかけてくる。


そう、これから私はこの異世界で、お昼ごはんを見つけるミッションがあるのだ。


真上に上るオレンジ色の太陽を見て、やっぱりここは異世界なんだと少しショックを受けたけど、ついに洞窟から一歩足を踏み出したのである。






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